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無音の娘と明星の王  作者: くら
4/7

・オルガ

 オルガにとって、アニタは自慢すべき娘であり、誇り高く、愛する妻との宝であった。


 夜明けと共にオアシスに赴き、禊を行い、もはや存在すら信じきれないくなってきている神に、それでもなお祈りを捧げる。


 どうか、愛する娘の記憶が戻るように。

 最愛の妻の心が戻ってくるように、と。


 オルガの妻は、あの事件が起きた後から記憶が退行し、自分を歌と踊りを芸に糧を得る流浪の民だと認識しており、ことあるごとに家から出て行こうとする。

 それだけならばまだ良い方だと思えるのは、稀に正気に返り、娘の名前を呼び、嘆き、喉を掻きむしり、身を投げようとする時があるからだ。


 こんなことになるのならば、定住するのではなかったとの後悔と自分への怒りが日に日に強まるばかりで、今では王との面会時に娘であるアニタを視界に入れることすら苦痛である。


 だが、逢いに行かないという選択はオルガの中には、最初からなかったのだが。


「父さん、もう俺達の知るアニタは還ってこないんだから、ザザから出ていくべきだと思うんだ」


 日課の禊から帰り、朝食後のお茶を飲んでいると、長男のオニキスが堅い表情で己の子供を抱きながらも、ぽつりぽつりと、苦しい胸の内を吐露した。


 オニキスはザザの中では名の知れた長槍と剣の使い手であり、王の側近ではあったが、その分、妹のアニタとの接触もオルガよりあり、苦しみが多かったのだろう。


 元々、自分たちは流浪の民。


 アニタを身籠っていた妻が、この地に辿り着いた時に産気づき、そのままなんだかんだと長らく逗留してしまったが、妻の病状を少しでも回復させるには、確かに環境を変えた方がいいのだろう。


 ぽろん、ぽろん、と、竪琴を調律しながらオルガは、オニキスに頷いてみせた。


「今日にも、王にはこの地を去ると伝えてこよう。──私達に、アニタという家族はいなかった」


 砂と太陽に愛され、黒き悪魔を内包する国。

 最愛の家族を奪われ、失った地にいつまでも拘ることはない。


 そう強く胸に抱き、いざ、王との面会に赴けば。


「奴隷の分際で、王の寵愛を得ようだなんて、厚かましいのよ」


「あらあら、みてよこの人、こんな傷があるから誰からにも相手にされないんだわ」


「王の気紛れにも気付かないなんて、相当頭が花畑なのね」


 一人の女性を囲って、短剣でその女性が身に纏う服を切り裂き、ケラケラと醜い笑い声をあげる年若い女たち。


 通りすぎ様にちらりと見えた顔は、自分に向けられた短剣に酷く怯えて蒼褪めた、見捨てると決めた娘のモノだった。


 アニタはカタカタと肩を震わせ、懸命に助けを求めようとしていたが、失った声がそれを赦さず、ついにはアニタを囲っていた女たちの一人が、娘に汚水を頭から掛け、汚水を入れてきた入れ物を放り投げ、笑いながら去って行った。


 あとに残されたのは、濁った瞳で虚空を見つめて石の廊下に倒れる娘と、娘を助けることも出来なかった、卑怯者で軟弱ものな、親ともいえない犬畜生なオルガだけであった。



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