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ほどよい緊張感

 全校集会でセレーネから全校生徒に説明があり、生徒たちの間には驚きの声が上がった。


 しかし生徒たちの驚くポイントは様々であり、一番驚く生徒が多かったのは王立騎士学校の敷地内の全てをそのまま転移させるというセレーネの空間魔法についての部分だった。


 一方で自分たちが後方とはいえ戦地に向かうことについては、あまり深刻に考えていない雰囲気が見られた。


 それはあくまでもカリキュラムの変更による実地訓練の一つであり、例年三年生が行うことになる遠足と内容はそこまで変わらないと説明されたことが理由だった。その上で寮や校舎もそのまま使えるというのも安心感に拍車をかけたと言える。


 大きな混乱がなかったことは喜ばしいことではあるが、緊張感がなさすぎるのも困る、と全校集会が終わったあとにセレーネから各クラスの担任たちに話があった。


 そうして迎えた五月の最終日である二十八日、キースは教壇に立って一年A組の生徒たちにいつもどおり淡々と説明をする。


「――本日の放課後から明日六月一日の朝まで、一切の外出は禁止される。一応学校の敷地内であれば行動は自由とされているが、今日はゆっくりと身体を休めることを推奨する。明日からは慣れない環境で心身ともに調子を崩しやすくなるだろうから、各自で体調管理をするように。さて、他に何か質問はあるか?」


 連絡事項を生徒たちに伝えると、真っ先に手を挙げたのはラウルだった。


「先生、俺たちは魔物と戦うことになりますか?」


 ラウルの質問は他の生徒たちも知りたかった内容らしく、皆が真剣な目でキースの答えを待っていた。


 キースとしては、むしろ前日である今日までその話が出なかったことと、何よりラウルが不安からではなく魔物と戦うことを期待するかのような表情で質問をしてきたことに、少しの不安を感じていた。


(あまりいい精神状況とは言えなさそうだな)


 生徒たちにとっては、あくまでも学校のカリキュラムの一環であって、突発的なイベントの一つに過ぎないという感覚なのだろう。


 そしてそれは今の自分たちが戦場でどの程度通用するのかという、腕試しの機会くらいの認識でいるということだ。


 しかし実際の戦場では、常に思いがけないイレギュラーに悩まされることになる。それは日々生徒たちが鍛錬で行っている模擬戦の比ではなく、一歩間違えば死に繋がるものだということを、正しく理解出来ている生徒は一体どの程度いるのだろうか。


(それを一年生に求めるのは酷であることも理解はしているつもりだったが)


 卒業が近づいている三年生であれば、あるいはもっと緊張感があるのかも知れないが、とキースはそんなことを思いながら、ラウルの質問に答える。


「現地でどのような任務に当たることになるかは未定だが、戦場である以上絶対に安全な任務など存在しない。輸送隊の護衛も、後方陣地の駐在も、勢力下の土地の哨戒も、前線の守備網をすり抜けてきた魔物との戦闘の可能性があるからこそ必要な任務として存在している。そして俺の経験的な部分で話すと、お前たちが魔物と戦闘する確率は極めて高い……この意味が分かるか、ラウル」

「……俺たちにとって、実戦を経験する良い機会、ということですか?」

「前向きな考えだな。だが俺が今言いたいのは、お前たちの中の何人かは死ぬ可能性がある、ということだ」

「っ!?」

「当たり前だろう。騎士は常に少なからず被害を出しながら戦い続けている。そこにまだ未熟で経験もないお前たちが放り込まれるなら、当然の想定だろう?」


 キースにそう言われて、ようやくその事実に気付いたという生徒たちの表情。


 あくまでも実地訓練で、自分たちは安全に実戦を経験して腕試しが出来るのだという、そんな甘い幻想から目を覚まさせるには、キースの淡々とした言葉が何よりも有効に働いた。


 とはいえ過度に不安を与えて混乱を招くのはキース達教師にとっても本意ではない。あくまでもほどよい緊張感を持ってもらうための言葉のつもりだった。


 しかしそうした生徒たちの精神のバランスを保つ気遣いとキースの相性は非常に悪い。キースの淡々とした物言いは、それは決して特別なことではなく、当たり前に起こる出来事なのだと生徒たちに強く印象付けた。


 生徒たちは次第にざわざわと、周囲の仲間と不安げに私語を始めてしまう。それは今までの一年A組の生徒たちにはあまり見られない光景だった。


 しかしそんな生徒たちの様子を気にすることもなく、キースは強引に話を続けた。


「騎士になるというのは、魔物を倒して戦果を挙げて名声を得るみたいにシンプルなものではない。ただ強くなる以外に必要なことを、今回の実地訓練でお前たちなりに見つけてほしい……とまあ、少し脅かすようなことを言ったが、今回のことは俺とセレーネ理事長という二人の賢者がいるからこそ実施されることになったという背景がある。そして学校側の目標は生徒の死者をゼロに抑えることだ。目標達成のためにも、お前たちはほどよい緊張感をもって明日からの実地訓練に望んで欲しい」


 そんな風にキースは言うと、他に生徒からの質問がないのを確認すると解散と言って教室を後にする。


 教室に残された生徒たちはそれぞれ思い思いの表情を浮かべながら、周囲の仲間たちと真剣に、あるいはくだけた調子で会話を始めていた。


「なあユミール、どう思う?」


 明らかに言葉が足りないラウルだが、長い付き合いのユミールはそれで言いたいことを理解して続ける。


「強くなる以外に必要なこと、か……師匠と同じことを言っていたな」

「ああ。俺はキース先生も戦場で、師匠が言う『降って湧いた幸運』の正体を知ったんだと思う。ルカ先輩との訓練の成果もあるし、今回の実地訓練は俺たちが『降って湧いた幸運』を掴む絶好の機会だ」

「……そうかもな」


 そう返事をしながら、ユミールは少しの違和感を覚えていた。それはいつも冷静なラウルが、どこか興奮した様子で話していること。そして何より、いつもは自分よりも気長に成果を待つタイプであるはずのラウルが、今回はやけに『降って湧いた幸運』を掴むことに拘っていること。


 一言でいえば、それは「焦り」に他ならない。


 指摘するべきかどうかユミールは一瞬迷ったが、最近の訓練ではユミールが勝ち越していることもあって言いづらさが勝った。仮に自分が負け越している時期にラウルからそういうことを言われてもあまり良い気はしないし、それはお互いにそうに違いないからだ。


(まあラウルなら自分で上手く折り合いをつけるだろう)


 ユミールはそんなことを考えながら、ラウルと会話しながら二人で寮への帰途につくのだった。


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