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うすのろアコンプリッシュ






「うー! 苦い……もういや……」

「だめだよ、化膿止めと熱冷ましだから、ちゃんと飲み切って」

「うぅ……もういらないぃ……」

「ほら、全部飲めたら、あまーいお菓子が待ってるよ。ね?」


丸くてかわいらしい焼き菓子をチラつかせて、セシリオはにこにこと笑いながら、アリアクリスの口元にある器を強引に傾ける。


もごもごしながら、全部を飲み干した後は、ぐったりと背中を枕に預けた。


「はい、良くできました。ごほうびだよ……あーんして?」


少し離れた場所で小さく舌打ちしているコーネリアスをちらりと見て、セシリオはにやりと片方だけ口の端を持ち上げてみせる。



一晩だけで高熱が引いたのは、ひとえにアリアクリスの魔力の調節が上手くいったからに他ならない。


骨一本を残して切断されたかけた足首を、時間をかけずに的確に繋ぎ合わせることができたセシリオがいたのも、それの手助けになった。


治療に力を割かず、調子を整えるのに神経を注いだので回復が早い。


「あ、そうだ……足を見せてもらっても良いかな?」

「うん? どうぞ?」

「……傷もだけど、紋様の方を。いい?」


アリアクリスはにこりと頷いて、上掛けをばさりと捲った。


衣装を引き上げて右脚を晒す。


「うわ……凄いな……もうちょっと足を上げて……裏側も見せて?」

「おい……触れるな」


純粋に紋様しか見ていないセシリオの肩を、コーネリアスはぐいと掴んで引く。


呆れた風情をこれでもかと溢れ出させて、肩にある手をぴしゃりと払った。


「は? なにそれ、嫉妬?」

「えー? 気持ち悪……」

「ねぇ? 立場を弁えろって話だよねぇ?」


返す言葉もないコーネリアスは、ぎりぎりと奥歯を噛み締めて数歩下がっていく。


ふたりして気分悪そうに顔を歪めていると、コーネリアスは壁にぶつかるまで下がって、不機嫌そうにどすりと床に座り込んだ。


息をひとつ吐き出して気分を変えると、セシリオは再びアリアクリスの太ももに向き直る。


「これは、北の魔女の方術だよね」

「……師匠だから」

「師匠?! 北の魔女が?! ちょ、直接 師事したの?! 君、名前は?!」

「アリアクリス」

クリス(・・・)!! 直系の名前までいただいてるじゃないか!!」



この国には東と西、そして北にそれぞれ魔女がいる。

魔女は滅多に人の世界に現れることはないが、時に気まぐれに弟子をとることがある。



北の魔女カーラクリスは国の最北、大きな森の奥深くに住んでいると、この国の子どもなら誰だって寝物語に話を聞いて育つ。


「君は……アリアクリスは、魔女なんだね」

「……そうだね」

「はー……道理で……半端ない訳だ……」

「あなたの名前は?」

「セシリオ……君と比べたら、しょうもない魔術師だよ」

「セシリオは西から習ったの? 腕を見せて」

「いいよ、どうぞ?」


セシリオは服の袖を捲って、アリアクリスの前に紋様が刻まれた左腕を持っていった。


術にはそれぞれの魔女の流儀がある。


基本はひとつでも各々得意としていることも違うので、それぞれでやり易いように改良が加えられる。


紋様などは特に顕著で、知識のある者が見れば一目でどの魔女の流派かすぐに知れる、署名のような役割もある。


「指の動きを見てて思ったけど……ここと、ここ。こっちから直接繋いだ方が良い」

「うん? ……だと力が強過ぎるんじゃないかな。調節が難しそうだけど」

「なら、繋ぎ目で術をひとつ挟めば問題無いけど……セシリオなら無くても余裕だよ」

「そうかな……そう思う?」

「うん。良ければ書き換えてあげる」

「え? 本当?」

「うん。傷を治してくれたお礼に」

「わあ! 嬉しいな……やっぱり力の調整力は北が一番だもんね」

「あー。あの人、効率“命”だから……」

「じゃあ、それならさ……」


盛り上がっている会話の中身は、半分以上コーネリアスには分からない。


ただふたりとも楽しそうだし、自分には見せない顔や態度のアリアクリスを見ていると、どうにも居場所が無い気がして息苦しささえ感じる。



やっと。


今になって、やっと、かつて自分がどんな風に人と接していたのか、それを思い出していた。


自分がいつの間にか変わっていたことに、初めて気が付く。


セシリオともこんな風に、皮肉や恨み言だけではない、楽しい話をしていた時もあったはずなのに。







セシリオが帰って行くと、居たたまれなさはぐんと増す。



アリアクリスは気持ちが良いくらいコーネリアスを居ないものとして扱っていた。


何かを計るようにそろりと近付き、食事を出したり、着替えに手を貸したり、身の回りの世話をして、まるで侍従のように動き回っていた。



コーネリアス付きの唯一の侍女は、この度、暇を出した。


留守をしている間、アリアクリスから目を離していたとこの件で知れたからだが、放置されていた本人は侍女の肩を持つ。


主人の節操の無さと、甲斐性の無さをコーネリアスの目の前でセシリオに嘆く。

彼女が可哀想だと訴えた。


しこたま皮肉とお説教を頂いて、侍女にはこれまでに支払った倍額の給金を持たせて、彼女に田舎に帰るようにと城から出した。



侍女はコーネリアスとの関係を周囲に隠してはいなかった。

逆に笠に着ていた部分もあったと、主人のあずかり知らぬところで侍女たちの間では有名だった。


お手付きだと知れていては、新たに城内で誰かに仕えるのは難しい。

そして手を出すと知っていて仕えようとする侍女もまた居ない。


特にコーネリアスの立場を考えると、自ら望んで来るような侍女は後ろ暗過ぎる。



食事や掃除、洗濯などはその時々で手の空いた者を派遣してもらうことにして、自分とアリアクリスの身の回りの世話はコーネリアス自身がすると、これもまたセシリオのお説教の末に決まった。




夜になるとこそこそとアリアクリスの横にいって、同じ寝台で眠る。


大きな寝台なので引っ付かなくても床に転げ落ちる心配は無い。ふたりの間にはひとり分の余裕が空いていた。


今までとは打って変わって何もする気配さえ無いが、それでも枕や布の上に散らばったアリアクリスの髪を撫でたり指に巻きつけたりしている。


今も迷子の仔犬の顔をしているのかと思うと鬱陶しい。


が、それすら無視をしてアリアクリスは目を閉じる。


「アリィ……お前はどうしてドルフレッドを相手にしようとしているんだ?」


ごろりと寝返って背を向けたアリアクリスに、コーネリアスは話を続ける。


「……人に聞く前に自分の話をするべきなのか?」

「……いい。セシリオに聞いた」

「……そうか……アリィの話を教えてくれないか?」

「……殺されたから、殺す」

「うん? 家族や、大切な人を亡くし……」

「私」

「……なに?」

「私が殺された」

「なにを……」

「人がどうやって魔女になるか知らないの?」

「魔女になる? 生まれた時からそうと決まっているんじゃないのか?」

「……そういうのも中にはいるけど、でも魔女になる条件はみんな同じ」

「殺されて……だから魔女になるのか?」

「相手を恨んで、恨んで、この世を憎んで、憎んで……世界と契約をする……」

「契約……」



そもそも先天的に魔力量が高くないと魔女にはなれない。



そして、何者かに殺され、相手とこの世を憎み、強い恨みを持ったまま死んでいくことで、もう一度 世界から生き直す機会を与えられる。


この世の理を正しく回す、それを契約として、そのための機会と力を与えられる。




アリアクリスは北に位置する小さな貧しい村で生まれた。


働ける年齢になると、その地の領主の屋敷に奉公に出され、雑用をしてわずかな賃金を稼いでいた。


屋敷にはアリアクリスと歳の近い息子、領主の次男と三男がいた。


いつもちょっかいを出されていたが、構っている暇はなかったので、適当に逃げ回る。


それが気に入らなかったのか、その逆か、徐々に扱いが酷くなっていく。

暴言を吐かれ、転ばされたり、水をかけられたりしていただけなのが、その内に追い回されるようになっていった。



十二歳の冬。



その年の終わりに、領主の長男と、従兄弟のひとりが城都の学校から屋敷に帰ってきた。


そして、そこでアリアクリスは短い一度目の人生に幕を下ろす。


イタズラ程度だった小さな悪意は増大していく。

四人全員の暴行を受け、死んでも殴られ、蹴られ続けた。


アリアクリスは屋敷から遠く離れた森の中にそのまま捨てられた。


その森が、魔女の住む森だと、兄弟たちは知らない。





「……生き返っても、足だけは上手く動かなかった。だから、師匠が動くようにしてくれた」

「…………すまない。本当に……済まなかった」

「は? 気持ち悪……謝るの?」

「いや……許されることじゃないのは、分かっている……」

「あいつは領主の長男。最初に私を殴って犯した」



だから苦しめて最後に殺すと、単調な声でアリアクリスは静かに語った。



「あいつの弟たちと従兄弟には呪いをあげた。……末の弟はこの間 力尽きたみたい。残りのふたりは今日や明日も知れないほど弱ってる……死ぬその時まで苦しみが続くようにしてある」


ふふと楽しそうに笑うと、アリアクリスはころりと仰向けに寝返りをうつ。


「ばたばた倒れて、打つ手なくどんどん弱る弟たちの様子を知るのはどんな気分だろう……何も感じないか。十以上も年の離れた自分よりも弱い女の子を平気で殺せるくらいだし」

「アリィ……」


コーネリアスは話を聞くうちに、いつの間にか寝台から起き上がって、姿勢を正していた。


手を伸ばしてアリアクリスの頭をそっと撫でる。


アリアクリスはその手をばしと叩いて払う。


「あいつの最後を色々と考えるだけでも楽しくて仕様がない……どんな死に方をさせてやろう……王や仲間の前で、裸になって床を相手に腰を振る? それとも皮膚の下に虫を放そうか、生きたまま体の中身を食われていくのはどうだろうって……」


まるで恋をしている少女のように、瞳をきらめかせ、希望あふれるこれからを夢みている。


その顔を目の前にして胸を抉られる思いがするが、それを顔に出すことはアリアクリスに失礼だと、頭ではなく、心で考えた。


コーネリアスは表情を変えないように気を引き締める。


「ねえ、近い内に夜会があるんでしょう?」

「…………三月(みつき)後に」


王太子の誕生祝いが予定されており、アリアクリスはそのことを言っているのだと頷いた。


「私に衣装を作ってよ……うんと素敵なやつ」


それまでに万端整え、事を進めるのだと、言外の言葉をコーネリアスは受け取った。


自分の言うことを聞かそうとも、彼女を利用して己の復讐を遂げようとも、もうひとつも考えられない。


「…………ああ、そうしよう」

「それまで弟たちは保たない……ふふ。あいつがどんな顔をしているのか楽しみ」

「……黒が良いな」

「うん?」

「衣装は魔女のアリィによく似合う、喪服の黒が良い」

「ふふ……素敵ね、とっても」


蕩けるような笑みを浮かべて、深く呼吸をすると、目を閉じ、そのままアリアクリスは眠る。


少し離れた場所にいても、温もりが感じられる。




まだ熱は下がりきっていないのかと、コーネリアスは濡らした布を用意して、アリアクリスの額の上に乗せた。








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