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幼さが生んだ残酷

「少々想定外の事態が起きています」


 数人の騎士に生徒たちを案内させて拠点内の施設を見学させている中、アデルは教師たちの残りの騎士を集めて話を切り出した。


「先刻、最前線での戦闘で部隊が撤退したと報告がありました。その結果、現在騎士団の主力は北方陣地に集結しているとのことです。予定では我々の次の目的地は北方陣地でしたが、仮に魔物の追撃がある場合、そこはすでに戦場となっている可能性もあります」


 アデルは状況報告を終えると、今後についての話につなげる。


「我々の選択肢は大きく二つ。一つは一旦今回の行程を中断し、状況が落ち着いてから再度学生たちが後方任務に当たるために必要な見学等の日程を組む形。もう一つは、予定通りこのまま今日中に見学を終え、いち早く後方任務に当たれる準備をする形。どちらを選ぶかは私の一存で決めるわけにはいかないと思っています。そちらの責任者は……そういえばキース君だったね」

「ああ、そうだ」


 アデルに言われ、キースが答える。


 キースは最も教師としての経験は浅いが、直近まで騎士団に在籍していたことから、戦場における判断を下す責任者としてセレーネから直々に任命されていた。


「俺としては、このまま予定通りの行程を進める方を支持したい。理由としては、まず部隊の撤退自体は成功していて現状ある程度は安全だと考えられる。二つ目に、緊急事態であればなおさら生徒たちが後方任務に当たるのは早いほうが良い。三つ目に、状況が落ち着くという保証はないということだ」

「ですがキース先生、前線の状況も分からない状況での続行は、危険すぎると思います」


 キースの発言に対して、ミレーヌが異を唱える。もちろんそういう意見が出ることは想定されており、だからこそ責任者として最終的な判断を下す人間が置かれている。


 全員の意見が本心から一つにまとまることなんてありはしないが、それでも戦場では必ず何らかの決断をする必要があった。


 それは騎士団でも同じであり、基本的に上官の命令は絶対である。その原則を破ってかつてブノワの命令を無視し続けたキースは、アデルが最初に生徒たちの前で言った通り、本来許されない人間である。


 しかしそんなキースだからこそ、ミレーヌの意見自体を一方的に押しのけることはしない。とはいえミレーヌの意見を変えさせるようなことが出来るとは思っていなければ、そんなことに意味があるとも思っていなかった。


「ミレーヌ先生、そもそもこの選択はどちらを選んでも危険なんですよ。一旦中断して待っている間に騎士団に大きな被害が出た場合、より危険な状況で生徒たちは戦場に立たされることになる。今回の王立騎士学校の生徒たちを使って騎士団の戦力を補填するという作戦は勅令であって、王の名の元に一度決定されたことが、状況が多少悪化したから中止となることはまずありえない」


 それこそ騎士団が再度壊滅的な被害を受けた場合は見直しが行われるだろうが、そもそもそういう事態が起きないようにするための補充戦力として生徒たちは送られていきている。


 それに生徒たちが無事なら騎士団が壊滅しても構わないとまでは、さすがに教師たちも考えてはいない。


 結局のところ、学校ごと戦場に転移させるという計画が実行された時点で何を選択しようが危険は避けられないのである。


「それは……でも待っている間に、騎士団に被害が出ない場合も考えられますよね?」

「それならば予定通りの行程を行っても危険は少ないということでもあります。どちらを選んでも一定の危険があるならば、生徒たちが一秒でも早く戦場に耐えられるレベルまで成長できる選択をした方が多少はマシという、これはその程度の話です」

「……心から納得したわけではありませんが、キース先生の考えは理解しました」


 ミレーヌはそう言って引き下がる。キースより一つ年上なだけだが、ミレーヌは分別のある大人だった。


 他にも意見がありそうな教師はいたが、それでも議論に時間を浪費したところで、騎士団と魔物の戦況が好転するわけでもないことは全員が理解していた。


 起きてしまったことは変えられない以上、前に進むしかないとして、今回の予定通りの行程を続行することとなった。


 見学を終えた生徒たちを集め、再度移動を開始する。目的地は北方陣地。


 その道中、セリカとリンナは先ほどから少し様子のおかしいエリステラに声をかける。


「そういえばエリステラ、さっきの陣地にいたあの男の騎士の人って知り合いなの?」

「えっと……はい。同じ地元の出身で、一時期同じ道場に通っていました」

「……憧れのお兄さん?」

「そういうのではないです……むしろ、当時の私は彼を嫌っていましたから」

「嫌っていた? あの人に何かされたの、エリステラ」


 そう言われて、エリステラの表情は少し曇る。何かをされたのかと言えば、答えはノーである。


 むしろ何かをしたのはエリステラの方ですらあった。


「いいえ……ごめんなさい、この話は――」

「ううん、こっちこそごめん」

「言いたくないなら、聞かない」

「そうしてくれると助かります」


 そんな風に三人の会話は終わる。


 その後もエリステラはまだ整理がついていないティムという五歳年上の騎士のことを考えていた。


(そうですか……あの人が騎士に――)


 顔を見るまで、存在すら忘れていたような人物。


 しかし思い出してしまったのだ――自身の幼さが生んだ、その残酷な言葉を。


 ――貴方が弱いのは、怠惰だからでしょう?


 当時五歳のエリステラが十歳のティムに勝利した際に、恨み言を言われて返した言葉がそれである。


(かつての私は父の教えを妄信していた……結局、何も変わっていなかったのですね)


 父を妄信し、キースを妄信したエリステラは、そう自嘲するように、小さく悲し気な笑みを浮かべるのだった。


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