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学内大会 決勝戦6 勝利のため

 魔法による炎の壁で隔離されたルカとエリステラの戦いは、一撃必殺の剣技で果敢に攻めるルカに対して防戦一方のエリステラという形勢になっていた。一年A組では剣技においても最強に位置するエリステラだが、学内最強のルカ相手ではさすがに劣勢に立たされてしまう。


 守勢であるならカウンターの一撃を狙うというのがエリステラの剣技だったが、今はそうした反撃の素振りすら見せず、ルカの攻撃をひたすらに捌いては距離を取ることに徹していた。


 自分を倒そうという意思が感じられないエリステラの動きに、ルカはどこか失望したような表情を見せる。


「キース先生のクラスのナンバー1だと聞いていたからどれほどのものかと思えば……期待外れだな。それが勇猛果敢で知られるグラントリス家の剣技なのか?」

「…………」


 挑発するような口調のルカに対し、エリステラは表情を変えることなく沈黙で返す。


 その後もルカの激しい攻めは続くが、エリステラの正統派の受けの構えはぎりぎりの所でルカの剣を受け流した。それにより一瞬ルカに隙が生まれたようにも見えるが、やはりエリステラはその隙をついて攻め返すことをしない。


 ――エリステラの狙いは時間稼ぎ。


 ルカは何度かエリステラが攻め返したくなるような隙をあえて作っていたのだが、そうした誘いに乗ることもなく守勢に徹している。つまりエリステラにはルカを倒そうという気がないということだった。


「あくまで時間稼ぎに徹する、か。私一人を抑えれば、外の戦いでそちらが勝てるとでも?」

「さぁ……でも、割といい線行くと思いますよ? ルカ先輩もそう思っているから焦っているのでは?」

「……ふふっ、聞こえてくる評判とはずいぶんと違う」


 主席入学してきたグラントリス家の末っ子であるエリステラのことは、在学生の間でもよく話題に上っていた。同じ地元出身の生徒からの評判では、エリステラはグラントリスの名に相応しい正々堂々たる戦い方で年上相手だろうと圧倒する、天賦の才に恵まれた少女だという話だ。


 それが実際に対峙してみた印象では全くの別人だと言えた。幾重にも罠を張り、狡猾に勝利を手繰り寄せようとする強かさがエリステラにはある。そして今の会話でも、彼我の戦力を測る能力に関してもルカと同等であることが分かった。


 実際ルカが抜けた場合の三年C組は、フィリス一人にかかる負担が大きすぎるという弱点がある。普段のように圧倒的な実力を持つルカが指揮官として狙われる分には問題なくとも、補助魔法と指揮官という重要な役割を兼ねたフィリスに狙いが集中する場合にはフィリスを守り切れるかどうかという問題がクラス内で発生する。


 一方で一年A組は補助魔法を支えるフェリと、指揮官代理のエッジ、さらに前線指揮官として冷静に判断が出来るラウルなど、重要人物が各ポジションに上手く分散していた。もちろんそれは誰か一人が欠けるだけで機能不全を起こすということであり、必ずしも有利を意味はしないが。


 だが一方で、エリステラの剣技に関してはルカが警戒していたほどの実力はなく、エリステラ程度であればどの学年にも数人はいるレベルだった。


 であるならば、ルカが取るべき選択肢は絞られてくる。すなわち、剣技でエリステラを圧倒し、この隔離された状況での一対一を即座に終わらせることである。


 ルカは静かに一呼吸し、高ぶる感情を抑えて冷静に口を開く。


「貴方の狙いは良くわかりました……それならば私はその狙いを、ただまっすぐに打ち砕くだけです」


 その言葉通りに、ルカは神速の踏み込みでエリステラにまっすぐ接近し、構えた剣を横一線に振り抜く。


 並みの使い手では反応すら出来ずに急所を斬られていたであろう斬撃に、エリステラは間一髪の所で反応して受ける――そう、間一髪だった。


 傍から見れば完璧に受けきったと見え、互角の打ち合いを繰り広げているかのようだったが、事実は大きく異なる。


 ――ルカとエリステラの剣術の実力には明確な差があり、そしてそれは覆しようのないほどに大きなものである。


 そしてその事実が意味するところは、時間稼ぎすら困難を極めるということだ。しかしそんな中でエリステラが考えるのは全く別のことだった。


 どうしてルカは正面からエリステラに打ち込んで来るのか――。


 ルカの実力であれば複雑なフェイントを絡め、死角に回り込りこんで打ち込むなど、いくらでもエリステラを倒す術はあるように思える。


 そもそもエリステラは学内大会での三年C組の戦いを見る中でも違和感を覚えていた。それは三年C組の戦い方が勝利への最善を尽くしているとは言い難く、無用なリスクを背負いながらも真正面からの突破に拘った戦い方をしているように感じられたことだ。


 戦技教科でも高い評価を得ている主席のルカであれば、もっと安全に効率よく勝利するための指揮をすることが可能に違いない。


 それでもルカがそうしていないのは、ただ勝つだけではない、何らかの別の目的を持ってこの学内大会に臨んでいるからに他ならない。


(ルカ先輩も私たちと同じで、勝つために手段を選んでいる――)


 一年A組もこの学内大会において三年C組と同様のことやってきている。それが相手の得意とする戦術を正面から打ち破るということだった。


 もちろんそれは一年A組の実力や戦い方が上級生には知られていないという情報面の有利があったからという前提があり、あえて相手の得意な戦術に誘導することで罠にかけたという合理的な選択ではある。


 それに奇策での勝利は一度限りのものであり、対策されてしまえばそれで終わりという意味では、得るものが少ないと言える。貴重な強くなるための機会をそんな風に目先の勝利を拾うために消費してしまうのは、キースが求める結果とは異なるだろうという考えもあった。


 しかしルカたち三年C組の意図は、一年A組とは明確に異なるものだということにエリステラは気付く。


 ――三年C組は、貴族院や騎士団へのアピールの場として学内大会を見ている。


 学年主席にして学内最強と名高いルカ・リベットを擁する優勝候補。三年C組にとって学内大会は、言ってしまえば勝って当たり前の大会である。


 言い換えればただ勝つだけでは評価されない状況で、三年C組が選んだのは「圧倒的に勝つ」ということだった。


 まっすぐに正面から正々堂々とした戦いを挑み、最短最速で一切の被害を出すことなく勝利する。そうすることで自分たちの強さ、そして価値を貴族院と騎士団にはっきりと示すことがこの大会での目的となっていた。


 それは没落したリベット家の名誉を回復させるために騎士を目指すルカにとって自然な考えであり、彼女のクラスメイトにとっても自身の評価を上げ、騎士団に入ってからの扱いをより良くすることに繋がるのであれば、賛同するのは当然だと言える。


 勝って当たり前だと思われているからこそ、それ以上の結果を出さなければ認められない――それは圧倒的な強者であるからこそ発生した制約。


 ルカにはめられた、正面から戦うという枷。しかしそこに付け入る隙などは発生しない。それだけの実力差が二人の間にははっきりと存在していた。


 エリステラが一対一でルカに勝利するようなことは、だから起きるはずもない。


「ルカ先輩は、本当に強いですね……」

「…………」

「今の私では絶対に勝てない……そう思わされたのは、先輩で二人目です」


 防戦一方な中、突然そんなことを口にしたエリステラ。ルカは警戒を強めながらも、その攻め手を緩めることはない。


 口では弱音を吐いているエリステラだったが、その目は諦めることなく勝利するための道筋を組み立て、狡猾にそのチャンスをうかがっていることを感じ取っていたからだ。


 剣術の実力では天と地の差がある。それこそ絶対に負けるはずのない差が――。


 ルカであれば、相手の実力は剣を打ち合っただけで分かる。しかし負けるはずがないと判断した上でキースに惨敗を喫した経験が、ルカの心に警鐘を鳴らす。


 ――剣では勝っていても、魔法では劣っている。


 激しい剣戟の中でもどうにかして魔法の術式を完成させられるのならば、それこそがルカにとっての負け筋となり得る。


 そうしたルカの意識が、エリステラの魔法に対する反応を一瞬早めることに繋がった。


「――アルフィルク」

「っ……!」


 その瞬間、エリステラの持つ剣が赤く熱を帯びたように輝き――前方の広範囲を襲う炎と熱波が発せられる。


 スコーチウォールという魔法により発生した周囲を囲む炎の壁を維持しながら、もう一つの術式を完成させるという離れ業。誰もそんなことが可能だとは思っていないからこそ通じるはずの、一度きりの奇策。


 一年A組の指揮官としてここまで貫いてきた拘りを捨ててでも、目先の勝利を追い求めたエリステラの執念の一撃――しかしその魔法は、瞬時に距離を取ったルカが魔力を込めた剣で襲い来る炎を払ったことによりあっさりと無力化されてしまう。


「本当に、強い……」

「幸い、騙し討ちが得意なクラスメイトがいてね。弱音を吐いて騙し討ちをするつもりなら、その自信に満ちた目にも絶望の色を見せるべきだ」


 ルカの言う騙し討ちが得意なクラスメイトというのはクリッドのことである。彼は持たざる者であるが故に勝つためには何でも使うという、エリート揃いの王立騎士学校では異端の存在としてルカからも一目置かれていた。


「……付け焼刃の演技で、逆に警戒されましたか」


 奥の手を防がれたことでエリステラの目からは自信の光が消え、諦観の闇が宿る。それもそのはず、スコーチウォールの維持と今のアルフィルクによってエリステラは多くの魔力を消耗してしまっている。


 ルカとの打ち合いのためにも体中に全力で魔力を巡らしており、その上かすり傷程度とは言え何度もダメージを受けていた。いくら魔力容量に優れたエリステラとはいえ、今後の動きが鈍るのは目に見えている。


 一方でルカは元々魔力をあまり使わない燃費がいい戦闘スタイルであるために、身体強化魔法のブレイブハートと魔法を切り払うためにわずかに魔力を注いだ程度で、ほとんど消耗していなかった。


 長期戦となれば、スコーチウォールを維持していることも相まってエリステラに勝ちの目はない。そのことはエリステラ自身が誰よりもよく理解していた。


(……やっぱり私では勝てない、か)


 エリステラはそんなことを思いながら、静かに口を開く。


「……先輩のその強さは、名誉のために得た力ですか?」

「……何が言いたい」

「先輩が戦うのは、名誉のため?」

「それが何だというのだ?」

「もしそうだとしたら、助かったと思って――」

「助かった……?」

「――勝利のため、じゃないんですよね?」

「……このっ!」


 エリステラの挑発に、ルカは神速の踏み込みで応じる。とはいえルカが冷静さを失っているわけでもなく、その一撃を今のエリステラが防ぐことは不可能だった。


 そうしてルカが横薙ぎに振り抜いた剣は、エリステラの首元を瞬時に切り裂いた。


 もちろん闘技場でのダメージは魔力へのダメージに置換されるが、致死級のダメージとなれば意識は一瞬で失われ、その後しばらくは目覚めることもない。


 倒れ伏すエリステラと、ほぼ無傷のルカ。二人の戦いがルカの圧倒的な勝利で決着したことは、一切の疑いを挟む余地もなかった。


 しかしエリステラがルカの一撃を食らう一瞬前に呟いた言葉――。


「――私は負けましたが、私たちの勝ちです」


 その言葉の意味をルカは考える。負け惜しみにしては、その言葉はあまりにも自信に満ちていた。それに数撃くらいならまだ耐えられただろうエリステラが、もう自分の役割は果たしたとばかりにルカの剣を無抵抗に受けたことにも違和感を覚える。


(外は、フィリスたちの戦いはどうなっている……!?)


 エリステラが気絶したことでスコーチウォールの魔法は効力を失い、周囲を覆う炎の壁は消滅していく。


 そうして消えゆく炎の向こう側から現れたのは――四方八方からルカを包囲する一年A組の生徒たちだった。


「まさか、全滅したというのか……?」

「ぎりぎりの戦いでしたけど、エリステラの作戦が完璧にはまったおかげです」


 ルカの驚きの言葉に、ラウルが丁寧な口調で答えた。ラウルは剣を縦に構え、巨大な火の玉を剣先に浮かべている。


 詠唱に時間がかかり、妨害にも弱いため今まで実戦で扱う機会はほぼなかったが、威力に関しては一級品という評価をされているラウルの火属性魔法。


 他にもルカを取り囲む一年A組の生徒たちは、それぞれが得意とする属性の魔法を詠唱完了した状態で待機していた。


「――ランドスライド」


 ベラミーが土属性の魔法を使い、倒れているエリステラの周囲の地面だけを動かして仲間たちのいる方へと回収する。


 そうして同士討ちの心配がなくなったところで、指揮を執るエッジの号令がかかった。


「撃て!」


 ルカに対して全方位から放たれる、様々な魔法。逃げ場などあるはずもなく、いくら剣術に優れたルカといえど、その剣ですべての魔法を切り払うことは不可能だった。


 そうして立ち上る土煙が晴れると、そこには倒れ伏すルカ・リベットの姿があった。


「勝者、一年A組!」


 審判を務めるバラックの声が響くと同時に、観客席からは大きな歓声が沸き起こり、一年A組の生徒たちは喜びの声を上げた。


 ただ一人、静かに眠るエリステラを除いて――。


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