学内大会 決勝戦4 勘違い
一年A組から見て闘技場の左翼側では、三年C組の生徒との乱戦模様の接近戦が繰り広げられている。
この状況では長時間の詠唱が必要な魔法を唱えることは難しいため、術師に求められるのは破壊力ではなく詠唱の早さと、何より味方を巻き込まない魔法の精度である。そして魔力操作の技術に関しては、言うまでもなく上級生の三年C組に分があった。
「セリカ、左奥から狙われてるぞ!」
「……っ!」
グラハムの忠告から間もなく、相手と剣を振り合うセリカの元に土魔法の槍が飛来する。何とか回避に成功したが、味方には当てないという絶対の自信を感じさせるその魔法に対し、セリカは少なからず苛立ちを覚える。
セリカの魔法は詠唱の早さが特徴であり、火の弾をばらまくことで相手の妨害やかく乱を行うことを得意としている。しかしながら乱戦状態となった今では、精度の低いセリカの魔法では味方に当てるリスクが高く、結果として魔法を放つことが出来なくなっていた。
貴族の生まれで幼少から剣を振ってきたセリカは決して剣の腕が悪いわけではなく、実際これまでの試合でも何度か剣を振って戦ってきている。とはいえ相手も王立騎士学校に通うエリートとなれば、セリカが相手を圧倒するようなことは起こり得ない。あくまでも倒されないように必死に自衛するのがせいぜいという実力であり、剣を振ることで大活躍するようなことは期待できなかった。
――せめて魔法が使えれば、もう少しクラスに貢献できるのに。
相手の自由に動き回る前衛と、的確に魔法で妨害してくる後衛。その両者をあれだけ自由にさせているのは、セリカが魔法を使えていないことが大きな原因の一つであり、セリカ自身もそれを痛感しているからこその苛立ちだった。
「次、相手後衛の補助術師に狙いを絞って!」
一方、三年C組の指揮を取るフィリスはシンプルな命令で術師の意思統一を図っていた。その指示により、次に狙い撃たれるのは当然フェリである。
一年A組もしっかりとカバーするようにフェリを含む複数人で魔法障壁を張り防御を固めた。しかし魔法障壁を張るために足が止まったところを狙ったように、三年C組の前衛が一気に距離を詰めてくる。
戦闘距離が近い乱戦では足を止めること自体が危険であり、その状況を作るために魔法の精度の優位性を生かしたフィリスの指揮は非常に効果的だった。
「フェリ、下がれ!」
エッジの指示に従う形でフェリは後退を試みるが、すでに加速しきっている相手から逃れられるはずもなく、覚悟を決めてフェリが剣を抜こうとした、その刹那――。
「――クリエイトウォール」
フェリと相手の間に、身長を越える高さの土壁が地面から隆起するようにして一瞬で構築される。
「ありがとう、ベラミー!」
「礼はいいから早く位置を変えろって」
土魔法による迅速な陣地構築を得意とするベラミーは、先ほどから的確に味方の窮地を救っていた。フェリを追っていた相手は目標を失い、逆に包囲される危険を察知して瞬時に離脱を選択する。
「ちっ、さすがに判断早いな」
三年C組の生徒はルカの影響もあり、接近戦に関しては他のクラスと比べて高い実力を誇っている。そのせいもあってか、本来学年ごとの差はそれほど大きくないとされる剣術での戦いでも、一年A組で現在優位といえるのはラウルとユミール、ケインなどのごく一部の生徒だけであり、その他の生徒が戦っている場所では良くても互角、多くの場所では劣勢を強いられていた。
乱戦慣れしている三年C組の生徒たちは人数の不利を感じさせず動き回り、焦らず確実に高い機動力を生かして立ち回っている。一方の一年A組はダメージを負って魔力を消耗し目に見えて動きが悪くなっている生徒も増えており、じわじわと不利が拡大していく。
そうして不安と焦燥感に駆られる生徒も少なくない中、指揮を担当するエッジは冷静さを失わずに前の状況を確認していた。土魔法で石壁が作られては壊され、どちらも戦場の主導権を得られないまま続く戦い。これまでずっと乱戦を避け続けてきた一年A組と、ルカの突破力を生かして乱戦に持ち込んで勝利を重ねてきた三年C組。
このまま何も起きなければ、勝利するのは三年C組だろう――そんな風に、観戦する多くの人間は思い始めていた。
そんな中で何かを考えるような表情で試合を見ているのがアランだった。
「キース、この試合は非常に難解だな。一見すると乱戦の中を激しく動き回ることで人数差をカバーし、逆に一年A組には遊兵が出るように仕向ける形で三年C組の思惑通りに試合が進んでいるように見えるが……」
「それでは何故未だに全く戦果が挙がらないのか、か?」
「そうだ。三年C組の実力が高いことは一目見ただけで分かる。そんな彼らが自分たちの得意な展開に持ち込んでおきながら、これだけの時間何も出来ずにいる。確かにお前のクラスの生徒たちは消耗しているが、本来であれば四、五人はすでに倒されていなければおかしいだろう? これは果たして三年C組にとって望んだ試合展開なのだろうかと考えたら、むしろ一年A組こそが望んだ展開のように俺は思えるな」
アランはどことなく楽しそうな雰囲気で饒舌に語る。
「おそらくはアランの言う通りだろう。ここまで奇策で勝ち上がったと思われがちだが、実際のあいつらは一回戦からずっと、相手の得意とする戦術を正面から打ち破ってきている」
「ほう?」
準決勝までの試合は観戦していないアランは、キースの言葉に興味深そうな反応を示した。
「一回戦は学内最強の術師ヴァング・ヘランドを擁する三年F組を相手に、戦術級魔法の撃ち合いでエリステラが先手を取った。二回戦は人数を欠いた二年D組の奇襲を読み切り包囲殲滅。三回戦は圧倒的な守備力を誇るサローナ・ネフティスのいる三年I組に持久戦で勝利し、準決勝は戦術家リチャード・カーツの複雑な陣形変更の隙をついてそのまま押し切っている」
「なるほど。勝つための手段を、あえて選んだというわけだな」
「ああ。とはいえ、さすがにこの決勝戦でまであいつらがそうするとは俺も思ってはいなかったが」
「学内大会の決勝すら自身の成長の機会、か……。くくく、全くもってお前の生徒らしいじゃないか」
そういって笑うアランを横目にキースは一度嘆息すると、試合に視線を戻して口を開いた。
「だが現状あいつらが不利であることは間違いない。どこかで狙っているだろう逆転の一手を有効に働かせなければ、このまま押し切られて負けることも充分に考えられる」
「そしてその一手を打つべきなのは今だと、どうやらお前の生徒たちは判断したらしいな」
アランの言葉どおり、闘技場のグラウンドでは指揮官を務めるエッジは前線に指示を飛ばす。それはラウルとユミールの二人の連携を生かし優位に立っていた場所に人数を割き、突破を仕掛けようという意図に思えた。
「前線は相手の動きに合わせて! あの二人を止めることを最優先に!」
だからこそ三年C組の指揮を取るフィリスも同様に充分な人数を割き、逆にその場所での不利を打開しながら一気に押し返すことを狙って生徒を動かす。ここまで戦闘を優位に進めてきた三年C組の生徒たちは持ち前の機動力の高さを維持しており、消耗により動きの鈍った一年A組の生徒よりも早く移動を完了させた。
「くっ!」
「一旦下がるぞ、ラウル!」
そしてフィリスたちの狙い通りに、敵味方入り乱れる乱戦の中で現れた増援による攻撃を受けたラウルとユミールは挟撃を警戒し、逃げ場が無くなる前に後退を余儀なくされた。
――それは三年C組にとって、待ちに待った展開である。
ここまで焦らずに、リスクを冒すことなく着実に一年A組を消耗させてきたからこそ生まれた、それ。
だからこそ三年C組の生徒たちが、それを「好機」だと――そう「勘違い」してしまったとしても、誰も彼らを責めることなど出来はしないのだった。