報告
アデルにより、クリングゾール砦から西への移動では私語が解禁された。
どうして危険な戦場の方で私語が解禁されるのか疑問に思った生徒が質問すると、アデルは「喋るなと言われると必要な報告も漏れるから」と答えた。
即席で組まれた部隊間でのコミュニケーションは移動中に済ませるなど、周囲への警戒は怠らないという前提はあるが、そもそも騎士団で私語は禁止されていない。
では最初に私語を禁止したのは何故かといえば、単純に生徒たちがどれくらい命令に従えるかを量っていたからだった。
そうして出発すると、各グループはそれぞれ隊列を入れ替える工夫が見られた。
ルカが率いるA組からC組の第一グループは、一年生の補助術士に三年生の担当をさせ、逆に三年生の補助術士に一年生の担当をさせることで、全体の体力魔力の消耗を平均化する試みを見せた。
一年A組から一人離され、三年C組に放り込まれたフェリは最初おびえた小動物のようになっていたが、三年生のお姉さま方から「かわいいー!」「ねえねえ、身体強化魔法は何人くらいにかけられる?」「クラス全員? またまたー、そんな冗談……え、本当に?」と可愛がられて、緊張しながらもなんとか解け込めていた。
一方で三年C組から一年A組にやってきたフィリスは、その凛とした落ち着いた佇まいで周囲に緊張感をもたらしていた。
フィリス本人としては、自分は優しいつもりなのにルカとセットで怖がられているようで少し不満顔である。とはいえ慣れたものであるため、気を取り直してコミュニケーションを図った。
「そこの貴方、名前は?」
「ベ、ベルナールです!」
「眼鏡をかけているのは珍しいわね。身体強化は不得意?」
声をかけられた男子生徒のベルナールは緊張した様子で応える。実際彼はクラスで唯一の眼鏡着用者だった。
魔力を持つ者は常に身体能力が強化されており、それは視力に関しても同様だった。ただその効果は常時体中に流れている魔力の出力によって決まるため個人差がある。
その出力を強化するのが身体強化魔法であり、他人にかける場合は術士の持つ魔力を足し合わせる形となっている。
「瞬間の出力は出せますが、持久力に課題があります」
「そう……他にも補助魔法が必要な方は積極的に申し出てください。フェリさんほどではありませんが、私もそれなりの人数に身体強化魔法はかけられますので――」
そんな風にフィリスから積極的に声をかけることで、一年生からも話しかけやすい状況を作り上げていた。特にフェリの実力を認めていると発言することで、フィリスの優しさと寛容さを示すことに成功している。
その後方から生徒たちの様子を見て、アデルはキースの隣へとやってきて声をかけた。
「王立の生徒とはいえ、ちょっと優秀すぎるね」
「セレーネ理事長の教育改革の成果だろう」
「セレーネ先輩か……それなら納得。あの人、正直ちょっと怖いよね」
「怖い……?」
アデルの言葉に疑問符を浮かべるキース。キースにとっては姉のような存在であり、優しい印象しかない。もちろん学内大会で戦ったときは別ではあるが、真剣勝負の場では誰だってそういうものだろう。
「あんなに優秀で、いつも周囲から期待されてて、普通だったら自分のことで手一杯なはずなのに、常に笑顔でみんなに優しくて気遣いが出来て……私だって結構人気者で、そうあるために色々我慢したりもしてたけど、セレーネ先輩のそれは普通じゃないよ。あんな理想的で完璧な人……嘘っぽいっていうと違うけど、やっぱりちょっと怖いよ」
「俺たちが知らないだけで、本当の顔は別にあるということか? アランみたいに」
「アラン王子はまさしくそうだね。完璧な王子としての表向きと、クラスメイトの私たちの知ってる顔は全然違う。でもセレーネ先輩の別の顔を、キース君くらい近い人でも知らないんだったら……もしかしたらそんなものは本当にないのかもね」
「だったら別に怖くはないだろう?」
「……キース君、人の心とか察するの苦手でしょ? いつもアクリスちゃんに怒られてるんじゃない?」
「…………」
「図星だ。まあ私が言いたいのは、あんな風に生まれつき完璧で、そのまままっすぐに生きているだけで頂点までいけてしまうような人には、世界がどう見えてるんだろうってことでさ。そういうのが私から見て想像できない、理解できない相手って、やっぱり怖いんだよ。分からないは怖い、これ人間の基本ね」
「そういうものか」
「そういうもの。まあキース君も優秀だけど、わかりやすくひねくれてるから良いよね。そのまま歪んだ君でいてね」
「なんだそれは」
「まあそれは良いとして……生徒たちがこんなに優秀だと、たぶん騎士団としては後方任務を予定より多く任せることになると思う。おそらくこの中の一グループは常に後方陣地とクリングゾール砦に常駐して、残りの二グループも普段は学校で通常通り授業を受けながら交代要員として待機。必要に応じて追加人員として任務に当たる、という感じかな」
「そうか、分かった」
アデルの言うこと自体はキースの想定とも大きく異なる点はない。どちらかといえば、後方任務とはいえまだ学生である生徒たちをそこまで当てにしなければならなら第十一騎士団の現状について、認識を少々改める必要があるかもしれないというところだった。
そうこうしているうちに、最初の目的地である最後方陣地に到着する。
ここは第十一騎士団が現状管理する陣地の中ではもっとも安全で、非常に大規模な陣地であった。周囲を囲う外壁や土や石造りの建物は土魔法で建造されており、武骨で簡素ながら生活には困らない利便性を備えている。
長年の戦いによって増築、改築を繰り返されているが、区画ごとは整理されており、雑多な市街とは異なり明確に戦いのためだけの施設であることが窺い知れた。
しかし規模の割には人員が少なく、どこか静けさすら漂っている。
「おかしいわね、人が少なすぎる」
「アデル百人長、報告があります!」
生徒たちと共に陣地に入ったアデルがそうつぶやくと、基地内から一人の騎士が駆け寄ってくる。
「ティム、報告をお願い」
「はい。先刻、トール百人長率いる部隊が最前線の戦闘より撤退、そのままアルドロス騎士団長代理が南方最前線拠点の放棄を決断、現在主力部隊は北方陣地まで下がっています」
「私への指示は?」
「ありません」
「そう、ありがとう」
アデルはティムの報告を聞いて少し考え込む。
おそらく最低限の情報だけが伝えられているのみで、細かいことはこれから決まって通達されるのだろう。となると学生たちのことも、予定とは変わっていくのかも知れない。
(それにしてもトールが負けるなんて……相当良くないことが起きてそうね)
そんなことを考えながら、アデルは生徒たちを不安にさせないように平静を装うことにする。
「あの人は……」
そんな中、報告を終えて持ち場に戻っていくティムを見ながら、エリステラは小さく呟くのだった。