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賢者の助手

 エリステラがキースの研究室を後にして、キースが一息つこうとしたところでドアがノックされる。


「キース様、ティアです」

「入ってくれ」


 ドア越しにキースが返事をすると、ティアと名乗った女性が部屋に入ってくる。


 まず真っ白な短い髪に目が行く。前髪で片側が隠れた青い瞳は感情をあまり感じさせず、整った顔立ちも相まって落ち着いた大人といった印象を受けるが、キースより頭一つ以上低い身長からは少女然とした雰囲気も感じ取れて、仮に制服を着て生徒に混ざっていても違和感を受けることはないように思える。


 見る者からしても印象が安定せず、どこか地に足が付かないような危うさもあり、不思議と目が離せない独特の魅力を持った女性だった。


 ティアは賢者エルダの研究所にキースと同様に集められた子供たちの一人で、現在はキースの助手を務めている。


「こちら、依頼されていた調査の報告書です」

「ああ、ありがとう」


 そう言ってファイルを受け取ったキースは、ファイルを机の引き出しにしまう。


「確認はされないのですか?」

「時間がかかる内容だからな、後でまとまった時間が取れたときに確認する」

「そうですか」


 そう静かに言ったティアは、そのまま綺麗な姿勢で立ちながらキースのことを見る。


「そういえば私が来る直前に、生徒の方と話をされていたようですが」

「ああ、エリステラだな」

「なるほど、あれがエリステラ様ですか。資料の写真とはずいぶんと雰囲気が異なりますね」

「すれ違ったのか?」

「いえ、私のことは気付かれていないかと」

「だろうな」


 ティアは主に情報収集を担当しているため、生徒に関する資料も数多く目にしていた。


 彼女はここ数か月、キースの依頼で生徒たちの地元を中心に、各地を巡っている。フェリの地元での逸話などもティアによってキースに伝えられたものであるなど、キースが早期にクラス全員の特徴を把握することに大きく貢献していた。


 そうした活動を可能にしているのが、彼女の得意とする空間魔法である。といってもセレーネのそれとは大きく異なり、ティアの場合は自分一人が移動するのが限界であるし、魔力容量も人並み以下であるなど、制約はかなり大きなものとなっている。


 とはいえその魔力の少なさは彼女の隠密性の高さにも繋がっており、エリステラに気付かれなかったというのは、ティアの空間魔法がいかに感知されづらいかという話でもあった。


 キースは話を続ける。


「それで、何か気になることでもあったか?」

「その……失礼かもしれませんが、昔のキース様と似た、危うい雰囲気を彼女に感じました」

「それは、何とも気の毒な話だな」

「……止めなくてよろしいのですか?」

「エリステラは俺やアランと同類だからな、止めて止まるような人間ではない」

「心配です」

「もちろん俺だって何もしないというわけじゃない。しっかりフォローはするつもりだ」

「余計に心配になりました」

「相変わらず俺に対する信用がないな……」

「あんな、毎日のように気絶するまで魔力を使い切って、死ぬほど辛い思いをして魔力容量を得ておきながら、自分の力は努力のような正しい方法で得たものではないと言い切ってしまう貴方のような人には、妥当な評価です」

「そんな俺のことをズルいと非難したのはお前だったと思うが」

「昔の話です」


 キースの返しに、ティアは表情を変えることもなくさらりと言ってのけた。


「……ティア、今の俺は研究所時代みたいに無茶はしないし、誰かに俺のようなことをさせるつもりもない」

「でも、本人がそれを選べば止める気はないのでしょう?」

「それはそうだが」

「…………」


 ティアはどこか呆れたような雰囲気で、小さくため息を吐く。


「抱えるものばかり増えていきますね」

「自分の命を俺にお預けようとしたお前がそれを言うのか?」

「それはそれです」

「…………」

「私は今さら、キース様のやり方に口を挟むつもりはありません。何があろうと、私は貴方の味方です。それがたとえ王命に背くことであっても、貴方の依頼であれば何でもします」


 冷静に淡々と、それはすでに決定された事実であるようにティアは言って、続ける。


「だからこそ一つだけ……キース様はご自身のことを第一に考えてください。私は貴方を止められません。貴方が破滅に向かっているのだとしても、私は貴方と共にその道を歩むことしか出来ないのです」

「縁起でもないな」


 キースは瞑目して首を振りながら否定的な言葉を返すが、ティアは特に気にした様子もなく口を開いた。


「キース様はお優しいですから、一度関わった人間を見捨てることが出来ない。抱えるものが増えれば増えるほど、弱みも増える……私はそれが心配なのです」

「心配されなくても、自分の手が届く範囲くらいは認識している」

「それならば良いのですが――」


 そう言ったティアは優し気に微笑む。


「それでは私はそろそろ失礼いたします。待機していますので、依頼がありましたらいつでもお申し付け下さい」

「ああ」

「それでは――」


 ティアはそう言って丁寧に一礼すると、一旦ドアから退室した後に空間魔法で転移した。


 賢者と助手という関係もあり、キースは彼女と定期的に顔を合わせているが、普段は業務的な話をするだけで終わっていた。今回のように、キースの内面についてあれこれと触れるようなことは、ティアにしては珍しいと言えた。


 正直な話、キースはティアのことが少し苦手であった。それは自分が一番不安定であった時期のことを知られているからである。


 もちろんそれはお互い様ではあるのだが、お互いの一番醜い姿まで知ってしまっているからこそ、成長した今どのように接していいのかが曖昧で、それは今でも結論が出せないままでいる。


「あれでも昔より、安定した方ではあるが……」


 それでもティアの言動の端々には、危うさを感じずにはいられなかった。


≪私の身も心も全部あげるから――だから、魔物を殺して。全部、一匹残らず≫


 ふと研究所にいた頃のティアの言葉が、記憶の中で何度も反響する。


 王立騎士学校への入学が決まったキースと、地方の騎士学校の受験資格すら得られなかったティア。


 同じように故郷を魔物に焼かれ、心に大きな傷を負った二人。同じような復讐心を胸に抱きながら、同じような力を得ることはなかった。


 壊れた心は歪なものを積み上げながら、いつ崩れるかも知れないまま時間と共に成長していった。


 ――お前の命はお前のものだ。

 ――自分の生き方は自分で決めろ。


 キースがどれだけそう言おうと、その言葉がティアの心に届くことはなかった。


 ティアは自分では為すことが出来ない復讐をキースに託し、自分の人生をキースに預けた。もちろんキースは今でも預かったつもりはないのだが、それでも無碍には出来ないのがキースという人間が本来持つ優しさだった。


 キースが賢者となって助手を任命出来るようになったとき、真っ先にティアを迎えにいったのも、そうした事情があったからだ。


 だがそうしたティアを救おうとしたキースの行動さえも、ティアの目にはキースの弱みだと映っていた。


 ティアは知っている。キースが戦場で他人を助けるために、単独で出撃するような無茶を繰り返していたことを。キースは自分の努力を努力と思わず、自己犠牲を自己犠牲とも思わない。だからこそ危ういのだ、と。


 ティアにとってはキースを失わないことが最優先であり、それ以外は些末なことだった。他人を助けようとしてキースが犠牲になるようなことは、あってはならない。


 人類にとってのキースの価値は、キースが思っているよりもずっと高いのだから。


「――それでも俺は、俺のために魔物を殺すだけだ」


 どこか自分に言い聞かせるように、キースは独り言をつぶやく。


 そんなキースは、やはり今でもティアのことが少しだけ、苦手だった。


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