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正解に至るまで

 休みが明け、最初のホームルーム。


 一年生での学内大会優勝という偉業を成し遂げた生徒たちはまだその高揚感が残っているようで、以前と比べるとどこか落ち着きがないように感じられた。


 とはいえそれは生徒たちにとっては当然の心理であり、わざわざ咎めるような理由も特にないとキースは考える。


「――さて、学内大会も終わってお前たちは次の段階に進むわけだが……すでにお前たちの中の多くが自分の課題を見つけ、その解決に向けて試行錯誤を繰り返すことが出来るようになっていると思う。この時点でそのレベルに達しているのは俺にとっても良い意味で想定外だが、まだ全員がそうではないことと、他人から見た現在地を知ることにも意味があるだろう。なのでまずは着任当初にも配ったが、お前たちの長所と短所に関する学習指針を更新したので、お前たちなりの考え方で利用して欲しい。もちろん無視しても構わない」


 キースはそういうと三十人分の学習指針を配る。生徒たちは配られた紙を興味津々といった様子で読んでいた。


「先生! この長所を伸ばすのと短所を克服するのは、どっちがいいんですか?」


 何でもすぐに口に出す癖のあるグラハムが普段通り、物怖じすることなく質問する。


「自分のことなのだから自分で考えろ……と言いたいところだが、一つヒントを出そう。お前たちのほとんどは騎士となって多くの仲間と共に前線で魔物と戦うことになるだろう。そうした場面でどういった能力が周囲に求められるのか、あるいはお前たち自身が求めるのか。これはお前たちがどういった騎士になりたいのかという理想の話と、実際の適性という現実の話でもある。その折り合いの付け方は、やはり自分で納得して決めるしかないが、実際の戦場に立つことを意識した上で自分に必要なものを選び取ってほしい」


 キースはそんなことを言いながら、自分の理想を叶えられなかったアクリスのことが少しだけ頭に浮かんだ。


「そうは言われても、実際の戦場のことなんかまだ分からないし、何が求められるのかなんて分からないよな」

「先生、はっきりと正解はこれだっていうのはないの?」


 ベラミーがクラスメイトに同意を求めるようにそんなことを言うと、セリカがその言葉に続いた。


「正解、か。ではそもそもお前たちにとって、学ぶということはどういったことを指す? ……フェリ」

「えっと、それは……正解を知って身に付けること、かな」


 キースの質問に指名されたフェリは少し驚きながらも、すぐに落ち着いて考えて言葉を返した。


「そうだな。だが今の世の中で正しいとされていることは、現在の知識体系において正しいだけであり、今後の研究によって覆されることもあるだろうし、そもそも答えが出ていない問題というのも無数に存在する。学びというのは様々な知識体系に触れ、それらが正しいとする答えに行きつくまでの過程を知ることにこそ価値があると俺は思っている」


 物事の考え方を知り、課題解決の手法を知る。それによって別の場面でも応用が利く普遍的な知性を得られるというのがキースの考え方であり、ひいては彼を教育した賢者エルダの思想であった。


 キースは続ける。


「つまり俺が正解として何かを提示したとしても、それは俺にとっての正解であって、万人にとっての正解ではないかもしれないということだ。ということで日頃の学習に関しても、誰かの答えを知るのではなく、自分の答えの出し方を知るというつもりでいてくれればと思う」


 そんな風に話を締めくくりホームルームを終えたキースは教室を出る前に、普段であればこうした場で何かしらの発言をしていたであろうエリステラに一瞬目を向けると、エリステラはどこか冷たさを感じる目で静かにキースのことを見ていた。


 それから数日、キースは当初の予定より授業のスピードを早めて行っていく。もちろんそれで生徒たちが内容を理解出来なければ意味がないので、細部のフォローはかかさないようにしっかりと生徒たちの様子を観察していた。


 フェリやグラハムのように冗談めかして泣き言を言っている生徒たちはあまり問題はない。そういった生徒は周囲に助けを求めることも出来るし、周囲も救いの手を差し伸べやすいからだ。


 なのでどちらかといえば大人しく真剣に授業を聞いていて、泣き言も言わず周囲に助けも求められない生徒の方にこそフォローが必要だった。理解に困っていそうな生徒には個別に話を聞き、引っ掛かっている部分の考え方をそれぞれに合った方法で教えていく。


 キースがそうした目配りが出来るようになったのは、教師という仕事に慣れてきたということであり、生徒たちのことを少しずつ理解してきたということでもある――。


「――とかいう風にキース先輩は、自分が他人のことを思いやることが出来るようになったとか、そんな間違った自信を持っていたりするんじゃないですか? 先輩は基本的にデリカシーがない人間で、繊細な気配りとかとは無縁の生き物なんですから、そこは勘違いしてはいけませんよ?」

「……アクリスの言っていることは分かるが、そもそも俺は何故いきなり非難されているんだ?」


 珍しく昼休みにアクリスがキースの研究室を訪ねてきたと思えば、開口一番にキースに対する文句の言葉を並べた。


 アクリスに対して何か問題となるような行動をしたのだろうかと思い返してみるが、心当たりは割と多くある。むしろ多くありすぎてどれが原因なのか特定するのが難しい。


 とはいえ今このタイミングでアクリスがこうして文句を言いに来るほどのことは、特に心当たりがなかった。


「その顔だと先輩は私に対して何をやったのか考えてるみたいですけど、今回は私のことじゃありません。エリステラさんのことです」

「エリステラ?」


 思いがけない名前が出たことでキースは少しだけ不思議そうな表情を浮かべる。


 元々アクリスは生徒の人気が高い教師であり、特に一年A組の生徒はキースによる実戦訓練の授業や放課後の指導によって医務室の常連となっているため、アクリスへの信頼度が高い状態にある。


 そうして一年A組の生徒たちにとっての良き相談相手という立ち位置になったアクリスは、一年A組の生徒たちのことを誰よりも詳しく知る人物になっていた。


「先輩、学内大会前にエリステラさんと約束していたことがありますよね?」

「ああ。学内大会で優勝したら、クラス全員を褒めるようにと言われていたな。すでに実行済みだが」

「その褒めたときに、エリステラさんはその場にいましたか?」

「…………なるほどな」

「なるほどじゃありませんよ!」


 デリカシーのないキースとはいえ、そこまで言われればさすがに察しがついた。


 あのときエリステラはルカとの戦いによって昏倒しており、それから数日後に目が覚めたときにはアクリスから報告を受けている。


 今思えばそれこそがアクリスからの「エリステラと話をしろ」というメッセージだったのだが、当時のキースはただの業務連絡としてその情報を処理していた。


 実際のところ連休中のキースは暗躍するアランのことで頭を悩ませており、その上に一緒に食事をしたアクリスの抱える問題、セレーネがアランの指示で準備した巨大な転移魔法陣など、様々なことが積み重なっていたことも影響がなかったとは言えない。


 とはいえエリステラに関する報告を受けたのはアクリスやセレーネのことを知る以前なので、やはり言い訳にはならないのではあるが。


「だがそれほどに重要なことであるなら、エリステラ自身で俺に直接言いにくればいいものを」

「だからそういうところですよ、先輩。エリステラさんが自分でそんな褒美をねだるようなことを言えるはずがないじゃないですか」


 自分を律することを信条とするグラントリス家において、エリステラは騎士になるために必要なものは全て与えられてきたが、逆に不要なものはほぼ与えられずに育ってきた。


 騎士となって名誉のために戦う。そのために一切のわがままを言わず、ひたすらに努力を重ねてきたのがエリステラという少女である。


 そんな彼女がキースに言った小さなわがままが、学内大会で優勝した際には褒めてほしいということだった。それは成果に対する正当な報酬であるともいえ、わがままとさえ言えないようなものではあったが、エリステラにとってはそれを口に出すのは大きな勇気を必要とした。


「まあ状況は理解した。エリステラに関しては今日の放課後にでも俺から話をする」

「あと、ちゃんとエリステラさんにはご褒美をあげてくださいね? くれぐれも他の生徒と同じように簡単に褒めて終わりにはしないように」

「褒美? あいつに渡せるような物は今のところ何もないが」

「別に物じゃなくてもいいんですよ。それこそ他の生徒が知らない先輩に関する話を、エリステラさんにだけしてあげるとかで」

「そんなことでいいのか? ……俺の話なんてつまらないことだと思うが」

「まあそれは先輩にとってはそうというだけですから」


 そんなアクリスのアドバイスを聞いたキースは、授業終了後のホームルームを終えるときにエリステラを研究室に呼び出すことにした。


「――エリステラ、このあと少し話があるから研究室まで来てくれ」

「……わかりました」


 簡潔に要件だけを伝えるキースに、エリステラはやはりどこか冷たい雰囲気で返事をした。


 そんなエリステラの普段とは異なる様子に、どこか後ろ暗い雰囲気を感じたのかセリカとリンナが冗談めかして尋ねる。


「何、エリステラ呼び出し?」

「……何か悪いことした?」

「ちょっと、エリステラが悪いことなんてするわけないでしょ!?」


 そんな二人を叱るようにフェリがそう言った。


 三人の普段通りのテンションでのやり取りを聞いていたエリステラは、いつもどおりの雰囲気で優しく笑うのだった。


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