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うつけものプログレス






いつもの部屋に通されて待つこと数刻。


やって来たロアンナはコーネリアスの姿を見て、微笑むと嬉しそうに駆け寄ってくる。


腰に腕を巻き付け、背伸びをして、いつものように口付けようとしてくるのを、顔を鷲掴みにして止めた。


「……旦那様?」

「うん……とりあえず服脱ぐか」

「口付けはして下さらないの?」

「しないといけないのか?」

「……どうしてそんな意地悪をおっしやるのかしら」

「口付けでないと精神操作できないのか?」

「……なんのお話でしょう?」

「服を脱げ」

「私のことがお嫌いなの?」


口では可愛らしいことを言っているが、顔からは表情が消えていた。


ロアンナは腰に回していた腕をほどくと、小さくため息を吐きながら近くにあった寝台に腰掛ける。


「いつ気が付いたの?」

「……今 確信した」


舌打ちをして薄く眉を寄せたロアンナに対面して、コーネリアスは腕を組んだ。


「最初からか」

「……だったらなに?」

「全部の客の精神を弄り倒してるのか」

「楽しかったでしょ?」

「店主は知ってるのか、このことを」

「もちろん」

「ぼったくりだな」

「何言ってるの。すっきりしてるでしょ、毎回。あり得ないくらい」

「すっき…………おい」

「そこらの女より良かったでしょう?」

「待て……まてまて…………俺は何と?」

「あなたは枕」

「ま……?!」

「寝具なだけありがたいと思ってよ? キライなやつは床だから」

「お前! ふざけんなよ!!」

「でも良かったでしょ? すごー……く」


へなへなとその場にしゃがみ込んだコーネリアスを、ロアンナは顔が真っ赤だと指をさして笑っている。


登ってくる熱を追い出したくて、びしびしと両手で頬を叩いた。

呼吸を繰り返し、心を落ち着けて、気を取り直す。


「……足は自分の魔力だけで動かしてるのか」

「……それが?」

「その上で精神をいじり倒せるのか」

「誰かに告げ口する? どうぞ好きにして? 別にどうとでもなるから。恥ずかしいなら今の記憶も、ここに通ってたことすら忘れさせてあげるけど?」


床に尻を落ち着けると、コーネリアスはその場で胡座をかいた。


「記憶まで操作できるのか……軽々しくバラすわけだな」

「まあね。……で? どうする?」


足の上に肘を突いてぐらぐらする頭を支えると、息の続く限り唸り声を漏らす。


「ドルフレッドにも精神操作を? その周りの連中にも」

「それはだあれ?……私の旦那様はあなただけなのに」

「は。何を取り繕うことがあるんだ、これまではべらべらと喋っておいて」

「娼婦が他の客のことを喋るとでも?」

「お前、娼婦じゃないだろう? 魔術師だ。それもかなり有能な……ドルフレッド相手に何をしようとしてるんだ」


足を自分の魔力だけで動かしているのなら、それだけでも相当なものだとセシリオから聞いていた。


一般に多くいる魔力持ちなら、日々の暮らしの補助程度にしか振るえないし、魔力量もその程度だ。

実際、コーネリアスも魔力を持っているが、そこらの人と変わりない。


術式で効率よく力を変換して増強して、それでやっと生活に役立てられるのが普通の人々。

思いのまま万能に使える、それこそ夢のある魔法のようなものではない。


術を維持しつつ別のものを発動させ、なおかつそれが高等ともなれば、城に抱えられるほどの上級魔術師だ。


そのような人物が娼婦に憂き身をやつしているのは、宰相閣下に容易に、しかも相手が気を許している状態で近付くことができるから。


「何を企んでいるんだ?」

「やだ……何となくそうかなと思ってたけど、王宮の騎士なの?」

「そうだ……いや、だった、か。別にドルフレッドの身を案じてお前に探りを入れてるわけじゃない」

「……そうでしょうね。国に名高き宰相閣下様を敬称で呼ばないもの」

「……あれを地の底に叩き落としたい」


ロアンナは唇に人差し指を置くと、少し首を傾げて、考えるような仕草でにこりと笑う。


「……それはだめ。あれは私のよ、誰にも渡さない」

「俺と組まないか?」


今度は反対側に頭を傾ける。


「うんと長い時間苦しめたいの。だから同じだけ長い時間をかけて、丁寧にしてきたのよ。邪魔しないで?」

「本人に忠告するぞ」

「どうぞ、好きにしたら? 話はそれだけ?」

「…………!!」


音も無く寝台を下りて近付くロアンナに、コーネリアスは何も反応できない。

指先すら動かせず、声も立てられない。

魔術師特有の動きも、言葉も無かった。

だから油断していた。


知らぬ間に術を掛けられていたことに、腹にびっしりと鳥肌が立つ。


じわじわと脂汗が湧いてきたコーネリアスの頭を、ロアンナはよしよしと子どものように撫でる。


「記憶を飛ばしてもいいけど、それも面白くないもんね。……このままにしておいてあげるから『お家に帰りなさい』?」


その夜コーネリアスは、精神も記憶もまともなまま、意思とは正反対の何かに動かされ、王宮の端にある自室に帰った。






朝一でセシリオの仕事部屋の扉を跳ね返る勢いで開けた。


叩きもしなければ声さえ掛けなかった幼馴染にセシリオは硬く目を閉じて、眉間にしわを刻む。


机を挟んで向かい側の椅子にどかりと腰掛けたコーネリアスを睨めあげると、一瞬だけ目を見開いた。

しばらくコーネリアスを見つめて、くくと喉を鳴らす。


「……これはこれは。なかなか素敵なことになってるね」

「逆らえないんだ」

「だろうね。……太い鎖でぐるぐる巻きになってるみたいだ……すごいな」

「逆らおうとすると、身体中痛い」

魔術局(ウチ)に勧誘したいな……どこの娼館っていったっけ?」

「何でだ! あれ……あいつのことを喋ろうとすると、上手く言葉が出てこない!」

「逆らえないからね」

「どうしたらいいんだ! お前 何とかしろ! 」

「……しばらくそのままでいれば? 面倒くさいし」

「……もっと面倒に巻き込んでやろうか」

「ほんと面倒だな、お前」

「だから何とかしろって言ってんだろ」

「逆らわなきゃいいんだよ」

「あ?!」

「逆らわなきゃいいの」




ちりりと鳴った鈴の音に、むくりと寝台から起き上がる。


床で激しく腕立て伏せをしているような全裸の男を乗り越えて、扉を開けて外を見た。


すぐ外側には自分に付いている少女が気まずそうに引きつった笑顔を見せている。


「ねえさま……」

「……まだ仕事中」

「わかってます! わかってるんですけど……かあさまが呼んでます……」

「……ぁんの、くそばばあ」


部屋の中を振り返って、いつの間にか力尽きて転がっている男を一瞥すると、少女に男を任せて部屋を出る。


苛立ちに任せて足を動かして、店主の部屋に向かった。


「なんの用?! ごうつくばばあ。一晩に何人客を取らせれば気が……」

「ああ、本当だすぐに来たな」

「言った通りでしょう? 私に呼ばれりゃ怒鳴り込んでくるって」


くくと嫌な笑い声を立てている店主とコーネリアスの間に積まれた皮袋、その隙間から見える大量の金貨。

嫌な予感に額に手を持っていく。


「…………何の用?」

「落籍だよ。このお大尽がお前の身請け人だ」

「私はそんなに安くないでしょ?」

「もちろんさ……これは前金だよ。ねぇ、旦那様?」

「ああ、後この三倍は用意がある」

「よく考えなさい、そこの守銭奴。私はもっと稼げるわよ」

「笑わせないでおくれ、私の可愛い娘。これだけ稼ぐのに何年かける気だい?」

「その前に身請けも何も、あんたに借金なんて無いでしょう? なのに私を売るなんてどういうこと?」

「困った子だねぇ……娼婦は『売り物』だよ。買ってくれるお方がいれば売るのが私の仕事さ」

「別の娘を売りなさい」

「それが……お前をどうしてもってさ。私も惜しいんだよ? ウチの一番の稼ぎ頭だもの」

「……にしちゃあ、安く売ったもんね」

「そんなことないさ。適正価格だよ」


コーネリアスは立ち上がると、そのままロアンナに近付いて、目の前で片膝を落として跪いた。


ぴしりとした騎士の最敬礼の形を取ると、胸に手を当てる。


「貴女を私の妻として迎え入れたい。どうか私の元へ。私のものになってくれないか」

「……寝言は寝て言え」

「……そう言わず」


室内履きを引っ掛けただけのロアンナの右足に、冷たい感触が当たると、すぐにかちゃりと音がした。


途端に力が抜けて、ロアンナはその場で崩れて倒れそうになる。


コーネリアスはそれを支えて、軽々と抱き上げた。

全く足に力が入らないから、何をされたのかが分からない。自分の膝が邪魔になって、どうなっているのかも見えない。


「何をしたの? 『離しなさい』」

「……では主人。貰い受けた」

「はい。誠にありがとうございます」


ぞくりと背中に寒気が走る。


術を練ろうにも端からするすると解けていき、足元から魔力がどうどうと流れ出ていくのを感じる。


「ああ、そうそう旦那様。その子のロアンナという名は置いて行ってもらいますよ?」

「ロアンナは店での通り名か……本当の名前は何と言うんだ?」

「…………死ね」

「その子の名はアリアクリス」

「……一緒に殺すぞ、ばばあ」

「うん。良い名だな……アリィと呼ぼう」

「旦那様に捨てられたら戻っておいでよ」

「……ここも更地にしてやる」


店の前に横付けされた、黒塗りの大きな馬車に乗せられ、ついでにコーネリアスの膝にも横抱きで乗せられる。


勝ち誇った顔で笑いを堪えながら、口付けするかと顔を寄せてくる。


ぐいと押し退けて、どうにか膝から逃れる。

よろけてあちこちに掴まりながらも向かい側に座った。


術が効かないのを解っていて無駄なことをする訳がない。


重たい右脚の膝を両手で持ち上げる。

足を撫でて確かめていくと、足首に金属製の輪が嵌められていた。


ぴたりと張り付くようで、指の一本も入る余裕がない。力尽くで外そうにも、留め金や繋ぎ目は見当たらなかった。


「……これは何」

「枷だ……罪を犯した魔術師用のな。本来なら手首に着けるんだが、お前だとすり抜けそうだ。 足で誂えたようにぴったりだな。よく似合うぞ」

「外せ」

「その内な……言っとくが嵌めた俺にしか外せないからな」

「まともに移動もできない……歩けなくなる」

「俺が運んでやる、心配するな」

「歩けなくなる、と言ったんだ。……外せ」

「俺はまだ死にたくない。お前次第だ」

「……お前に協力などしない。あれも渡さない」

「うん、残念……外すのはまだ先みたいだな」


はと笑うとコーネリアスは小さな窓に掛かった目隠しを持ち上げて、隙間から外を覗いた。


すぐ目の前に篝火に照らされた城壁が浮き上がって見えていた。なだらかな地形に沿ってゆるく上下している。


まだまだ王城まで距離がある。


その間に、とこれから先を目まぐるしく考えた。




王族の居る辺りから遠い場所、もう反対側と言った方が分かりやすい辺りにコーネリアスは部屋を与えられていた。


騎士であった頃の半分の広さの部屋。


豪奢かといえば今まで通っていた‘ロアンナの部屋’には敵わないが、それでも一応、立派な調度も部屋数も揃い、侍女も付いている。


部屋の窓辺近くに据えられた寝台に、アリアクリスを放り投げるように寝かすと、その体の上にコーネリアスは跨った。


くるくるとしたアリアクリスの髪を指で弄ぶ。


「……魔術だから良かったのか? 生身のお前は違うのか?」


首元までしっかり留まっているボタンを上から外そうと指を掛けた。


びしりと払い除けるアリアクリスの手を捕まえて、寝台に抑え込む。


自由の効く左脚の上に足を置いて体重を乗せた。

押し上げようと突っ張っている腕が震えだし、力を再度込めて持ち上げようにも、コーネリアスの体はわずかにしか動かない。


一気に脱力するとアリアクリスは顔を横に倒した。


「アリィ……どうした? 諦めるのが早すぎるぞ」


耳元で囁かれる声にきつく目を閉じると、コーネリアスが楽しそうにふと笑う気配を感じる。



脱がされていくのにも、生温かい手が這い回るのにも、何にも。



アリアクリスは無反応を貫いた。









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