表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/114

狂信者

 同時刻――マグノリア領西端。


 魔物との最前線である南側の戦場では、第十一騎士団の中でも精鋭とされる部隊が展開していた。


 今は魔物の領土となった旧サイリス領との間の地形は、中央に険しいテルペン山が切り立っており、戦場は北部と南部で分断されていることが最大の特徴とされている。


 この中央の山は魔物といえど大部隊で移動することは困難であり、時折飛行可能な魔物が侵入したとしても斥候が観測し、的確に派遣された部隊によって対応されている。


 しかしながら小型の魔物の動きを完全に捕捉することは不可能であり、峡谷を抜けるなど様々なルートから魔物がマグノリア領内に侵入し、クリングゾール砦の西側の範囲において輸送隊が襲われるなど、後方の防衛任務が重要な役割を持つ原因となっていた。


 北側はヘクレム領との間にまたがる山脈との間の限られたルートのみしか魔物の進行ルートがなく、比較的守りやすい地形とされていた。


 一方の南側は全体的に穏やかな地形となっており、旧サイリス領側の森林を抜けた先は草原が広がっていた。かつては森林を迂回した街道が整備されてマグノリア領とサイリス領を繋いでいたが、サイリス領が魔物の手に落ちてからの十五年で、もはやどこが街道だったのかも判別がつかなくなっている。


 そんな南側は騎士団としても大部隊を展開しやすい一方で、魔物側も大部隊で進行してくるのが当たり前となっており、常に激戦が繰り広げられていた。


 とはいえ騎士団が優勢を勝ち取ってもその先に広がる森林を支配下に置く余裕はなく、そこを無視して支配圏を拡大しても挟撃されるだけであるため、旧サイリス領を取り戻すといったような攻勢を仕掛けることは困難となっていた。


 前騎士団長のブノワはこの騎士団の戦力が二分割され、部隊間の連絡も移動も迂回を強いられる現状を解消するための大規模攻勢として、中央のテルペン山全域の支配圏を得るために旧サイリス領の森林を含めた広範囲への進行を行った。


 結果としてその攻勢は失敗として終わったが、このテルペン山周辺の支配圏を得ることは第十一騎士団の大きな目標の一つであることは変わっていない。


 そんな南側の最前線にある騎士団の拠点で、騎士団長代理の男性アルドロスは斥候からの報告を聞いて頭を悩ませていた。アルドロスは三十代半ばの騎士であり、千人長の地位にある優秀な騎士ではあるが、飄々としていて本心を悟らせない性格のためか、覇気に欠けると評されることもあった。


 そんなアルドロスは、他の騎士が聞いていることも気にせず、ぼやくように言う。


「戦線を下げたいなぁ……」

「アルドロス騎士団長代理、さすがにそれは出来ませんよ」


 アルドロスと共に報告を聞いていた騎士の一人であるトールは、はっきりと意見を述べる。彼もアデルと同じくキースのクラスメイトであり、火と風の二属性術士(ダブル)として第十一騎士団のエースとして最前線で活躍している。


「まあ一度失うと取り返すのが大変だからなぁ。魔物の無尽蔵の兵力を正面から押し切って、周辺の安全も確保してって、そんな余裕は今のうちにはないよな」

「というか下がるというなら、先の敗戦後の戦力不足を口実にして下がるべきであって、今はもう時期を逃してますよ。負傷した騎士たちも徐々に復帰してきてますから」

「と言ってもなトール、ここ最近みたいに魔物の小規模な攻勢が続いた後は大規模な攻勢が来るだろう? 北方部隊からの援軍は期待しないにしても、後方陣地との連携は取りやすい位置まで下がっておきたいよな」


 それが出来ないということはアルドロス自身も分かっていてぼやいているので、トールとしてもそれ以上は何も言わない。


 その後は斥候の持ち帰った情報を元に作戦会議を開き、トールが指揮を取って魔物を迎撃することに決まったのが数時間前。


 そして今、最前線で広く展開する騎士たちの中心で、トールは味方の土魔法で作られた高台に一人で立っていた。


 トールは片手を上に挙げ、火魔法で作った火球を風魔法で圧縮し、雷球を作り上げる二属性複合魔法を詠唱する。そして雷球が細長い槍のように形を変えると、トールは狙いを定めて前方に手を振り下ろした。


「――アルナイル」


 まだ魔物の前衛と騎士は衝突していないが、トールの長射程の魔法は先制攻撃で魔物の群れの中心部に突き刺さり、周囲を雷霆が焼き払う。


 威力、射程、効果範囲。全てが優秀なトールの戦術級魔法は、彼がエースと呼ばれるに相応しい実力を持つことを示していた。


 こうして相手の出鼻を挫き、味方の士気を高揚させて一気に押し切るのがトールを擁する部隊の定石だった。


 しかし――。


「――トール隊長! 魔物の中に、一体異様な奴が!」

「異様だけじゃ何もわからないだろ……」


 高台の下から慌てた様子で報告する部下にそう言いながらも、トールは即座に身体強化で視力を強化しアルナイルが着弾した地点の様子を探る。


 するとそこには戦術級の魔法が直撃したはずなのに、一切の傷を負わずに前進を続ける四本腕の鬼のような中型の魔物の姿があった。


 四本腕にはそれぞれ長剣を持っている。あの長剣も魔物の体の一部であるのは間違いない。そういった武器を持つ魔物はおよそ高ランクで要警戒とされているが、しかしトールはあの鬼の姿に見覚えがなかった。


 それでもかすかに頭の隅の記憶にひっかかった何かが、トールに素早い判断を促した。


「新種……? いや……中型で、魔法が効かない……まさか!? おい、全軍撤退だ、急がせろ!」

「は、はい! 全軍撤退! 全軍撤退!」


 トールは急いで部下にそう指示を出し、前衛の騎士たちがまさしく今こそ前進しようとする直前に、反転し被害を出さずに撤退させることに成功する。


 ――魔法を無効化する四本腕の鬼。


 その魔物は長い騎士団の歴史上でもたったの一度だけしか目撃されておらず、また混乱していた当時の状況から見間違いだったのではないかとさえ囁かれていた。


 一切の魔法を無効化し、圧倒的な膂力の四本腕で長剣を振るって狂ったように前進を繰り返すその姿から名づけられた名前は――。


 ――狂信者(ベドラマイト)


 目撃されたのは十五年前のサイリス領。英雄エリック・バリエを失うことになったサイリスの惨劇の元凶となった新種の魔物。


 もしあのまま戦っていたらどれだけの被害が出たか、それは誰にもわからない。


 拠点に退却したトールは速やかにアルドロスに報告し、アルドロスは即座に拠点の放棄を決断して後方拠点まで撤退することを指示した。


「戦線を下げる口実が出来たな」


 そう飄々と言ってのけるアルドロスだったが、トールにはそんな彼の言葉に反応する余裕はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ