閉会式
一年A組の優勝に興奮も冷めやらぬ中、閉会式が執り行われていた。
闘技場のグラウンドに整列する生徒たちに、観客席中央の壇上から全体を見渡すようにして理事長のセレーネが閉会の挨拶を述べている。
「――生徒の皆さんの日頃の鍛錬の成果を見ることが出来て、今年も非常に有意義な大会になったと思います」
セレーネも無駄話を長々とするタイプではなく、淡々と話を進めていく。そしてスムーズに表彰式へと移っていった。
「それでは優勝クラスの一年A組代表者は登壇をお願いします」
司会役を務める教師のメアリーがそう告げると、緊張した様子のエッジが一人で前に出る。そうしてメアリーに促されるまま、グラウンドから観客席への階段を上がっていった。
エリステラが決勝戦のダメージで未だに医務室で眠っており、代わりに誰が代表者になるかという話はあったが、準決勝と決勝戦で指揮官の役割を完璧にこなしたことがクラス全員の信頼を獲得することに繋がったようで、クラスの満場一致でエッジが代表者となった。
大会前はネガティブ思考であまり自信がない様子のエッジだったが、学内大会を通じて少し自信をつけた様子で、クラス全員から推されたことに照れた雰囲気を見せながらも、以前指揮官を任されたときのように拒絶するようなことはもうしなかった。
「優勝、おめでとうございます」
壇上に上がったエッジはセレーネから祝福の言葉と共にトロフィーを手渡される。
「一年生の皆さんは来年、再来年も学内大会は続きます。このトロフィーを三つ教室に飾れたクラスは、王立騎士学校の長い歴史の中でも未だ存在しません。それだけ勝ち続けるのは難しいということですが、皆さんならきっと達成できると思います」
「が、頑張ります」
「ふふ、期待していますよ」
そうしてトロフィーを受け取ったエッジが降壇し元の列に戻るのを見届けると、セレーネは全員に向けて話を再開する。
「実戦形式の学内大会を通じて成長を実感した人もいれば、自身の課題を新たに発見した人もいるでしょう。この大会で得たことを糧とし、皆さんには立派な騎士となるべく今後とも努力を重ねていっていただければと思います……と、本来であればこれで閉会式を終えるところなのですが、お一方、どうしても皆さんにお話ししたいことがあるそうで、もう少しだけお時間をいただきます」
そう言ってセレーネが降壇し、代わりに登壇したのは王子のアランだった。予想外の人物の登場に生徒のみならず教師までも一瞬驚きの声を上げるが、次の瞬間にはアランがどのような言葉を発するのか決して聞き逃すまいと静まり返る。
自身に溢れた佇まいのアランはそうして静まり返るグラウンドを一瞥し、ゆっくりと口を開いた。
「親愛なる後輩諸君。私はスコールランド王国王子のアランだ」
アランが簡潔に自己紹介をする。とはいえアランのことを知らない人間など、今この場にはいない。彼が王立騎士学校の卒業生であり、生徒たちにとっては先輩にあたることも当然周知の事実である。
しかしそんな誰もが知っている情報である自己紹介一つとっても、アランの言葉から耳が離せなくなる、独特の魅力が彼の声色にはあった。
「私は立場上、王立騎士学校の最高責任者ではあるが、運営に関してはセレーネ理事長に任せているため、私が諸君らの活動に直接介入することはない。したがって例年であれば学内大会を視察することもないのだが、今年に関しては一点だけ私が学校運営に介入した部分があり、その確認もあって今日の決勝戦だけではあるが実際に見学させてもらった」
アランは続ける。
「まずは優勝した一年A組諸君には称賛を送りたい。一年生による優勝はこの王立騎士学校が設立された統国暦177年から今年309年の130年以上の歴史において二例目となる快挙である。私が学生だった頃の一年生といえば、この時期三人一組での動きが最低限出来ていれば上出来とされていたが、全体のレベルの上がり方には本当に驚かされた。これも諸君らの努力と、セレーネ理事長をはじめとした教員による指導の賜物だろう。今後も諸君が活動しやすい環境を整えるために、私も裏方として出来る限りの助力をしていきたいと思う。……さて、私は先ほど今年一つだけ学校運営に介入したと言った。それは教員の人事に関する話だった訳だが――キース、壇上まで来てくれ」
突然名前を呼ばれたキースは特に表情を変えることもなく、教師の列から離れて淡々と壇上に上がっていく。キースはアランから事前に何も聞かされてはいなかったが、アランが壇上で話をする以上、そういった流れになることは想定できていた。
「諸君の中には知らない者も多いだろうから私から紹介しよう。彼は一年A組の担任を務めているキース、今年二月から本校に教師として着任している」
アランは楽しそうな笑みを浮かべながらキースを紹介する。その笑みから彼の真意を窺い知れる人間はほとんどいないが、その数少ない一人であるキースは相変わらずの腹黒い笑みにうんざりとした。
ちなみに全ての騎士学校は一月入学であるため、キースの着任は二月の初めであり、学内大会が行われた現在は三月末となる。なおスコールランド王国の建国から使われている統国暦においては、七日で一週間、四週間(二十八日)で一か月、十二か月で一年である。
「一月入学の騎士学校において、新入生クラスの担任となる人物が二月に着任するというのは通常ではありえない人事だが、これは私の介入によるものであり、一月の間に一年A組の生徒および教員には少なからず迷惑をかけてしまっただろう。しかしながら彼が担任した一年A組が今回学内大会で優勝という結果を残したこともあり、この介入も間違ったものではなかったように思う」
キースはふと教師の列に並ぶセレーネの表情を窺う。彼女はこうしたアランの行動にも慣れているのか、仕方ないと言わんばかりに呆れた雰囲気で溜息をついていた。
キースもセレーネも長い付き合いだけあって、アランという人間のことをよく知っている。だからこそ今この場でアランが何をしようとしているのかもおよそ察しがついていた。
「今回の異例ともいえる私の教員人事への介入と、学内大会で一年生が優勝するという奇跡的な出来事……単なる偶然で済ませるというのは、いささか無理があると諸君も思うだろう。そして同時に一つの疑問が思い浮かぶと思う。国王の名代を務める王子の私が直々に送り込んだキースという教師は、一体何者なのだろうか? とね」
アランのそんな問いかけに、闘技場のグラウンドに整列する全校生徒のみならず教師たちまでものが固唾をのんで次の言葉を待っていた。
キースとセレーネだけは知っている――アランが他人の心を最も効果的に揺さぶれるタイミングをずっと計っていたことを。
興味をそそる問いかけ。そして待ち望まれる答え。
「彼の名はキース・ブランドン。我が親愛なる学友であり、史上最年少で賢者ブランドンの名を与えられた不世出の天才である」