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歓喜する生徒たち

 閉会式が終わり、生徒たちは上級生から順番に闘技場から退場していく。


 闘技場前の広場でクラスごとに担任から短い話が終わると、生徒たちはその場で解散となり、それぞれ帰途につく。しかし――。


「キース先生、来ないね」

「こっちは色々訊きたいことがあるっていうのに」

「まあもう少し待ってみようよ」


 すでに他のクラスが続々と解散しているのに、一年A組の担任キースは姿を現さない。不安そうに周囲をきょろきょろと探すフェリや少し苛立った様子のベラミーを、エリステラ不在の中でまとめ役を務めるエッジがなだめる。


「すまない、遅くなった」


 そうして他のクラスの生徒が広場から全員いなくなった頃、キースが謝罪しながらやってきた。


「遅いよ先生!」

「……先生が遅刻なんて、珍しい」

「というか俺たち、先生に訊きたいことがたくさんあるんだけど――」

「先生が賢者ってどういうこと――」


 思い思いのことを言う生徒たちだったが、キースが口を開こうとすると一瞬で静かになる。それだけ生徒たちはキースの言葉に注目していた。


「学内大会の日程が全て終わり、明日からは一週間の休みとなる。過密な日程で疲労も蓄積しているだろうから、各自体調を整えて万全の状態で連休明けを迎えられるようにしてくれ。以上、解散…………というわけにはいかないだろうから、少しだけ時間を貰おうか」


 キースは普段から無駄なことはほとんど口に出さないので、必要事項だけを伝えて解散というのは普段通りの姿である。しかし閉会式でアランの口から明かされた、キースが賢者であるという事実について、生徒たちが説明を求めていることは明らかであった。


「と言っても、俺から話さなければならないようなことは特にないのだがな。アラン王子が言ったように俺が賢者であるのは事実だが、それは過去に魔法学において一定の功績を成したというだけであって、教師をする上で特別何かの役に立つものでもないだろう」

「いや、先生が賢者だって分かってたら、俺たちだってもっと最初から――」

「――最初から素直に言うことを聞いていたか? それとも他のクラスの人間にも俺の指導を受けるように広めていたか? どちらにせよ、賢者であっても専門分野以外は素人の可能性すらある、そんな教師の適性があるかも分からない人間の言うことを、賢者という肩書だけで大人しく聞くようでは困る」


 キースは続ける。


「お前たちは、前線から左遷されてきた教師の言うことを聞くのかどうか、自分たちで考えて、自分たちでどうするかを決めた。そして自分たちには時間が足りないと判断して、自主的に放課後の訓練に励んだ。それらは全て、お前たちが自分で決めたことであるからこそ意味があると俺は思っている。今日、このクラスが学内大会で優勝できたのは俺が賢者だからなどではなく、お前たち自身が考え抜いた末に正解を掴み取ったからに他ならない――」


 閉会式のアランの言葉は上級生に向けた甘美な毒だった。しかしその毒は、一年A組の生徒たちをも蝕んでいた。


 生徒たちにはそれ相応の努力をしてきたという自負がある。しかしその努力すらも打ち消してしまうだけの存在感が「賢者」という肩書にはあった。


 そして一年A組だけが日頃から賢者の指導を受けていたという特別な扱いは、言葉にこそされないが「賢者の力によって優勝した」という形で周囲から見られることに繋がる。


 ――果たして自分たちは本当に、自分たちの力で優勝を勝ち取ったのだろうか?


 そんな不安が生徒たちの胸をよぎるのは必然だと言えた。


 キースにとっては、生徒たちのそうした悩みなど些末な問題であり、実力と結果がついてくればおのずと消え去る程度のものだと考えていた。しかしアランの言う、人間の心はそう単純なものではないという意味の言葉には、考えさせられる部分があったのも事実である。


 故に――。


「――だからこそお前たちは今日という日の勝利を誇っていい。お前たちの優勝も実力も、一番近くで見てきた俺が保証する。誰にも否定はさせないから、お前たちはただ胸を張って前に進め」


 ――今までのキースでは決して言うことはなかったであろう、そんな言葉。その言葉が生徒たちの不安を消し去り、その瞳に自信を蘇らせる。


「俺からの話は以上だ。他に訊きたいこともあるだろうが、それは別に今でなくてもいいだろう。エリステラもいないからな……ああ、一つ忘れていた」


 忘れていたと言ったのはエリステラとの約束についてだった。もちろん約束自体を忘れていたわけではなく、約束を果たすタイミングを逃してしまったことを意味している。


 キースは静かに一度生徒たち全員を見渡してから、再度口を開いた。


「優勝おめでとう。お前たちは本当によくやった」


 キースの口から出たのはまっすぐな称賛の言葉。これまでの指導の中でも、褒めるということをほぼしてこなかったキースの口からそんな言葉が出てくることに、生徒たちは驚きを隠せなかった。


「キース先生が――」

「俺たちを――」

「褒めてくれた!?」


 そうして歓喜に沸く生徒たち。


 着任当初から努力は評価せず、どんな魔法を扱えるようになったのか、どれだけ強くなったのか、そうした成果だけを評価するとキースは生徒たちに告げていた。


 そんなキースが生徒たちを褒めたということは、相応の成果を上げたということに他ならない。キースとしては学内大会を優勝したという事実よりも、生徒たちがそれを可能にするだけの実力を身に付けたことの方にこそ価値を感じているが、生徒たちからすればどちらでも同じことだった。


 もちろんそれは「優秀な騎士」になるという目標からすれば通過点に過ぎないが、目標に向かって着実に進歩しているということは、キースにとっても評価に値する成果に違いない。


 キースは盛り上がる生徒たちを見ながら、少し喜び過ぎではないかと思いはしたが、それをわざわざ指摘する必要もないと思い、落ち着くまで見守った後に解散を告げるのだった。


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