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長期的な戦略

「アラン王子、セレーネです」

「来たか。入れ」


 アランはそう言って執務室にセレーネを招き入れた。


 そうして挨拶もそこそこにさっそく本題に入っていく。それは二人とも忙しい身であることもあるが、特に合理主義者のアランがそうした無駄を好まないというのが大きい。


「まずはキース君の件、ありがとうございました」

「くくく、何、お前ならあいつを上手く扱えると思ったまでの話だ」

「でもよろしかったのですか? 前線だって決して余裕があるわけではないと思いますが」

「確かに、実際キースは一兵卒としては最強だろう。しかし他人を信頼しないから連携は取れないし、指揮官としての能力もない。さすがに現状のあいつでは、俺が求める水準の成果は望めないということだ」


 アランにはキースの能力を誰よりも正しく把握しているという自負がある。実際に戦場に置いて、一人で好き放題に働かせれば一定の戦果を挙げることも理解していた。


 しかしそれでは一つの作戦地域での優勢を確保するのが限界である。人類と魔物の戦線は広大であり、それをキース一人でカバーすることは到底不可能だった。


 アランが求めているのは目先の戦術的な勝利ではなく、戦略的な勝利である。生存圏を奪われ続ける人類にとっては、その奪還こそが悲願なのだった。


「つまり今回キース君に教師をさせるというのも、アラン王子の長期的な戦略の一環ということですか」

「無論だ。キースほどの才能を生かしきれないのは俺の落ち度だが、そのための環境整備は進めている。だが、それだけでは足りないと俺は見ているのだ。だからよろしく頼むぞ、先輩(・・ )


 王立騎士学校での一学年先輩にあたるセレーネを、アランは当時と同じように先輩と呼んだ。


 つまりこれは王子としての立場ではなく、個人的な立場でのお願いであるということだった。


「はぁ……あのね、アラン君。私にキース君をどうこう出来るような力なんてないのよ?」

「知っている。だがあのキースが信頼している数少ない人間であるのも事実だ。何、多くを望みはしない。ただ教師としてのあいつをそれとなくフォローしてくれれば充分だ」


 アランはにやりと笑いながらそう言った。つまりアランはキースに教師をさせることで、キース自身の成長にも期待しているということだ。


「まあそれくらいなら言われなくてもやりますけどね、それも理事長の仕事なので。……そういえば、キース君が賢者だということを隠す意味って何かあるのかしら?」

「特に意味などない。だがあいつが賢者だと知れば、生徒は大人しく話を聞くだろう? それではつまらない……いや、そんな風に肩書きで判断されるのを他ならぬあいつ自身が嫌うからな」

「……今つまらないって言ったよね?」

「何の話だ?」


 セレーネのツッコミを、自信満々にしらばっくれるアラン。その自信がどこから来るのかは謎だが、ここまで堂々と開き直られると聞き間違いの気さえしてくると昔から評判だった。


「まあでも、キース君のことを誰よりも認めているアラン君がやることなら間違いはないのでしょうね」

「誤解のないように言っておくが、俺が認めているのはキースの才能だけだ。人格に関しては正直擁護のしようもないクズだよ、あいつは」

「ふふふ、とりあえずはそういうことにしておきましょうか」


 昔馴染みの二人はそんな軽い調子のやりとりをしつつも、以降は真面目に実務に関する話を進めていくのだった。




「くそっ、何故キース・ブランドンへの処罰があんなにも軽いのだ!」


 忌々し気にそう強く机を叩いたのは第十一騎士団の団長であるブノワである。


 ブノワはキースとの一件を貴族院に報告しキースへの厳罰を願い出たが、貴族院からの返答はブノワが望むような重いものではなく、単なる騎士団からの追放という軽い処分だった。


 もちろんそれには理由があり、そもそもキースは第十一騎士団に所属こそしていたものの、厳密に言えばブノワの部下という扱いではなかったのである。アランの権限により特任士官として送り込まれたキースは、正式には国王直属という扱いをされる立場にあった。


 その理由は単純にキースが賢者だからである。賢者とはその技能や知識が、国にとって不可欠なものであると国王に認められた者に与えられる称号であり、当然ながら数々の特権によって国から保護されているのだった。


 言い換えれば賢者とは国王ひいては国自体の所有物であり、その処遇を決めることが出来るのは実質国王ただ一人だけなのである。


 騎士団の人事に関しては貴族院の影響力が強いため、キースを追放処分にすることは比較的簡単だった。しかしそれ以上の処罰に関しては国王への陳情が必要となり、その最終判断は国王が下すこととなる。


 キースとアランの仲は貴族院の人間にとっても周知の事実だった。そして国王が実務の多くをアランに任せていることも同様である。そんな状況でキースに厳罰が下るとは到底考えられないというのが、貴族院の総意だった。


 もちろんそれには、ブノワ程度の人間にそこまでの労力を払いたくないという本音も混じってはいたのだが。


「キースめ、儂の騎士団を好き放題引っ掻き回しおって……部下どもの態度が悪化しているのは、全て奴のせいだ!」


 実際キースが着任した頃から、ブノワの部下たちには細かい命令違反が増加傾向にあった。とはいえそれは拡大解釈とも取れる程度の、些細なことであったため処罰には至っていない。


 それに実際、そうしたブノワの命令を意図的に曲解したような行動によって、騎士たち全体の戦果も向上していたりした。


 しかし軽んじられることを何よりも嫌うブノワは、たとえ実際に成果が出ているのだとしても、そうした自身を蔑ろにした扱いには我慢が出来ないのである。


「どいつもこいつも、儂のことを舐めおって……」


 最近は特に部下からの敬意が薄れていると実感しているブノワは、そんな風に部下たちへの苛立ちを募らせていくのだった。


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