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ブノワの役割

 その日、クリングゾール砦に常駐している一年A組の生徒の会話の中心にいるのはラウルだった。


「そういやラウル、前の任務でピンチだったんだって?」


 グラハムが軽い調子でラウルに尋ねる。


「ああ、騎士のティムさんが監督役で、ルカ先輩がリーダー、あとは俺と二年のケネス先輩の部隊だったんだけど――」


 そうしてラウルはその部隊で哨戒任務を行っているときに、オーガと呼ばれる一本角の小型魔物との戦闘になったこと、そしてその戦闘中に地中からサーペントという蛇のような中型魔物が地中から現れて挟撃されたことを話す。


「ティムさんは魔法で応援を要請しながら撤退を命令したんだけど、すぐに囲まれて逃げ場が無くなってさ。そのときにルカ先輩が『私が切り開きます』と言ってサーペントに向かって行って……ティムさんは『戻れ!』って言ってたけどもう遅くてさ。サーペントがルカ先輩に襲い掛かった瞬間――サーペントの顔から胴体の途中まで、真っ二つだよ」


 ルカの一振りがいかに鋭かったか、ラウルは身振りを交えて話す。


「やっぱりルカ先輩って剣術では騎士の中に入ってもトップクラスなんだな」

「俺たちよく勝てたよなぁ」

「剣術では戦ってないけどな」


 ベラミーとグラハムがそんなやり取りをしながら会話を盛り上げる。


 そこにラウルと共に普段からルカと剣術の訓練を行っているユミールが同意するように口を開いた。


「実際、ルカ先輩の剣術は並大抵のものじゃない。戦えば戦うだけどんどん差が開いていくような感覚だ。こっちの弱点を的確に指摘して、改善方法を示してくれるが――」

「改善に意識を向けるとまた別の問題が出てきてすぐそこを突かれる。これの繰り返しだ……ちゃんと自分の型が定まっていないと、ぐちゃぐちゃにされて逆に弱くなってもおかしくない」

「逆に言えば、ちゃんと自分の型が定まってる二人だから一緒に訓練するのを断らなかったのかもな」


 ユミールとラウルがそんな風にルカの訓練を語ると、グラハムがいつもの軽い調子ながら鋭いことを言う。


「何にせよ、俺たちの任務が危険になってきたのは間違いない。俺だってルカ先輩と同じ部隊じゃなければ、あるいは襲ってきた魔物がルカ先輩と相性が悪かったら――死んでいたかも知れないんだから」


 ラウルがそう言うと、場にしばしの沈黙が流れる。


 それは他人事ではない。その場にいる全員が正しく理解しているからこその沈黙だった。


「といっても俺たちは自分に出来ることを全力でやるだけだ……な、ラウル」

「……ああ、そうだな、ユミール」


 そうラウルに語りかけるユミールだったが、その反応はどこか鈍く、ラウルは心なしか表情を曇らせているようにも感じられた。


「…………?」


 ユミールはその違和感に気付きつつも、あえて指摘するほどのことでもないだろうと流すのだった。




 キースがブノワを訪ねてから数日後、王立騎士学校の理事長室にブノワの姿があった。


「ようこそおいでくださいました、ブノワ様。私は王立騎士学校の理事長を務めているセレーネ・リネーア・インファンタリアと申します」


 名家であるインファンタリア公爵家の令嬢として、セレーネは完璧な挨拶をこなす。


 バリエ伯爵家の当主で元騎士団長のブノワは貴族社会にも慣れていたが、それでも思わずセレーネの姿に見入るほどだった。


(これが噂のインファンタリアの最高傑作か――)


「まさか騎士団長経験者を当学校に迎え入れられるとは思っていませんでした」

「……キースから聞いておられるでしょう。儂……私は失策によって更迭された身、そんな大した者ではありませんよ」

「本当にそうでしょうか……私、世界中を飛び回って先生方をスカウトしてきたので、人を見る目には少々自信があるんです。それにもしブノワ様の言う通りだったとして、騎士団長に上り詰めるまでに積み上げた実績までもが無くなるわけではない……そうは思いませんか?」


 そう微笑みながら言うセレーネ。彼女の優しく朗らかで、裏表のない純粋さを感じさせる笑顔。


 しかしそうであるが故に、ブノワは彼女から底知れない何かを感じざるを得なかった。


 優秀な術士を多く輩出した名家インファンタリア。しかしその歴史の裏側では良からぬ噂も少なからず聞こえてくる。


(現代ではさすがに非人道的なことは行われていないだろうが……それでもここまで真っすぐに育つものか――)


 ブノワは少しだけ考えるが、目の前のセレーネからは悪意は感じられない。少なくとも今はそれが全てだろう。


「セレーネ理事長」

「はい、何でしょうか」

「私に様付けは不要です。ここに来た以上、立場は貴方の方が上ですからな」

「ふふ、そうですね。それではこれからはブノワ先生と呼ばせていただきますね」


 そのまま和やかな雰囲気で会話は進み、セレーネから実務に関しての説明が行われていく。ブノワからすれば初めての教師生活ではあるが、騎士団に入って部下の指導などは幾度となく行ってきたことであり、さほど難しいことではない。


 そんな中でセレーネからブノワは、今後戦闘が激化していくことを想定して物資の調達や保管、運搬など兵站面でその専門的な経験を生かしてほしいと言われ承諾する。


 他の騎士経験者の教師は戦闘面の経験しかない者がほとんどであり、組織の運営まで携わってきたブノワの存在は貴重だった。


「私は今回の活動において生徒たちの被害ゼロを目指しています。生徒を守るためにブノワ先生の力を貸してください」

「……分かりました」


 そうしてブノワは自分がいかに望まれてこの場所にいるのかを実感する。


(騎士団長の任を解かれ、もう隠居するつもりだったが……現金なものだな)


 しかもそれがずっと苦々しく思っていたキースの思惑通りだというのにも関わらず、今のブノワは明確に熱意を取り戻していた。


 そうしてセレーネとの面談を終えると、ブノワは早速今の王立騎士学校の状況を確認するために様々な書類に目を通す。


 騎士団と騎士学校ではそもそもの運営形態が異なる。全てを戦闘のために優先できる騎士団とは違い、騎士学校では予算の配分にも様々な制約が生じることになる。


 そんな中で、意外にも王立騎士学校はしっかりと戦闘行為への準備を整えていることが伺えた。


「生徒を守るという言葉に、偽りはないわけだな――」


 しかし問題が全くないというわけではない。まずは物資の補給ルートが単一であり、それが騎士団と被っているということ。


 現状ならば特に問題は起きないだろうが、今後戦闘が激化していくと想定される中で、必要な物資を騎士団と取り合う形になると、物資を回す優先度で王立騎士学校は後回しにされる。


 物資が足りなくなれば様々な活動に支障をきたし、組織として本来の能力を発揮できなくなっていく。そうなれば生徒を守ることも難しくなるだろう。


「とはいえ、マグノリア領は南西の端。補給ルートを増やすとしても手段は限られる」


 そうつぶやきながら、ブノワは一つの資料に目を向ける。


「王立鉄道隊……民間には解放されていない、主に騎士団のための物資輸送を行う組織だが、ここにはまだ余力がある。魔物との戦いと無縁な東のウンディナ領、その向こうのクレスニック領辺りから物資を引っ張って来れれば――」


 数字と向き合いながら、裏方として様々な根回しを行い調整する。こういったすでに存在するもの同士を、よりよい形となるように工夫することはブノワの得意分野だった。


 やはりトップに立ち、表立って組織を導くのは自分の手には余っていたのだと、ブノワは実感する。


 自分は騎士団長の――英雄の器ではなかった。


 だが、だとすれば一体誰が英雄足りえるのだろうか?


 今騎士団長代理を務めているのはアルドロスだという。ブノワも部下だった彼のことはよく知っている。確かに優秀な騎士ではあったが、それでも父エリックのような英雄足りえるとは到底思えない。


「キースの奴には心当たりがあるようだが……」


 騎士団の面々を頭に思い浮かべる。その中にはアデルやトールの顔もあった。しかしその二人にしたところで、現状はどの騎士団にも何人もいるエース級の騎士というだけでしかない。認めたくはないが、まだキースの方が英雄足りえると思えた。


 とはいえ、それを考えるのは今の自分の役割ではないとブノワは思考を打ち切る。


 仮に英雄足りえる存在がいるのだとして、自分の役割はその英雄が全力を出せる環境を整えることに他ならないのだと、そうブノワは決意を固めるのだった。


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