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決定事項

 ――五月の最終週。


一月入学である騎士学校の新入生たちが、学内大会から二か月が過ぎて授業も少しずつ高度になり始め、生徒たちにもより一層気合いが入り始めた頃合いだった。


 そんな中、王城の大会議室では王子のアランが貴族院の面々を含めた国の要人を集めて会議を開いていた。その中には王立騎士学校理事長のセレーネの姿もある。


 これは年に数度行われる騎士団評議会であり、前回は学内大会期間中に開かれていた。各騎士団の戦況や物資などの状況を報告し、平常通り会議は進んでいく。そうして第十一騎士団の現状に関する報告を、前回その運営権を手にしたアランが行う。


「――現在再建中の第十一騎士団は負傷兵の復帰を待っている状態だが、状況は芳しくない。死者一割、負傷者三割という前回の被害で、正常な作戦行動を取れる状態ではなくなっている。このままでは遠からずクリングゾール砦周辺まで戦線を押し込まれることになるが……それだけは絶対に避けなければならないというのは、ここにいる全員の総意だろう」


 アランがそう言って一度言葉を切り、周囲の反応を窺う。重苦しい空気の中、会議に参加しているほぼ全員が眉間にしわを寄せて険しい表情を浮かべていた。


「そこで私は、一時的に王立騎士学校をクリングゾール砦近郊に移転させ、生徒たちに物資輸送の護衛や後方陣地の警備などの多くを担当してもらい、それと交代する形で前線に送れる騎士団の人員を増加させることにした」

「お待ちください、殿下! 学生を戦地に送るなど、正気でございますか!?」


 アランの言葉にいち早く反応した老人はヴィルフレート・ランスベルゲ。かつてスコールランド王国に併合された旧王家の末裔の一人であり、貴族院の中では最も常識的な人物だとされている。


「ランスベルゲ卿、学生に関してはあくまでも比較的安全な後方任務に当たらせて現地で経験を積ませるのが主目的だ。例年行っている三年生の『遠足』を前倒しにして、今年は全校生徒で行うと考えて欲しい。もちろん王立の生徒は全騎士団にとって将来重要な戦力となる者たちだ、安全には最大限配慮させてもらう」

「ですが殿下、そもそもクリングゾール砦近郊には全校生徒を収容できるような施設はありません。砦も物資の中継拠点でしかなく、生徒たちの受け入れは出来ません。移転など不可能であります」

「ああ、移転といったが、正しくはセレーネ理事長――賢者リネーアの空間魔法を使って王立騎士学校そのものを転移させる。現地のフランツ・マグノリア卿からはすでに工事は完了しており、あとは転移後に水道などの配管を行うだけだとの連絡も受けているので、いつでも実行可能だ」

「賢者リネーアの空間魔法……? まさか、そんなことまで――」


 ランスベルゲは驚きの表情でセレーネを見る。セレーネは冷たい表情で、静かに手元の資料を見ていた。


 実際はセレーネでも一年以上かけて準備をした大魔法陣の補助があってようやく可能になることだが、アランは意図的にその事実を伏せている。


 アランが一年以上も前からこの状況を見据えて準備させていたことは、この場にいる人間にはあまり良い意味で受け取られないからだ。


「何より今の王立騎士学校には賢者リネーアと賢者ブランドン、二人の賢者が在籍している。後方任務における生徒の安全を守る程度のことは心配する必要もないだろう。貴卿らの子息も幾人か在籍しているだろうが、どうか安心してもらいたい」


 アランがそう言うと、何かを言いたげな人間は何人かいたが、結局は彼らも口を噤むしかなかった。


 まずアランの発言は全て決定事項であって、この場で決議を取るようなものではなく、ただの報告でしかないということだ。


 そして王家が運営する王立騎士学校のカリキュラムとして、『遠足』と同様のものと扱われるのであれば、それは外部が口出し出来ることではない。


 その上で第十一騎士団の運営権も王家が持っており、現地のマグノリア領主家とも密に連携を取っているなど、全ての根回しが完了していることは明白となれば、アランに責められて困る隙があるようには思えなかった。


「なおこれは六月一日から開始する。第十一騎士団の現状報告は以上だ――」


 そういってアランが着席すると、その後の騎士団評議会はどこか重い空気のまま進んでいった。




 騎士学校に戻ったセレーネは即座に臨時の職員会議を開き、アランの決定について教師に説明した。


「学校ごと戦地に……?」

「そんな無茶な――」

「上級生はともかく、一年生はまだ基礎修練段階なのに――」


 教師たちはそれぞれに驚きのまま思い思いの言葉を呟く。とはいえ立ち上がって意を唱える教師はいない。何故ならそんなことをしても無駄だと、全員が正しく理解していたからだ。


「これは勅令です。私たちに拒否権はありません」


 セレーネはその事実を再認識させるように、あえて言葉にした。


 そんな中、手を上げて意見を言うのは1年C組の担任である21歳の女性教師ミレーヌだった。彼女は生徒たちに年齢が近いこともあって、生徒たちの感覚を理解することが出来る生徒思いな教師である。


「あの、決定事項なのは分かりました。でもセレーネ理事長はこの計画をもっと前から知っていたんですよね? もう少し早く教えていただければ、私たちも生徒たちも事前に準備が出来たのですが……」

「それに関しては申し訳ありません。守秘義務が課せられていたので、明かすことは出来ませんでした」

「そう、ですよね。すみませんでした」

「いえ、構いません。他にも意見を言いたい先生は遠慮なく手を上げてください」

「それでは私からも一つ」

「バラック先生、どうぞ」


 手を上げたバラックをセレーネは指名する。


「私としては、生徒たちに後方任務について正しい知識を身に付ける機会を設けたいところです。後方任務だから安全だとか、そんな間違った認識で戦場に立てば、自分は無事でも仲間を殺すことに繋がる」


 後方任務とはいえ、そこに騎士を配置する必要があるのは魔物が迂回してくることはしばしば起こることだからだ。


 そうした魔物を見過ごせば前線の騎士たちが包囲されたり背後から強襲されることにも繋がるため、後方任務とはいえそうした魔物を排除するためにも戦闘は避けられないのである。


「それに関しては後方任務の全てを任されるわけではありませんし、第十一騎士団からも指導役の騎士を出していただけるとのことです。それでも足りない部分に関しては、バラック先生を中心に騎士の経験がある先生方で教育方針を定めていただけますか?」

「分かりました、一旦その方向で調整します」


 その後も不安がる教師たちを安心させるためにセレーネは真摯に説明と回答を続けた。本心を言えば、誰よりもセレーネこそが生徒たちを案じて不安な思いをしているのだが、セレーネは王立騎士学校の代表である理事長として、気丈に振る舞っている。


 そんな会議の中、キースはただ静かに着席していた。


 キースが考えるのはアランの目論見についてだった。アランは第十一騎士団の再建までの時間稼ぎとして、前線に動員できる騎士を増やすために生徒たちに後方任務をさせようとしているが、果たして本当の目的は何だろうか。


 第十一騎士団が正常に稼働できる状態になったとして、そもそも第十一騎士団は序列でいえば最下位だ。そして解任された騎士団長ブノワの後任も決まっておらず、現在は騎士団の中で優秀な千人長に代理を任せているが、劇的な戦力の改善には至らないだろう。


 そんな騎士団として最下位の戦力をそのままにしておくようなことを、アランがするだろうか?


(――アランはそんな奴じゃない)


 あの腹黒王子は、いつだってキースには理解できないほどの策略を巡らしている。それがキースや生徒たちにとって、いい方向に転がるものであれば気は楽なのだが、どちらにせよキースは今まで以上にアランに働かされることになるのだろうと、そんな確信だけがあった。


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