転移魔法陣
アクリスとの食事を終えて王立騎士学校の敷地まで帰ってきたキースは、そこで初めて感じる特別な魔力の流れを認識した。
「これは魔法陣……か? しかし学校の敷地を覆いつくすほどの巨大な魔法陣を扱える人間など――」
そこまで考えて、キースはその答えにたどり着く。
そのままキースは魔力の流れとは逆に沿って歩き、その源にいる人物に声をかけた。
「やはりセレ姉か」
「あら、キース君。アクリスさんとのデートは楽しかった?」
「……ああ。アランの悪口で思いのほか盛り上がったよ」
「ふふ、みんな仲が良いものね」
セレーネの言う「みんな」にはアランも含まれていることは言うまでもない。そして普段であればキースはそれを否定しただろうが、しかし今はそれ以上に気になることがあった。
「それでセレ姉、この魔法陣は……?」
「キース君なら術式を見ただけで分かるでしょうけど……転移魔法用の補助術式ね」
「こんな大規模なもの、一体いつから準備して……いや、そもそも何のために?」
「準備は、そうね……一年以上前かしら。でも何のためか、という質問には残念ながら答えられないわ」
「答えられない? ……なるほど、そういうことか。これもアランの計画の一部というわけだな」
一年以上前という時期は、ちょうどキースが第十一騎士団に派遣された時期と重なる。
そしてセレーネが自ら設置した魔法陣の目的を、この魔法陣が何を書き記しているのか、実際に起動させれば何が起きるのかを、すでに知っているキースにまであえて秘匿する意味とは何か。
そこまで考えると、これはセレーネ自身の意思ではなく、勅令という形で王の代理であるアランから賢者リネーアことセレーネに指示されたものだろうと考えることが出来た。
「……キース君。アラン王子の邪魔をしたら駄目よ」
「大丈夫だよ、セレ姉。俺たちは仲が良いからな」
「もう、いじわる言わないでよ」
「先に言ったのはセレ姉だろ?」
そんな風に少しくだけた調子で言い合って、キースとセレーネはお互いに笑い合う。
「一応、私個人の気持ちとしては、こんなものは使わないに越したことはないと思っているわ。でもアラン王子が準備させるということは、きっと遠からず必要になるのだと思う」
「ああ、俺も同感だ」
アランの未来を見通すかのように為された策略の数々を知っているキースは、セレーネの言葉にそう返すしかなかった。
そうしてキースは再度、セレーネの転移魔法陣に目を向ける。
学校の敷地全てをそのまま別の土地に転移させるというセレーネの魔法陣に記されている情報には、転移先の座標に関するものも当然含まれている。
そしてその転移先の座標はマグノリア領西部――重要な戦略拠点にして、実質的な最終防衛ラインであるクリングゾール砦の近郊だった。
多大な被害を出した第十一騎士団が戦っていた戦場のすぐ近くにまで王立騎士学校を転移させる意味なんて、考えるまでもない。
アランは第十一騎士団の再建に、王立騎士学校の生徒たちの力を使うつもりに違いなかった。
そもそもアランが自由に動かせる戦力は王都に駐留する騎士くらいだが、前線で戦っている騎士と比べるとその質は少々落ちる上に、数もそれほど多くはない。
貴族院から第十一騎士団の運営権を奪い取ったとはいえ、アランが再建を担当する上で問題となるのが、その戦力をどこから調達するのかという点であることは、最初から分かっていたことでもあった。
エリート揃いの王立騎士学校の生徒であれば、現時点でも即戦力として後方を支えるくらいならば問題なく出来ることは事実である。
しかし当然ながら、危険な試みであることもまた事実だった。
「……ねえキース君、君が最初にここに来た時に私がお願いしたことって、覚えてる?」
「……ああ、忘れるわけがないだろう」
それはセレーネが涙ながらに語った、悲壮な胸の内――。
≪お願いキース君! 私を、生徒たちを助けて! 私はもうこれ以上、卒業生たちの悲惨な戦死報告書を見たくないの……っ!≫
――その願いを叶えるのは、キースの役割に違いない。
「アランの目的が果たされた上で、俺が生徒たちを守り抜けば、全て問題ないという話だろう」
「……うん、そうだね。キース君ならやってくれるって、信じてるから」
そんなセレーネの言葉を聞きながら、キースはすでに休み明けの指導に関して思考を巡らせていた。