答え合わせ
「キース先生!」
セリカはキースの研究室のドアを乱暴に開けて、その名前を呼んだ。
キースは机に向かい膨大な数の書類にサインをしていたが、ただならぬ様子のセリカに気付くと手を止めて立ち上がる。
「どうした、セリカ。今にも泣きだしそうな顔をしているが」
見たままの事実を淡々と指摘するデリカシーのないキースの言葉に耳を貸すこともなく、セリカはキースの目の前まで詰め寄った。
「先生、私の魔法が小型の魔物相手に役に立つって言ったよね? あれは嘘だったの?」
「……なるほどな。エリステラあたりにでも言われたか? 魔法を捨てろと」
「エリステラのことは関係ない! 答えてよ先生!」
「あまり良いやり方とは思えないが、仕方ない……答え合わせをするとしよう」
そう言ってからキースは続ける。
「セリカ、再度確認するが、エリステラはお前に魔法を捨てろと言った――それで間違いないな?」
「う、うん、そうだけど――」
キースの有無を言わせない迫力に、セリカは思わず答えてしまう。
「それは一番簡単で、間違いの少ない答えだ。だが俺は答えは一つじゃないと言った。お前はその答えで満足なのか?」
騎士団に評価されるエース級の術士になれる人間は限られている。そうでない人間は剣術を磨き、前衛として魔物たちに立ちふさがる壁となって仲間を守る。前衛は何人いても足りないと言われるくらいには消耗が激しいポジションであり、魔法への拘りを捨ててそこを目指すというのは、言ってしまえば過去に多くの騎士が至った普通の答えだった。
「それは……でも、仕方ないでしょ? それに先生の学習指針だって魔法を捨てろって――」
「そんなことを書いた覚えはないが、お前は最初からあれをそう読んだのか? エリステラに言われて、お前の中の答えを変えたんじゃないのか?」
「…………」
キースの指摘は全て正しかった。自分のこの先の歩むべき道に悩んで、答えが見つからなくて、安易に楽になろうとしてエリステラから答えを得ようとした。
常々自分で考えて答えを出せと言っているキースの教えから逸脱していることを自覚していたからこそ、セリカは口を噤む。
「俺の考えを言おう。俺はセリカの特徴を生かすなら、やはり前衛を目指すべきだと思う。その中でも最前列――クラスではケインが務めているポジションだな。セリカの最適な役割はそこだ」
「え、なんで?」
自分にはケインみたいな突破力はないのにと、セリカは疑問符を浮かべる。
「味方に当ててしまうというなら、前に味方がいなければいい。そして己の身一つで突破するよりも、弾速の速い魔法と合わせた方が単純に突破力も上がることは、俺が戦場で実践済みだ。もちろん剣術や身体強化など、最前列の戦いに耐えられる能力を身に付ける必要はあるが、剣術と魔法を組み合わせて戦う魔法剣士型は前線の騎士として理想の形だ」
「それはそうかもしれないけど……だったらなんで、学習指針で速射魔法のことには触れなかったの?」
「セリカの速射魔法はすでに完成されている。幼少からの鍛錬の成果だろうな、術式と魔力の流れにも無駄がない。これを改良しようとしても、成果が出るのには時間がかかるし、効果も微々たるものかも知れない。それなら確実に成長を実感できて伸びしろがある部分を重視した方がいいだろう」
淡々と理屈で語るキース。その中にはセリカの幼少からの鍛錬を認める言葉があり、セリカは自分が拘ってきたものが認められたようで、少しだけ救われた気がした。
「……ごめん、先生。私、先生のこと疑っちゃってた」
「むしろどんどん疑って、自分で答えを出せるようになって欲しいところだが」
「あはは、そうだね。やっぱり私は自分に自信がなくて、だから簡単に強い人の言葉に流される……」
セリカは反省したように、力なく笑う。
(だから先生って、私たちのことあんまり褒めたり認めたりする言葉を言わないのかな)
キースは本人の意思を重要視している。だから生徒たちがキースの言葉を励みにしたり、支えにしたりすることをあまり良いことだとは考えていない。
――復讐に生きる自分のような、正しくない人間の影響を受けるべきではない。
キースのそんな思想を知らないセリカだったが、何となくキースが生徒たちに過剰な影響を与えないようにしている雰囲気を感じ取っていた。
「エリステラにも悪いことしちゃったな。エリステラなら私の魔法を生かして戦う、画期的な方法を教えてくれるんじゃないかって、私がそんな甘い考えだったから叱ってくれたんだよね」
「それもあるだろうが、エリステラはお前に最前列を目指して欲しくなかったんじゃないか?」
「え?」
「いや、失言だ。俺の想像でしかないから忘れてくれ」
「いやいや、そこまで言ったら話してよ先生!」
キースの気になる言葉に、最初に詰め寄ったときのような勢いでセリカは言葉を求める。
キースは仕方ないといった様子で、ゆっくりと口を開いた。
「セリカも知っているだろうが、最前列はもっとも損耗率が高いポジションだ。退役に繋がる大怪我や死が一番身近にあるからこそ、騎士の中でも特別に名誉であるとされていて目指す者も多い……エリステラは仲の良いセリカを、そんな危険なポジションに置きたくなかったんじゃないか? ――という、ただの想像だ」
キースはそれだけを言うと、「エリステラがそういう私情を挟むタイプかどうかは、仲の良いお前の方が詳しいだろう」と、セリカに自分で答えを出すように促した。
もちろんセリカは知っている。エリステラは厳しいようで、本当は誰よりも心優しい少女であることを。他人を守るためなら、嫌われ役や辛い仕事も自ら買って出ることを。
そして何より、エリステラが心の底では誰も傷ついて欲しくないと、そんな夢物語のようなことを願っていることを。
そうしてセリカは静かにキースの研究室を後にした。
その後、セリカがエリステラとどのような言葉を交わしたのか、もちろんキースは知らない。ただ今までどおり、笑い合って気安く話している二人の姿だけがあれば、それ以外はキースにとって些末なことに違いないのだから。