学内大会 決勝戦5 一歩
三年C組の生徒たちに追われたラウルとユミールは仲間の援護が期待できる後方へと下がるのではなく、右側へと開けるように位置を変える。
一見すればただ孤立するだけの、そんなセオリーからは外れた動き。当然ながら三年C組の生徒たちは二人を一気呵成に攻め立てようとする。最上級生として強者の立場から選択される普段通りの戦い方に迷いはなかった。
三年C組の生徒は五人でラウルとユミールを包囲し、間断なく攻め立てる。さすがにこの状況ではラウルとユミールも防戦一方となってしまう。
しかし――。
「――薄いな」
「ああ」
観客席のアランが短く一言だけ呟くと、キースはそれだけで彼が何を言おうとしているのか理解して同意する。
そして次の瞬間、大きな動きを見せたのは一年A組だった。指揮官を務めるエッジが、大きな声で指示を出す。
「グラハム、ベラミー! 行けるか!?」
「おう!」
「準備は出来ている!」
返事をしたグラハムは自陣の中列で騎士剣を構え、魔法の詠唱を開始した。
火属性魔法を得意とするグラハムの魔法の威力は一般的な騎士の水準以上で、詠唱速度も決して遅くはない。しかし彼の魔法にはいくつかの問題があった。その中でも特に大きな問題となっているのが「コントロール」である。
火属性魔法は広範囲に爆発を伴うなど威力が高い一方で、燃え盛る火の大きさを一定に保つなどのコントロールは難しいことで知られている。
グラハムも例にもれずそのコントロールに苦戦しており、特に体から距離が離れれば離れるほど魔法が不安定になるという問題を抱えていた。目標に当てることが難しく、仮に当たったとしても威力を維持できていない。
となればグラハムの魔法は接近戦でしか効力を発揮しないが、剣を振りながら術式を構築するほどの高等技術はまだ持ち合わせていなかった。
そんな風に実戦で扱うにはまだまだ未熟だが、その威力は魅力的ではあった。それこそ上手く活用できれば、戦況を一気にひっくり返すだけのポテンシャルを秘めている。
だからこそそれは、一年A組の「奥の手」として準備されていた。
「――クリエイトウォール!」
「――フォローウインド!」
べラミーの土魔法がグラハムの足元に発動し、足場となる巨大な壁を作り上げる。グラハムはその勢いを生かして跳躍。
そしてエッジの風魔法がグラハムの追い風となり、飛距離を一気に伸ばした。
これは二回戦で二年D組が一年A組に対して用いた奇襲と同じ戦法だった。ただし二年D組が用いた霧による視界封鎖は行われておらず、空中からまっすぐ敵陣に突っ込むグラハムは、本来であれば速射魔法で容易に迎撃されるはずだった。
しかしラウルとユミールが多くの生徒を引き付け、それにより空いたポジションをフォローするように全体が流れるように動いたことで、今の三年C組の陣形からは厚みが消えている。
精密な狙いも一撃の威力も持たない速射魔法は数を揃えてこそ対空防衛網として機能するが、だからこそ今この瞬間だけはグラハムを止めることが出来ない。
「ちっ!」
グラハムの狙いを看過したフィリスは慌てて得意とする土属性の速射魔法で小さな石の槍を発射し迎撃を試みる。しかしそれらはグラハムの脚や頬をかすめる程度で、致命的なダメージには至らない。
そして――。
「――デアリングフレイム!」
振り上げた騎士剣に纏わせた炎をフィリスの手前の地面に叩きつけるようにして大爆発を引き起こすグラハム。そうしてフィリスの周囲にいた数人の後衛も巻き添えにして倒すことに成功するが、爆心地にいたグラハム自身も消耗でふらふらの状態になっていた。
敵陣真っただ中で包囲されるグラハムは、もう充分な役割は果たしたと笑みを浮かべる。
そこに畳みかけるよう、エッジからの号令がかかった。
「ハリド、クラウス、カリム、ベラミー、一気に行くぞ! セリカたちは援護を!」
「おう!」
「りょーかい!」
剣術に自信のある男子生徒を中心に前へ出るよう指示を出し、そのフォローをセリカたちに任せる。これまで陣形の厚みを維持するために、中衛として耐えることに専念してきた生徒たちも、ようやく一転攻勢に出られるとあって士気は充分に高い。
何より三年C組は身体強化魔法による補助と作戦指揮の両方を担っていたフィリスを倒されたことで、大きく混乱していた。ここで畳みかけるしかない絶好の機会であることは、観客席から見ている全員にも理解できるほどの状況だと言えた。
「ラウル、ユミール! よく耐えてくれた、あとはケインたちに任せてくれ」
「ああ、頼んだ」
上級生五人を二人で相手にし続けてきたラウルとユミールは、目に見えて消耗した様子だった。しかし元々人数では優位である中で、ラウルとユミールが多くの相手を引き付けて時間を稼いだことで、別の場所での戦闘では一年A組が確かな戦果を挙げている。
いつしか乱戦模様だった戦況は落ち着き、一年A組はしっかりとした陣形を構築することが出来ていた。
そうして生まれた人数差を生かす形でエッジはケインを含む一年A組の主力を一気に動かす。ケインたちの突進により相手の包囲が崩れたことで、ラウルとユミールは自陣へと退却することに成功した。
即座にフェリたち後衛から回復魔法を受け、消耗した体力を回復させる二人。
「凄いね、二人とも!」
「……こんなんじゃ全然足りねぇよ」
「えっ……あ、ごめんね、私の回復魔法が弱いから――」
「いや、ユミールはフェリに言ったんじゃないよ。俺たちならもっとやれたはずだって、自分に言ってるだけだから」
「……そうなの?」
「……ああ。実際チャンスは何回かあったんだ」
「しかしチャンスを見つけてから踏み込むようじゃ、人数が多い相手のフォローが間に合ってしまう。だからリスクを恐れて踏み込めず、結局最後まで時間稼ぎしか出来なかった」
「でも二人じゃなかったら時間稼ぎすら出来なかったと思うけど」
「だからエリステラの作戦もエッジの指揮もそういう前提で組まれているんだろうな。でも、俺たちはもっと――」
――もっと、やれたはずだった。
そんな前提を飛び越えるくらい強くなって、もっと戦果を挙げられるはずだった。それこそこれまでの学内大会の戦いで、三年C組を圧倒的な戦果で牽引してきたルカ・リベットのように。
実際ラウルとユミールの存在は三年C組にとっても脅威となっていた。故に人数で劣る中でも二人に対しては五人ものマークがつけられている。しかし言い換えると五人つければ抑えられると判断されたという話であり、事実フィリスのその判断は正しかった。
ずっと剣を振り続けてここまで歩んできたラウルとユミール。剣術なら上級生にだって負けないという自負がある。
だからこそこの程度の戦果では、全然足りないと思えてしまうのだった。
「何にせよまだ戦いは終わっていない。最後まで戦い抜くぞ、ユミール」
「……ああ」
そう頷きあった二人だが、考えていることは同じだった。それは――もしあのチャンスで踏み込んでいたら、どうなっていたのか。
失敗すればクラスを巻き込んでしまうと分かっていたからこそ踏み込めなかった、その一歩。しかしルカ・リベットであれば、おそらくその一歩を躊躇わずに踏み込んでいただろうという確信が二人にはあった。
もしかしたらその一歩の先にこそ、降って湧いた幸運と呼ばれる何かがあるのではないか。今はそれを掴むことは出来なかったが、朧気ながらにもその姿を確認することが出来た二人は、次こそはと心に刻むようにして再度前線へと戻っていくのだった。