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死の恐怖

 ある日の一年C組の授業中、模擬訓練場にはバラックの大きな声が響き渡っていた。


「三対三であることの意味を常に意識しろ! 一対一を三か所でやっても何も成長しないぞ!」

「はい!」

「ミスティ、お前の持ち味は魔法だろう! 相手が寄ってきたからと簡単に剣で受けて立つな! 魔法でかく乱して接近戦に持ち込まれないように意識だ!」

「はい!」


 バラックが担当する戦技教科は座学と実践の繰り返しだった。そして今一年C組は騎士団での編成の最小単位である、三人組での動きを実戦形式で学んでいた。


 この三人組の動きは最も基本的な動きでありながら、習熟には時間がかかるため戦技教科でもここに割く時間は特段多く設定されている。


 一対一の戦いであれば正面の敵に全力で当たれば良いので、難しく考えなくともほとんどの生徒は実力を発揮することが出来る。


 しかし三対三となると、味方と敵複数の動きを常に把握し、刻一刻と変化する戦況を読み解きながら自身の最善の動きを常に考えて戦う必要があった。


 ――考えながら戦う。


 言葉にすればそれだけのことだが、目の前に襲い掛かってくる敵がいる状態でそれを実践することは、並大抵のことではない。


 そして何より自分のミスが味方の敗北に直結するという、少人数であるが故のプレッシャー。普段は大胆な戦い方が売りの生徒でも、三対三になった途端に消極的になり、良さが消えることも珍しくない。


 視野を広げ、思考を加速し、それでいて戦いの手を止めてはいけない。


 騎士学校に入学する前から多人数での戦闘訓練は積んでいる生徒も多いが、騎士学校で求められるレベルの高さに最初から順応できる生徒は例年でもごくわずかだった。


 特に王立騎士学校の生徒はエリート集団であり、個人としての高い実力があるため戦闘のスピード感が早い。入学前の感覚では思考速度が追い付かない生徒が続出する。


 そういった問題に関しては場数を踏ませるしかない、というのがバラックが長年の経験で導き出した結論だった。


 戦場に慣れれば、考えるべきことと省略できることが分かるようになる。思考速度を上げるというよりは、思考のベクトルを正しい方向に調整していくのである。


 そういった意味でいえば、この一年C組は優秀だと言えた。


 バラックが言わずともチーム内で頻繁に意見交換をして、どういうときにフォローをすべきかなど、戦い方の議論を自分たちで行って細部を調整している所は特に評価すべき点である。


(これも一年A組のやり方を参考にしているのだろう)


 バラックの考える通りであり、一年C組には学内大会前に一年A組が行っていた放課後の自主訓練に参加していた者が少なくなかった。


 そこでの経験をクラスに持ち帰り自分たちの成長に活かしているのは、ただ漫然と参加していたわけではなく、しっかりと目的意識を持って参加していたという証明である。


 だがそれは一年A組の強さや特異さに、早い段階で気づいていた人間がこの中にいるという意味でもあった。


(オレーナ・オーグレーン……彼女の優秀さは今さら疑うべくもないが、しかし――)


 バラックはオレーナの方を少し心配そうに見る。


 実際学内大会以降のオレーナの動きは目に見えて悪かった。とはいえただ一時的な不調かも知れず、元々優秀なこともあって他の平均的な生徒程度には動けているため、バラックはそれを指摘するかどうか迷っていた。


 他の生徒と同程度にやれているのに叱るのは理不尽かも知れない。しかしオレーナの将来のことを思うのであれば、彼女にはもっと高いレベルを求めるべきだろう。


 オレーナを特別扱いすることにはなるが、元々騎士学校は実力主義の場所である。それに他の生徒もオレーナの不調には気付いており、遠巻きながら心配そうにしている姿も見られた。


 オレーナはすでにクラスの中心であり、彼女に元気がない状態はクラスにとっても良くないことは確かだ。バラックはそう判断して、休憩中のオレーナに話しかけようと近づく。


 他の生徒たちの訓練を見学しているオレーナの顔色は青白く、額にじっとりと汗を浮かべていた。


「オレーナ、体調が悪いのか? それなら医務室に行きなさい」

「いえ、大丈夫です……」

「休むときには休む。それも騎士になるためには必要なことだ。君なら分かるだろう?」

「ですが……私に休んでいる暇はありません。私は強くならないと……でないと、私は……」


 オレーナは途中から自分に言い聞かせるように、小さな声で呟くように言う。


 そうしてオレーナは思い出す――思い出してしまう。


 忘れようとすればするほど、何度も何度も再生されてしまう、学内大会のあの場面。


 眼前に迫ったルカの剣先が、オレーナの首筋を――。


「やだ……もう嫌……死にたくない、死にたくない……こわい……でも今のままじゃ、また……やだ、やだ、やだ……っ!」


 オレーナは自分の体を抱きしめながら、震えていた。


 オレーナのそんな様子を見て、バラックは全てを察した。それは過去にも同じ症状で、騎士学校を去ることになった生徒を見てきたからである。


 学内大会で上級生との実力差に自信喪失して騎士学校を去るパターンは、決して少なくない。


 しかし今のオレーナのように、死の恐怖を鮮明に植え付けられて心を病んでしまうパターンは、どちらかといえば騎士団の戦場でこそ見ることが多い症状だと言えた。


 バラックは戦場でそんな騎士を何人も見てきた。もちろん中にはそれを乗り越えて復帰した騎士もいたが、それは本当に限られた人間しかいない。


(こればかりは、我々ではどうすることも出来ない……)


 バラックは悔しそうに唇を噛みしめ、強く握った手を震わせる。やがて意を決したように振り返ると、二人の女子生徒に指示を出す。


「シャロンとヴィヴィ、オレーナを医務室に連れていってくれ」

「はい、了解しました!」


 シャロンとヴィヴィはしっかりとした返事をする。そしてオレーナに寄り添い、優しく声をかけながら医務室に連れていく。


 その後戻ってきたシャロンとヴィヴィを労ったバラックは、何事もなかったかのように平静を装って授業を続けるのだった。


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