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セリカの学習指針

 セリカは悩んでいた。


 キースに相談して、魔法に関しては地道にやっていくしかないという考えに一旦は至ったが、やはりこのままの方向性で進んでいくことには不安が残る。


 そして何より、キースが最後に言った言葉。


≪味方に魔法を当てない方法は、一つじゃない。お前なりの正解を見つけてみろ≫


「そんなのさぁ、私が簡単に見つけられるわけないじゃんね――」


 そんな独り言を呟くセリカ。普段であれば一緒にいるフェリやリンナのツッコミが入るところだが、今はそれぞれ別の課題に取り組んでいるため、セリカの言葉は寂しく空に消えた。


 模擬訓練場の片隅で、一年生の最初の授業で行うような魔法の的当てを行う。セリカのスムーズな術式構築から、火の弾の魔法が射出される。何発も連射された火の弾は適度に散らばって数発は的から外れるが、その多くはしっかりと的を撃ち抜いていた。


 このセリカが幼少から磨き上げてきたファイアショットという魔法は、セリカの適性に合わせてすでに最適化されている。この連射して散らばるという特徴も、避けづらいという意味では長所にもなる。


「味方に当たらないなら、ね」


 ずっと少人数での小規模な戦い方を学んできたセリカが、大規模な戦いの中で初めてぶつかった壁。散らばり方がコントロールが出来ないからこそ起こりうる、味方への誤射という問題。


 思い悩むセリカの元に、クラスメイトのグラハムが明るい笑顔を浮かべてやってくる。


「セリカ、一人で訓練なんて珍しいな」

「グラハムこそ、普段的当てなんてやらないのに」

「やらないというか、出来なかったというか」


 グラハムの魔法はセリカと同じ火属性だが性質は正反対で、広範囲の爆発を伴うなど一撃の威力が高いという火属性魔法の一般的な特徴を持っている。しかしグラハムの魔法には一点だけ明確な弱点があり、それが射程の短さである。


「俺の魔法は身体から離れると急激に不安定になるから遠くを攻撃出来ない。だから騎士剣に魔法を纏わせて、接近戦を仕掛けなくちゃいけなかった」


 そのグラハムの魔法の特徴はクラスメイトもよく知っていて、学内大会の決勝戦でも仲間たちの協力を得てフィリスを打ち取るという戦果を挙げていた。


 だがセリカは、同じ魔力のコントロールに悩む存在としてグラハムを認識していて、グラハムとしても同様だった。


「でもやっぱり、爆発に味方を巻き込むからって敵陣に一人で突っ込むなんて危険すぎると思うんだよ。決勝戦のときも、魔法で撃ち落とされるんじゃないかってヒヤヒヤしたし、将来命がかかる戦場であれを何回もやるのはさすがに無理だなぁって」

「いやそれ、私たちが入学からずっと指摘してたような……」

「みんな凄いよな、見ただけで問題点が分かるんだから」


 明るくそう言ってのけるグラハムに、セリカは小さくため息を吐く。


「だから俺は考えたんだよ。魔法を遠距離でもコントロールできるようになれたら一番だろ?」

「だから的当て?」

「ああ、見ててくれよ」


 そういってグラハムは的から10メートルほど離れた位置に半身で立ち、片手で構えた騎士剣の先を的に向けると、魔法の術式を構築した。


 騎士剣が炎を纏い、集中したグラハムが剣先から炎を飛ばす。炎は球体ではなく、線状にまっすぐと飛んでいく。


 しかしグラハムの放った炎は少しずつ細くなり、的から1メートルほど手前の地点で消滅する。


「ほらセリカ、見てたか?」

「見てたけど、やっぱり届いてないね」

「いやほら、入学時点だと6メートルしか届かなかったんだよ。それが今は9メートル、1.5倍だ。入学から4か月で1.5倍なら、卒業するころには、えっと……たぶん200メートルは軽く超えるだろ?」

「230メートルくらいかな……いや、さすがにそんな掛け算で倍々に強くはならないと思うけど。でも、確かに凄いね」


 最初は少し呆れながらグラハムの話を聞いていたセリカだったが、今は素直に感心していた。


 キースがクラス全員に配った学習指針には長所と短所が明確に記されており、長所を伸ばすか短所を補うかで、別々の課題が課されている。


 その中でグラハムはきっと短所を補うことを選び、自分の弱さと向き合い続けたのだろう。


 そんなことをセリカは思っていたのだが――。


「それでさ、接近戦を強化するために戦いながら術式構築する練習もしてるんだけど、ちょっと練習に付き合ってくれないか?」

「え? まあいいけど」


 そうしてセリカとグラハムは的から少し離れた場所でお互いに剣を構え、模擬戦をする。


 二人の剣術の実力は現状そこまで差はない。どちらが勝ってもおかしくはない打ち合いが最初は続いたが、やはり平行して魔法の術式を構築しようとしているグラハムの集中力が足りておらず、気付くとセリカがグラハムの剣を弾いて首元に剣を突きつけていた。


「えっと、普通に私が勝っちゃったけど……グラハムの魔法は?」

「術式の構築に5分くらいかかるんだよな」

「戦闘中の5分はさすがに長くない?」

「まあでも、出来ないよりはいいかなって」

「それもそっか」


 セリカはグラハムの言葉に納得するが、それはそれとしてこうなると先ほど感心させられたことと話が違ってくる。


「あのさ、グラハム。もしかしてキース先生の学習指針の長所と短所のやつ、両方やろうとしてる?」

「ああ、よく分かったな。どっちがいいのか分からなかったから、じゃあ両方やるかって。別に両方やっちゃダメとは言われてないし」

「……確かに、迷うくらいならそれもありか」


 労力は増えるしどっちつかずになる恐れはあるが、やったことが完全に無駄になるということもない。それに実際にやっているうちにより良い方法が自分の中で見つかるかも知れない。


 グラハムはそこまで深く考えるタイプではないが、努力を惜しまずやるべきことはしっかりとやっていることはセリカも知っていた。だからこそ両方やろうという発想に至ったのだろう。


 誰もが効率よく最短距離で強くなれるほど器用なわけではない。そして多分自分も不器用なタイプなのだろうとセリカは思う。


「そういえばセリカはどうして的当てを? セリカは的当てって充分上手いだろ?」

「人を模擬戦に付き合わせた後に、今さらそれを訊く?」

「いやぁ、あはは……ごめん!」


 セリカがからかうように言うと、グラハムも大げさに謝った。


「まあいいけどね。私は、現在地の確認をしてただけ」

「現在地?」

「私の魔法はどれくらい連射力があって、どれくらい狙った場所に飛んで、どれくらい狙った場所に飛ばない散らばる弾があるのか。まあ元々知ってはいるんだけど、一応再確認をね」

「なるほど……? んー、もしかしてセリカ、何か悩んでるのか?」

「……まあね。グラハムは知ってると思うけど、学内大会の決勝で私って全然活躍できなかったでしょ? だからもっと何か出来ることはないかって、模索中」

「ん、そうだっけ? セリカは上級生と正面から剣でやり合いながら、援護で飛んでくる魔法も避けてて、普通に凄かった覚えがあるけど」

「へぇ、グラハムからはそう見えてたんだ」


 あのときのグラハムはセリカと近い位置で戦っていたし、魔法が飛んでくることを警告してくれたのも確かグラハムだったとセリカは記憶している。


 だからグラハムがセリカの戦いを見ていたことは分かっていたが、戦況的に魔法が使えなかったセリカのことを凄かったと評価してくれているのは少し意外だった。


「でも私が魔法で援護出来てたら、もっと上手く戦えたとは思うでしょ?」

「うーん、そりゃ俺たち全員課題がないといったら嘘になるけど、全員が最善を尽くさないと勝てない相手だったのは間違いないし、あの時点ではあれで良かったんじゃないかな。それ以上は無い物ねだりだし、考えても仕方ないって」


 グラハムのどこか能天気で何も考えていないような様子から、時折飛び出す本質を突くような言葉には、ただのクラスのムードメーカーでは終わらない何かを感じさせる独特の雰囲気があった。


 実際グラハムは模擬戦でラウルのようなクラスの上位を相手にして金星を挙げることもあるなど、要警戒人物としてクラス内ではひそかにマークされていたりもする。そのせいでやはり勝率自体はそこまで高くないのがグラハムではあるが。


「まあ何にせよグラハムの言う課題が私も見つかって、私はやっぱり魔法を生かして戦いたいと思って、初心に帰って的当てからヒントを探してたところ。精度が上がれば誤射も恐れず撃てるけど、それは私の魔法の性質上やっぱり難しそうだね」

「へぇ……ところでキース先生の学習指針は何て書いてあったんだ?」


 珍しく真面目に興味津々という感じでグラハムが尋ねてくるので、不意にセリカは悪ふざけをしたくなった。


「えー、そんなこと女の子に訊いちゃう?」

「なんでだよ、あれって普通にみんな見せ合ってるだろ?」

「あはは、冗談だって。ただ私のはちょっと変っていうか、長所なら剣術と身体強化魔法を伸ばせで、短所を補うなら補助的な魔法の習得を目指せって書いてあって」

「ん? 確かに妙というか、逆ならまだしっくりくる気もするけど――」


 セリカの剣術も身体強化魔法も特別苦手意識があるわけではないが、クラスでは下位寄りの立ち位置で長所とは言いづらく、どちらかといえば短所を補うという感覚があった。


 一方で補助的な魔法の習得というのは術者としての役割を増やすことである。つまりエリステラのスコーチウォールのような、敵を分断する魔法などの習得を目指せという意味だが、速射魔法に自信があるセリカにとってそれは長所を伸ばす方向性のように思えた。


 そして何より魔法を得意とするクラスメイト達は魔力容量の強化や術式の効率化など、魔法に関する課題が出されているのに、セリカだけはそういったことに触れられていなかった。


「キース先生には言ったのか?」

「もちろん。でも自分でしっくりこないなら従う必要はない、あくまでキース先生から見た指針だからって言われてさ」

「確かに言いそうだ。でもそれなら書き間違ってるわけではないんだな」

「そうなんだよね。何も考えずに指針に従ってもいいんだけど、せっかくならキース先生の意図を理解して、自分で納得した上で決めたいから。まあ一応今も指針に従って鍛錬自体はしてるからサボってるわけじゃないけどね」

「それで原点回帰で的当てしてたのか、ようやく話が繋がった」


 すっきりしたという表情のグラハムに対して、自分は何もすっきりしていないと言いたそうなセリカ。


 そんな不満そうなセリカに、グラハムは何でもないように言う。


「でもまあ自分のことって案外ちゃんと見えてないかも知れないし、実際の戦いの中でどういうことが求められるのかは、一回訊いてみてもいいかもな」

「いや、でもキース先生はそういうのって自分で探すように言うだけだからさ」

「だから訊くならエリステラがいいんじゃないか? 俺たちのことを一番よく分かってる指揮官ってエリステラだし」


 そう言われて、確かに自分たちにどんな能力があればエリステラは嬉しいのかを訊くのは凄く参考になりそうだとセリカは思う。


 一方で答えは自分で見つけ出さなければならないという気持ちもあった。


 そんな板挟みの感情に苛まれながら、結局セリカはヒントを貰うだけだからと自分に言い聞かせる。


 そうしてセリカとグラハムは二人で、エリステラの元を訪ねるのだった。


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