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しれものとうつけものの行進、北へ






翌日には早速 仕立て屋を呼んで、布選びから始まる。


ありとあらゆる黒布を持ち寄らせた。


中からコーネリアスが選り抜きの一枚を見付け、アリアクリスの肩に掛けた。


光沢があるのに、全ての光を吸い込むような漆黒の薄布。

髪や瞳の色が一段と映えて見え、肌の白さを一層引き立てる。


「良いな……これにしよう」

「……別に……まあ、いいけど」

「形は俺の好みにさせてくれ?」

「……気持ち悪……なにそれ、独占欲?」

「おお。……そうなるかな?」


胃の中身を吐き出しそうな顔をしているアリアクリスを尻目に、仕立て屋にあれこれ細かく指示を出して、コーネリアスは久しぶりに笑う。


嫌味や自嘲ではなく、ふつうに、楽しく。


今までの自分が何を目的にし、何を考えていたのか。

それからの日々はそれを思い出すのに時間がかかるほど、楽しく過ぎる。


他人に対する好意も、敬意も。

いつの間にか無くしていたと、コーネリアスは思い知った。


アリアクリスを大切に扱うことが、当たり前になっていく。



セシリオの部屋で時間を潰すことも減っていた。






夜会の当日、ぎりぎりで間に合った衣装を身に纏ったアリアクリスに、コーネリアスは、お約束に言葉を失う。


頼み込んで貸してもらったセシリオの侍女に任せてみると、想像以上にとんでもなく仕上がった。


首元と肩は晒されているが、鎖骨が隠れるほど浅い襟元も、片側に流した金の髪も、きつく見えがちな目も眉も。

全てが、アリアクリスの高潔さをさらに高くに押し上げている。


「アリィ……こんなにも美しかったか?」

「……それで褒めているつもりか?」

「黙っていれば最高だな」

「は。……千切るぞ?」


仔犬同士がじゃれ合っているのを見ている目で、セシリオは微笑んでいる。


軽く手を打つと、さあさあと仔犬たちに声をかけた。


「もうそろそろ行こうか? アリアクリス」

「……そうしよう」


セシリオの差し出した腕に手を掛けると、コーネリアスは無言で剥ぎ取って、自分の腕にアリアクリスの手を置き直す。


セシリオは単純にからかいたいだけだし、アリアクリスは単純にコーネリアスの付き添いが嫌なだけだし、コーネリアスは単純なただのヤキモチだった。


セシリオが口に拳を置いて、上品に笑っている。


全部の単純な理由が分かっているから、コーネリアスも顔を赤くして、知らぬ存ぜぬを通した。



部屋を出ようとする直前、アリアクリスは歌うように短い言葉を唱え、手を一振りする。


その手の中に現れた紙の束をコーネリアスに渡した。


「これは……」


ぱらぱらと捲って目を通している横顔に、アリアクリスは綺麗に笑う。


「私が今までに集めた、あれを追い落とすには充分過ぎる情報……あなたにあげる」

「な……に……良いのか? 大事なものだろう?」


今までにないくらい美しく蠱惑的に笑って、アリアクリスは続けて歌う。


「構わない……その代わりに、あの男の命を私にちょうだい」

「何をする気なの?」


一歩下がった場所から、セシリオが口を挟む。


「うーん……いろいろやってから、頭と身体をふたつに分けようかな……その辺はまだ考え中」


にこにこと振り返ると、アリアクリスは口を開けて、舌を出した。


舌の中程、脇のところに小さな宝石が埋め込まれている。



魔力を溜めおく石。



セシリオには魔力が高濃度に圧縮されているのが見て取れた。


通常ではあり得ないほど力が凝り、弾けて消し飛んでしまわないのが不思議なほどだった。


その力の濃さに、セシリオが軽く気を飛ばしかける。


「……そんなところに仕込んでたんだね……今までそこに術を練っておいて、お客の精神を弄ってたの?」

「ふふん……賢いでしょう」

「舌に穴を開けたの? ……気合い入ってるね」

「まぁね」

「そこに術を仕込んでるのか、アリィ」

「すごいのを。軽くふた月分以上の力はたっぷり仕込んだ」


何が起こるのか、何をしようとしているのかはさっぱり想像がつかないが、北の魔女の直系の弟子が、ふた月以上も掛けて仕込んだ『すごいの』だ。



それが分かっただけでも、コーネリアスとセシリオの背筋に寒いものが走る。







宴の会場はすでに人で埋め尽くされていた。



コーネリアスがこういう場に出てきたことも、そのコーネリアスが美しい女性を伴っていることも、その女性が祝いの席に漆黒の衣装を着ていることも、全てが人目を引いていた。


どれだけの男がその美しさに心を奪われて、次々に群がってくるだろうと心配していたが、逆にそれが怪し過ぎてか、誰もふたりに寄り付かない。


「……うーん。ヒマだし……踊るか?」

「……ひとりで踊るといい」

「おい、どれだけ残念な男だ、俺は」

「知らないのか?」


久々に苛っときて、強引に広間の中央まで手を引くと、抗議の声も聞かずに手を取り、腰を抱いてアリアクリスを振り回した。


ふたりは踊っているように見えて、実際アリアクリスの足はほぼ床から離れていたので、振り回されたというのは正にその通りだった。


ひとり勝手な踊りを終え、コーネリアスはアリアクリスの首元に顔を埋めて、いたる場所に何度も唇を押し当てていた。


アリアクリスから、あと小さな声が漏れる。


ふと顔を上げると、彼女の目線の先に宰相閣下の姿を遠目に見付けた。


「このまま踊りながら近付いて」

「……まだもう少し遊ぼう」

「……いい。セシリオと踊る」

「駄目だ。許さないぞ」

「なんの許し? ……勘違いするな。お前を生かしたのは、今この場に来るため……」

「……そうだろうな、分かっている」

「約束を違えるな」



とん、と軽くコーネリアスは肩を叩かれただけで、その場に足が縫い付けられたように動けなくなる。


いつもと変わらぬ仕草のアリアクリスに、術をかけられたのだと、すぐ後に気が付いてももう遅い。


声を出そうにも、今までどうやって声を出していたのか、どうすればいいかすら、分からない。


後ろからやってきたセシリオに、強く背中を叩かれて、目が覚めたように全てが動き出す。



宰相閣下に近付いていくアリアクリスの小さな後ろ姿をふたりで見ながら、セシリオは切り出した。



「魔女は想いを遂げると死ぬよ」

「セシル?」

「やっぱり知らなかったね……強い想いを残しているから存在できるんだ。己の手で想いを遂げてしまえば、魔女はこの世界に居る必要が無くなる」

「……セシル、頼む。俺に、力を……貸して下さい」

「犯罪の片棒を担げって?」

「……そうならない紙の束をさっき預けた」

「まったく。……ほら、彼女が接触する前に、早く行け」

「恩に着る」

「その言葉、忘れるな」



コーネリアスはアリアクリスに向かって、人をかき分け、真っ直ぐに走り出す。


宰相閣下の目の前で追い付くと、ぐいと左腕でその肩を掴んで、自分に引き寄せ抱きしめてから、右手を宙に突き出した。



驚きで目を見開いている宰相閣下に、コーネリアスはにやりと口の端を片方だけを持ち上げる。



「ドルフレッド、ご覚悟はよろしいか」


これより他に無いという間合いで、セシリオから『力』を貸される。


右手の中に現れた、使い込まれて手に馴染んだ己の長剣の柄を握りしめると、それを真横に薙いだ。



頭と身体がきれいにふたつに分かれる。



宰相閣下は辺りに血を振り撒いて、すぐにそこら中で甲高い悲鳴が上がった。




「…………おま……え…………なんてこと……」




自分に降りかかる生温かいものや、周りの状況から、背を向けていても何が起こったのか、アリアクリスには手に取るように分かっていた。


身体が大きく震えているのが、コーネリアスの腕に伝わる。


両足の自由が奪われ、コーネリアスは床に叩きつけられ抑え込まれて、その上にアリアクリスは馬乗りになった。



いつか打たれたように、コーネリアスの頬を拳で殴り、襟元を掴んで力任せに揺さぶる。



「……お前を殺す……殺してやる!!」



コーネリアスは長剣を手放す。



血濡れた両手をゆっくりと持ち上げて、アリアクリスの目から次々に零れ落ちてくる雫を拭った。



白い頬が、ぬるりと赤に染まる。





「……ああ、そうしてくれ。……お前の口付けを、俺にくれ」





手を叩き落として、アリアクリスはぐと起き上がる。



「………………この!! ……クソ野郎……」



体からふと重みが消えると同時に、アリアクリスの姿が掻き消える。


この城の中からも、この時をもって、アリアクリスは居なくなった。




大勢に体を押さえ付けられながら、遠くで聞こえているセシリオのこの場を仕切る声を聞きながら。


コーネリアスは目を閉じる。


頬に落ちてきたアリアクリスの雫は、もう冷たくなって、そのまま床に、伝って落ちた。










「構ってくれよ、セシルー」

「お前のせいで忙しいんだぞ、コニー」

「すっきりしたろ?」

「お前がな……いいから行けよ」

「見送れよぅ」

「誰が……どうせ明日にも泣き付いてくるんだろ」

「あー……目に浮かぶ」

「数知れずの実績があるからな」


短く笑い声を上げると、旅姿のコーネリアスは、セシリオの向かい側で立ち上がり、肩に荷を担いだ。


「北の魔女なぁ……恐い話しか聞いたことがないんだけど……」

「まぁ精々 鍋で煮られないように気を付けなよ」

「うーん……鍋にされたら食べに来てね」

「全部食って空にしてやる。アリアクリスとふたりで」

「ああ……お前らが愛おしいわ」

「うん? 今さら気付いたのか」

「やっとな……」



じゃあなと出て行く横顔は、鼻唄を振りまきながら笑っている。



昔によく見た、快活な顔。



今のコーネリアスはアリアクリスを死ぬまで追いかける気満々で、気持ち悪いほど嬉々としている。


「…………あーあぁ。大変な粘着質に引っ付かれて……アリアクリス……気の毒に」




子どもの頃にふたりよく歌った曲。



同じ歌の鼻唄を振りまきながら、セシリオはペンを取って、分厚い紙の束の最初の一枚を捲る。



















このお話はこれにて終わりです。


ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました。




何といいますか。


コニーとセシルがいちゃいちゃしてますねあれれ?


まあ、いっか!!





ちなみにちなみに。


セシリオはコーネリアスの年の離れた妹をずっと以前から狙っております。


兄はその事実をまだ知りません。


セシリオはロリのコンですね。



もう少し妹が大きくなると、なかなか素敵なことが巻き起こると予想されます。





さあさあ、それでは。


楽しんでいただけましたでしょうか。


そうであったなら、幸いです。


この他にもテイストの違う色々がありますので、ぜひぜひ読んで下さい。


どうぞよろしくお願いいたします。


ありがとうございました!!



☆20190527加筆修正版を別サイトから逆輸入しました☆

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― 新着の感想 ―
[良い点] アリアクリスの足が腐って落ちそうになる所から、彼女の壮絶な過去の話まで、ひぇぇぇ!となりながら最後まで読みました。 コーネリアスも正統派なヒーローというわけでもなくて、悪い面も卑怯な面も…
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