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無音の娘と明星の王  作者: くら
1/7

・アニタ

 太陽と、砂の海の国、ザスピークがザザ特別自治区。


 ザザは、長きに渡り続いていたザスピーク国内での内乱を鎮圧することに助力したとのことで、王家よりザザ地区の事実上の自治権を与えられ、王家との同等の権力を有していた。

 無論、それだけならば他の地区や一族と似ている所もあろうが、ザザはそれに加え、最大規模の油田を有している。


 とは言え、その油田を用いて何か産業を興そうなどという思惑は、ザザには──否、当代の族長であるムファルシカ=イブ二には全く、これっぽちもない、というのが、ザザの国内外への公式回答であり、政治姿勢であるがゆえに、他部族により度々戦や奸計をし掛けられるのだが。


 日に焼けた小麦色の肌に、森のような深き碧色の瞳に、金茶の髪を結い上げた女が、大理石で作られた回廊をヒールのあるサンダルを履いているにも関わらず、無音に近しい足音で歩き、とある部屋へ入るなり、薄い紗で出来た天蓋を開き、至極優しく寝台に横たわる女性を揺り起こす。


 二度、三度とまるで触れるとすぐに溶けてしまうモノに触れるような手つきで体を揺すれば、すぅすぅと、ぽってりとした唇から寝息を紡いでいた美女が、ぱっちりと目を覚まし、女に気付き、にっこりと微笑んでくれる。


「あら、おはよう。アニタ。もう、朝なのね」


 女──アニタは、唇を動かし、おはようございます、第一夫人様、と、声なき声で律義に自分のような奴隷に気さくに声を掛けてくれる主人の妻に恭しく礼をする。


「アニタ、ティタとルキスはどうしてるかしら」


 たゆんたゆん、と揺れる豊満な胸を隠すことなく、寝台から降りた高貴なる女性に、アニタは作って持ってきた果実水をガラスで出来たグラスに注いでから渡すと、その場で飛び跳ね、元気にしていると返事をし、あれこれ世話を焼き尽くした後、やっとのことで本来の主である男を起そうとしたのだが。


「おはよう、今日も私のふたりの妻は美しいな」


 褐色の肌に、右胸から左脇腹に掛けて大きな刀傷が走る、黄金色の髪と瞳を持つ大男が、男を起そうとてをのばしかけていたアニタを寝台に引き込むなり、押し倒した。


 が。


「っ、今日も、手荒いな、アニタ」


 世の中の男なら大概そこを蹴られると悶絶すると言われている金的急所を、見事な膝蹴りを決め、ころりと、寝台から降り、さっさと第一夫人の朝食への給仕へと戻る。


 一方、奴隷である女から急所を蹴られた大男は、無礼すぎる女奴隷の振舞いに苦笑はしても、咎めたりする様子は見受けられない。そればかりか、揶揄ったり甘やかす言動が多い、というのが彼に仕える人々が持つ印象だ。


 ザザのイブニ部族王に仕える女奴隷の一人、アニタ。

 彼女は口が聞けぬ、役立たずの奴隷。

 それでも彼女は自分の主のために幸福を願う、忠誠心に溢れた人物である。


 アニタに朝食を給仕されながら、冷たい果実水で喉を潤す第一夫人は、女奴隷に仕返しされた夫を生温い視線でみやり、困ったような笑みを唇に浮かべポツリと呟いた。


「本当にもう、仕方のない人だこと、ムファルシカったら」


 でも、そこが可愛いのよね、と続いた言葉に、恋を知らぬ女奴隷であるアニタは、そういうものなのですか?と首を傾げ、ようやく痛みから立ち直った主にも果実水を注ぎ、変わり映えのない、平穏な一日に感謝を捧げた。

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