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無音の娘と明星の王  作者: くら
6/7

・アニタ2

 ずっと、ずっと、頭の中で、心の奥底で聞こえる声があるのだと、王であり、お仕えする方が語る言葉に、アニタには似た症状に心当たりがあった。


 それはひどく幸せで、あり得ない幸福を繰り返し繰り返しアニタに見るように、認めるように襲い掛かり、声を持たない奴隷でしかない女の心に、強い負荷を掛け続けている。


 夜な夜な見る夢の中で、アニタは幼いながらに花嫁の証拠である金の刺繍がふんだんにあしらわれた赤い衣装を身に着け、額には蓮の花を象った紋様が描かれ、愛しい人に向ける歌を歌っていた。


 知っている筈のないその恋歌に、夢の中のアニタは愛おしい人に懸命に捧げ、家族になることを約束し、幸福そうに微笑んでいた。


 ぽかりと、今の今まで閉じられていた瞼を押し上げれば、部屋は真っ暗で、汗で額に張り付いた髪が不快感を伝えてくる。


 どうやら自分は意識を失っていたらしい。


 ひゅーひゅーと空気しか漏らさない咽喉に右手を宛がおうとすると、誰かに手を取られているせいか、腕が持ち上がらなかった。


 首を動かすことさえも億劫なほど強い倦怠感を感じつつ、己の腕を誰が拘束しているのかを調べようとそちらの方へ瞳をやれば、窓から入る月明りが照らし出したのは、夢の中で自分に優しい眼差しを注ぎ、額に約束の口付けをくれる男だった。


 現実では決して手の届かぬ主

 想ってはいけない、応えてはいけない、大切なヒト。

 黒い悪魔を武力行使に使うことを厭う、優しく、気高いお方。


 名もなく、記憶さえおぼつかない、不出来な奴隷である自分を受け入れてくれた、慈悲深い王。


 そんな完璧な方の妃は、アイラ様お一方でいい。


 気を緩めれば、すぐにでも溢れ出しそうになる思いで胸を痛めつつ、決して音になることのない声で想いを紡ぎ、未来を寿ぐ旋律を刻む。


 誰に教わったかさえも定かではない祝歌。

 それでも歌わずには、願わずにはいられなかった。


 やがて空が白み始めた頃、アニタの手をずっと拘束していた男の瞼がぴくぴくと動き、隠されていた宝石のような瞳が顕わになった。


 まるで、太陽をそのまま収めたかのような金色の瞳と、たまに見ることがある砂金よりも輝かしい髪は、いつ見ても綺麗で羨ましい。


 男──ムファルシカは何度か瞬きすると、既に目を覚ましていたアニタに気付くと、傍にあった粗末な棚の上に置いてあった、玻璃で出来た水差しからレモン水をグラスに移し、アニタの頭を持ち上げ、飲ませてくれた。


 コクリコクリと、水が喉を通り、身体に染みてゆく。


 その様子を見下ろし、ようやっと安心したかのようにアニタが秘かに想いを寄せる相手は、顔を歪め、ポツリと、一滴、雨を降らせた。

 

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