教師として
北方陣地では騎士たちがせわしなく動き回っており、非常事態であることは一目見るだけでも理解できた。
しかしそんなことを気にした様子もなく、アデルは生徒たちに説明を開始する。
「最後方陣地から北方陣地までのルートは先ほど通ったとおり、整備された街道を使います。荷物を載せた馬車が速度を出しやすく、周囲から魔物に襲われても早期発見からの迎撃態勢を取りやすいためです」
生徒たちはそれぞれ先ほどまで走ってきた経路を頭に描いて、実際に魔物に襲われた場合を想定する。
物資を守りながら戦うには少々地形が開けすぎていて、仮に遠距離攻撃が可能な魔物がいれば馬車ごと狙われる可能性もあった。
そしてそんな内容について、戦術に長けた三年D組のリチャード・カーツが質問すると、アデルは真剣な表情で答える。
「街道から外れた左右からの先制攻撃が物資輸送の弱点であり、対策として両翼に斥候や遊撃部隊を置くことが考えられますが、護衛部隊の人数はどのくらいですか?」
「輸送部隊の護衛につく騎士は三人から十人、大規模な輸送作戦でもせいぜい三十人です。個人の能力や魔法の適正に応じて、どのような配置にするかは臨機応変に対応する必要があります」
「三人……ですか。わかりました、ありがとうございます」
そういってリチャードがお礼を言うと、アデルは周囲を見回してから生徒たちに待機を言い渡す。
「責任者の先生、一緒に来てください」
「分かりました」
アデルはそう言ってキースを呼び、二人だけで陣地の中央にある大きな石造りの建物に歩いていく。
見張りの騎士にも何も言われず中に入っていくと、しっかりとした館のような広々としたロビーを抜け、アデルは二階の一室の扉をノックする。
「入れ」
「失礼します」
中には円卓の席に着くアルドロス騎士団長代理と、トール百人長の姿があった。
「二人とも座ってくれ」
アルドロスの言葉に従い、アデルとキースは席に着く。
「状況はどうなっていますか?」
「アデル、そう焦るな。とりあえず魔物の追撃は今のところ起きていない……放棄した陣地に夢中、といったところだ」
「学生たちはどうする?」
「キース、お前もか。まずは半年ぶりの挨拶とかないのか?」
「特には」
「お前はそういう奴だったな……学生たちは予定通り後方任務に当たってもらうつもりだ。我々も陣地を放棄したとはいえ、被害はゼロだからな。作戦行動自体に影響はない」
「被害はゼロ? トールが負けたんじゃないのか?」
「ぐっ……負けるまえに退いたんだよ」
キースの遠慮のない発言には元クラスメイトのトールも慣れてはいたが、それでも刺さる部分はあった。
そうしてトールによって当時の戦場の状況が説明される。
「俺の戦術級魔法を無効化する中型魔物が出現したんだよ。四本腕に剣を持った鬼……と言っただけで分かるか、キース?」
「……狂信者か」
キースはかつてサイリス領を失った大敗の、直接の原因になったとされる魔物の名前を挙げる。
キースにとっては故郷を滅ぼした元凶とも言えるそれを、復讐を志すキースが知らないわけもない。
「退却後に斥候に色々調査してもらったけど、あれはちょっと異質だな。他の魔物みたいに火に耐性があるとかそういう次元じゃなくて、魔力そのものが霧散している感じだ」
「つまり魔法が通じないだけではなく、接近戦においても身体強化魔法が無効化されるということか」
トールの説明を聞いたキースがそう言って考え込むと、アルドロスが続けた。
「おそらく、それが原因で英雄エリック・バリエは敗北したのだろう。魔法が効かないなら接近戦しかない……それが当たり前の思考だからな。だが我々は狂信者の存在を知っていて、被害を出す前に情報を得ることが出来た。対策を練れば倒すことも可能だろう」
「対策といっても、魔法がそもそも使えないのでは戦いようがないのでは?」
アデルはそう疑問を投げかける。
魔法による遠距離戦も、剣術による接近戦も、魔法を無効化されては成立しない。
それは本来の騎士としての戦い方では、絶対に勝つことができない相手ということである。
「そこは人類最強の賢者様に何とかしてもらうしかないよなぁ?」
アルドロスは冗談を言うようににやりと笑って、頭を掻きながら言った。
「アルドロス騎士団長代理、俺はあくまでも教師として、生徒たちを監督するのが役目だ。それに特任士官の地位はすでに剥奪されている。俺が騎士として戦うことは期待しないでくれ」
「騎士としては、だろう? つまり生徒たちを守るため、教師として戦う分には問題ないわけだ」
「……物は言いようだな」
「なぁに、騎士団が負けたら次は王立の生徒たちの番だろう? どうせ戦わざるを得ないなら、騎士団が負ける前の方が良いことくらいお前も分かってるはずだ、キース」
半ば脅しのようなことを言うアルドロスだが、重苦しい雰囲気は一切ない。どこまでも飄々と、掴みどころなく韜晦している。
キースとしてもアルドロスと腹の探り合いをするつもりはなかった。とりあえずアルドロスはキースを戦場に駆り出したい意向があり、大義名分も用意してくれることが分かれば充分である。
それにキースも本心では、間接的にとはいえ故郷を滅ぼす原因となった魔物を、みすみす逃すつもりもなかった。
「とはいえ、狂信者か……正直、報告が正しいなら俺でも相性が悪い相手だな」
「まあ、キース君は魔法に特化した戦闘スタイルだからね……」
「仮に剣術が使えたとしても、魔力の補助なしじゃゴブリン相手すらきついだろ――」
キースの言葉に、アデルとトールがそれぞれ反応する。
勝ち筋の見えない強敵との戦い方を模索するように議論する三人。答えの見つからないそれは、本来であれば徒労感すらあるはずだが、しかしどこか楽し気に話し合っていくのだった。