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将来のビジョン

 アクリスがオレーナをソファに寝かせて心配そうに見守る一方で、キースは早々に自分の研究へと戻っていた。


 心配して待っていたところで結果が変わることはない、というようにキースが考えていることは長い付き合いのアクリスには分かる。


 とはいえ、それでも思うところがあるアクリスは、抗議の意味も込めてふくれっ面でキースの方を静かに睨んでいた。


 当然キースもそれには気付いている。キースは手を止めないまま、アクリスの方を見ずに口を開いた。


「……俺を薄情な人間だと思うか?」

「いいえ、むしろ逆です。情に厚い人間だからこそ、それを理屈で押し殺そうと無理をしている。昔から先輩はそういう人です」

「…………」

「本当は生徒たちのことも、全学年の全員の面倒をしっかり見てあげたいと思っている。けれど現実的にはそれが不可能だから、どこか突き放したような態度になってしまうんです」


 アクリスの言葉を聞いて、キースは否定も肯定もしない。


「王立に来る生徒は優秀で元々しっかりとした教育を受けているから、俺が口を出しても逆効果になることだってあるだろう」

「そうかもしれません。だからあまり自分の考えを押し付けず、生徒自身に考えさせる先輩のやり方が悪いとは思いませんよ。でも私は、先輩がもっと好き勝手にやりたいことをやった方が、より良い結果に繋がるような気がしています。それこそ、先輩のクラスメイトの人たちみたいに――」


 キースのクラスメイトはアラン以外にも、多くの優秀な人材を各騎士団に輩出している。その中でも特に異質とされているのは、現在に至るまで戦死者がゼロという点だった。


 学生当時の事情をよく知らない人々にはアランによる好影響があったと思われているが、実際にクラスのレベルを大きく引き上げたのはキースである。


 そしてその光景を実際に見てきたアクリスは、キースがあのときと同じやり方をどうしてしないのかと疑問に思っていた。


「俺がやりたいようにやっていないように見えるのか? 結構好き放題やってアクリスにも迷惑をかけているつもりだが……」

「昔のキース先輩はもっと生意気で、わがままで、相手の気持ちなんて考えない人だったので」

「それはどれも誉め言葉じゃないだろう……まあ、アクリスの言いたいことも分かるが。しかしあの頃の俺には将来のビジョンがなく、あくまで目先の勝利のために行動していただけなんだ」

「目先の勝利……セレーネ先輩ですか」

「ああ。だが戦場でセレ姉みたいなのと戦うことなんてないのだから、セレ姉対策にしか使えない技術の習得に時間を使うのは効率が悪い」

「確かにセレーネ先輩は、空間魔法で仲間を好きな場所に転移させて奇襲したり逃がしたり、陣形という概念を完全に破壊していましたけど……」

「騎士の戦い方を学ぶ場で、セレ姉があえてあんな戦い方をしていた理由も知っているから文句を言うつもりはない。ただどうせ時間を割くなら、俺たちは実際の戦場でも応用が利く手法で攻略した方が良かったはずだ」


 キースのクラスメイトに今も戦死者がいないのは、彼ら自身のその後の努力と幸運によるもので、自分の功績ではないとキースは思っている。


 キースの影響でクラスメイトの実力が向上したのは事実だが、それは戦場で生き残る力を身に付けたこととイコールではない。


 自分で意図したわけではなく、たまたまそうなっただけのことを、まるで成功体験であるかのように勘違いするのは危うい、というのがキースの考えだった。


「今の俺は生徒たちが将来どんな騎士になるのかまで見据えて活動している。生徒たちに自分で考える癖を身に付けてもらうのも、遠回りだが土台作りとして必要なんだ。だから心配するなアクリス、俺はあの頃よりも絶対に上手くやる」

「そういう自信満々なところは変わりませんね」


 アクリスはそういって微笑みながら、オレーナの方を見る。


 静かに眠っているオレーナだが、その精神世界ではルカとの死闘を繰り広げている最中だった。


「それでもオレーナさんのことは完全に想定外、ということですよね……」

「そうだな。剣を握れない以上、何か策を授けるということも出来なかった。賭けの域を出ないのが正直なところだ」

「…………」

「だがオレーナは唯一、全ての面でエリステラを超えることを目標に訓練に打ち込んでいた生徒だ。魔法でも剣術でも、指揮能力においても、全てで劣っているどころか差が開き続けていると理解しながら、なお本気で超えようとしていた」

「それは、でも……」


 アクリスはキースが語るオレーナのそれが、単なる精神論に思えた。そしてキースがそういった精神論を好まない人間であることも知っていた。


 しかしキースはそんなオレーナのことを評価しているような口ぶりで語る。


 それはつまり単なる精神論だけでなく、そこに合理性が伴っているからこその評価に違いなかった。


 キースは続ける。


「現在のオレーナの立ち位置は、一年A組の生徒と比べれば一段落ちる。剣術でもフェリにさえ負けることがあるくらいにはな。だがオレーナはそれでも何かを捨てて磨く能力を絞るというような考えにはならなかった。物になるまで、どれだけ地べたを這いずり回ることになろうとも、卒業するまでに全ての面で他の生徒を凌駕する実力を身に付ける。そのための道筋を明確に描いていたのがオレーナだ」

「……将来のビジョン、ですか」

「ああ。この歳でそれがあるのは珍しい」


 まるでアランのようだ、とはキースは言わなかった。


 そう言われてみて、オレーナが学校を去った後のことまで想像していたことをアクリスも思い出す。


「もしかしてオレーナさんにそんな特別な能力があったから、先輩は力を貸してくれたんですか?」

「まさか。生徒の精神をベットしてギャンブルをするほど俺は悪趣味じゃない。ただ理屈で感情を押し殺せず、オレーナに絆された……それだけの話だ」


 これで仮にオレーナが復帰して将来立派な騎士になったとしても、それはキースの功績ではない。


 しかし逆にオレーナが再起不能になったとしたら――それはキースが生涯背負うべき咎に違いなかった。


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