学習指針
模擬戦でクラス全員の能力を見極めながら一人一人丁寧に叩きのめしたキースは、次の授業の始まりに生徒たちに向けて言った。
「――とりあえず俺から言えるのは、仮にお前たちが今すぐ騎士になっても、一年と経たずにほぼ全員死ぬということだ」
死という言葉の重さに、生徒たちは少し驚いたような反応を見せる。
「だがまあ、卒業までは三年ある。お前たちはその限られた時間を使って勉学と鍛錬に励み、魔物に打ち勝つ力を身に付けていく必要がある、というわけだ。その上でホームルームでも言ったことだが、俺の授業に価値がないと思うのであれば別に受けなくても問題ない。つまり成果さえ示してくれるなら、俺はお前たちの考えもやり方も否定するつもりはないということだ」
そんな風に淡々と言うキースに、生徒たちの多くは呆気に取られていたが、そんな中でグラハムが手を挙げてキースに質問をする。
「それは先生の授業だけでは不足ということなんですか?」
「いや、そういうわけではない。だが、たとえば……リンナ・リーンベル」
「……私?」
リンナと呼ばれて抑揚のない声で返事をしたのは、緑色の長い髪と常に眠そうなジト目が特徴的な生徒。彼女は普段から無口で、クラスの中でもあまり親しい仲の人間はいなかった。
だからこそクラスメイトでも彼女のことはあまりよく知っていないのだが、しかしそんな彼女のこともキースは詳しく把握していた。
「お前の家系は代々優秀な斥候を輩出しているようだな」
「……うん、そう」
「だが斥候は騎士の中でもかなり特殊な技能と魔法を求められる役割だ。そこでもし仮にリンナが斥候を目指すというのであれば、他の全員と全く同じカリキュラムで学ぶことは必ずしも効率的とは言えないだろう?」
斥候は長期間の単独活動能力や、探知魔法、五感強化を含めた身体強化魔法など、通常の戦闘要員である騎士とは必要とされる技能が全く異なっていた。
だから仮にリンナが斥候を目指すと現時点で目標を定めているのであれば、不要な魔法の習得を止め、斥候に必要となる魔法の習得に時間を割いた方が効率的に違いない。
つまりキースはただ漠然と努力するのではなく、自分の目標を達成するために効率的な努力をするように推奨しているという話だった。
「言っておくが、俺はお前たちの努力を評価するつもりはない。俺が評価するのはお前たちがどんな魔法を扱えるようになったのか、どれだけ強くなったのか……その成果だけだ。そもそも努力などというものは能力が足りていないから必要になるものであって、人に見せたり、ましてや誇ったりするようなものではないだろう」
――努力なんてして当たり前だ。
そんな風に認識しているキースは、だから努力というものを特別だとは思っておらず、むしろ誰しもが日常的に当然行っているものだと考えていた。
そもそも努力は手段でしかなく、ゆえに価値は果たされた目的にこそ存在する。だからキースは努力自体を評価することはないのである。
「とはいえ、いきなりやり方は何でもいいから成果を見せろ、と言うのはさすがに酷だからな……まずはお前たち一人一人の長所と短所を明確にして、その上で長所を伸ばす場合と短所を克服する場合の学習指針を俺が教えよう」
「え? いや先生って今日赴任してきたばかりですよね? 私たちのことなんて、まだ何も知らないんじゃ――」
「セリカ、俺は言ったはずだぞ。お前たちのこの一か月間の学習成果は全て把握している、とな。そしてさっきの模擬戦の中でもお前たちの能力は直接確認している。だから何も問題はない」
そのずば抜けた記憶力と観察眼は、キースにとっての大きな武器のひとつだった。
ちなみにセリカと呼ばれた赤い髪の生徒は、スタイルの良さを強調するように制服を着崩しており、真面目な生徒が多い中で少し悪目立ちしている。
他の教師であれば彼女の外見のことを注意したのかも知れないが、しかしキースは全く気に留めない。
そんな明らかに他の教師とは異なるキースの極端な発言や態度、そして何より模擬戦で見せた圧倒的な実力によって、生徒たちは少しずつキースという教師の存在に興味を持つようになったのだった。