ルカの指導
一年A組を中心に行われていた放課後の集団訓練は、学内大会を終えたことで一旦終了となり、今は個人がそれぞれに必要な能力を身に付けるために自由に鍛錬を行っていた。
そんな中で特に目立った動きを見せていたのがラウルとユミールである。二人は放課後になるとルカの元を訪れ、彼女から剣術の指導を受けていた。
元々成績では下位だったルカが剣術の鍛錬の結果学年一位に昇りつめたことで、ルカに指導を求めた生徒というのはそれなりに多くいた。
しかしルカがそうした生徒たちに指導をすることはなく、ルカの突き放すような物言いもあって、ルカに指導を求めるような生徒は次第にいなくなっていった。
――ルカは周囲を見下していて、指導を求める仲間にすら冷たく当たる。
そうした噂は王立騎士学校の中でも広く知られており、当時を知らない新入生であっても、放課後の鍛錬中のルカに近づくことはほぼ無いといっても過言ではない。
実際の所ルカからすれば、自分よりも才能に恵まれていながら為すべき努力を怠っていた人間が、楽に成績を伸ばすためにルカに頼ってきたようにしか見えなかったため、そうした厳しい物言いになってしまったという背景がある。
とはいえルカはそうした流言飛語の類に反論したりする時間があれば、剣術について思考を巡らせていたい人間だったため、悪評が広まることは避けられなかった。
だがルカの凄さを間近で見た人間は、それでも彼女に対する憧憬を抑えることは出来ない。圧倒的な実力の前では、悪評すら勲章足り得た。
「ルカ先輩。俺たちに剣術を教えてください」
そう言ってルカに頭を下げたラウルとユミールの二人。そんな風に教えを乞う人間が最後に訪ねてきたのは何か月前だったか。
今までであれば即座に断っていたであろう依頼。しかしルカは目の前の二人に興味があった。
学内大会の決勝戦前のミーティングで、ルカはラウルとユミールを要注意人物に挙げていた。それにはいくつも理由があったが、特にルカが注目していたのは、二人の剣技が一般的な貴族が修める正統派な剣技よりも、実戦的な要素を多く含む独特な流派だったことである。
これは二人の師であるパトリック・エデンが、従来の剣術に自身の戦場での経験を取り込んで発展させたことに由来する。
≪一対一であればエリステラの方が強いが、乱戦となった際に目を離してはいけないのはラウルとユミールの二人だ≫
そう口にするくらいには警戒しており、実際に人数をかけて早々に潰すつもりで戦術を組み立てていた。
まさか三年C組でも上位の五人で潰しにかかっても捌かれるほどだとは思っておらず、そこに人数と時間をかけすぎた結果として陣形の厚みを保てず戦線が崩壊したというのは、試合が終わってから戦いを振り返って知ったことだった。
それに関して戦略段階でのミスとしてルカはクラス全員に謝ったが、クラスの誰一人としてルカを責める者はいなかった。彼らも実際に戦っていたからこそ、一年A組全体のレベルの高さを痛感していたのである。
それが賢者であるキースの指導によるものだったのか、あるいは指揮官としてのエリステラとルカの差だったのか――。
どちらにせよキースの指導を受けていたラウルとユミールには、訊いてみたいことがいくつかあった。
「君たちにはちゃんとした剣術の師がいるだろう。私の今の剣はほぼ全て我流で、中途半端に取り入れれば君たちの修めてきた剣術の型を崩す可能性もある。それに君たちには魔法の才能もあるだろう? 騎士になった時のことを考えて、そちらの方面を伸ばすという考え方もあるはずだ。剣術に拘る理由は何だ?」
ルカは冷静に、そして論理的に二人に尋ねる。
先に答えを返したのはラウルだった。
「もちろん魔法に関しても研鑽は続けていきます。ですが魔法は得意不得意が先天的に決まる部分が大きく、同じ属性であっても様々なタイプの魔法を複数使いこなすというのは現代の魔法学的にも現実的じゃありません。例えば俺は火属性の高火力魔法が得意で、射程も長く効果範囲も広い。しかし長時間の詠唱が必要で、また威力を抑えたりも出来ないので味方を巻き込むような乱戦模様だと一気に役立たずになります。他にも火属性に耐性がある魔物もいるそうですから」
続けてユミールが口を開く。
「俺の風属性魔法は守備寄りの性質で、魔物のブレスや飛来物を逸らしたり、一定のエリアを暴風で覆って侵入を阻害したりといったことが出来るけど、タイミングが悪いと他の術士の魔法を逸らして邪魔になったりして、昔から扱いが難しいと言われている。でもそんな俺たちの魔法が効果的ではない戦場でも、絶対に腐らないのが剣術だ」
二人の話をルカは真剣な表情で聞いている。彼女が続きを促すように頷いたので、ユミールは続ける。
「昔師匠に聞かされた話で、師匠がいた部隊にエースと呼ばれる術士がいた。その術士は剣術はからっきしだけど、圧倒的な殲滅力を持つ高火力型の火属性魔法と、ピンポイントで狙った相手を切り刻む速射型の風属性魔法を扱える二属性術士だった。ある時の戦場で、前線が崩壊して撤退戦になったとき、指揮官はその術士を逃がすために師匠たちを殿において捨て駒にした。だけど結局すぐ魔物に包囲されてしまい……決死の覚悟で一点突破を果たした師匠たちは生き残って、指揮官や術士たちは戦死したらしい。子供の頃の俺たちはその話を聞いて、ダセェって笑った」
「もちろん師匠には笑うなって本気で怒られましたけどね。その術士の人がどんな覚悟で魔法だけを磨く決意をしたのか、何も知らないのに笑う資格はないと」
「それはそうだろう。君たちの師匠が正しい」
二人の話を聞いていたルカはそう言った。その返事は予想していたといった表情で、ラウルとユミールは順番に口を開く。
「もちろん俺たちもそう思っています。でも――」
「――ダサいって思ったのも、本心なんですよ」
「……続けてくれ」
ルカに促されて、ラウルが続ける。
「エースと呼ばれるくらい優秀な術士だったのに、剣術が得意じゃなかったせいで生き残れなかった。師匠は戦場で生き残るのに必要なのは強さだけじゃなく、そういったときに降って湧いた幸運を掴めるかどうかだって言っていたけど、それだって術士の人が剣術も使えていたら、師匠たちのように幸運を掴めていたかもしれない」
「それに俺たちは一度本心からダサいと笑ってしまった。一度吐いた唾は飲み込めないし、自分の心にも嘘は吐けない。だったら俺たちは魔術か剣術かじゃなく、両方を極めて騎士になるしかないんだ」
「やっぱり無理だったからどちらかだけにしますなんて、そんなのダサいなんて言葉では済まされませんからね。それがどれだけ困難なことだと言われても、俺たちは両方を極めて騎士にならなければいけないんです」
「……なるほど、それが君たちの覚悟か」
「まあ、師匠には幼稚だと言われていますけどね」
「やってみせろとも言われてるだろ?」
才能に恵まれ、環境に恵まれ、師に恵まれ。それでも胡坐をかかず、ただひたすらに前だけを見つめている二人。
今までルカに指導を求めてきた者たちとは、明らかに異なる雰囲気を身にまとっていた。
確かに聞く限りでは幼稚で、ただの負けず嫌いでしかないような話だった。しかし彼らが今こうしてこの場に立っていることからも、それを貫き通す覚悟があることだけは分かった。
魔術も剣術も両方極める――それが出来ないルカにとっては、羨ましい目標でもある。
「分かった、君たちの指導を引き受けよう」
「え、いいんですか?」
素直に一回で引き受けてもらえるとは思っていなかったラウルが驚きの声を上げる。
「だが、ただ教えるだけではこちらに利がないからな。君たちから見て、私の剣に何か違和感があったら、それを全部隠さずに指摘することが条件だ」
「……それだけ?」
「というか俺たちが違和感を覚えて指摘したところで、そもそも正しいのは先輩の方だと思いますけど」
少なすぎる条件に首をひねるユミールと、条件の内容に疑問を投げかけるラウル。そんな二人にルカは何も隠すことなく正直に言葉を返した。
「君たちが積み上げてきた理との差異を知りたい。そうすれば私も君たちの剣術の理を吸収して今よりも高みに至れる……これはそういう取引だよ」
そう言ってにやりと笑うルカから、何とも形容しがたい寒気のようなものを感じとったラウルとユミールだったが、それでも二人は静かに顔を見合わせてから「お願いします」と頭を下げるのだった。