学内大会 決勝戦2 それぞれの思惑
ルカの接近を予想していたエリステラは、詠唱していた魔法をルカに対して放つ。
しかしその魔法は予想されていたアルバリではなく――。
「――スコーチウォール」
「なっ――!?」
詠唱で構えていたエリステラの剣の切っ先から、燃え盛る炎が発せられたことでルカは一瞬驚いたような声を上げる。
エリステラは入学時点で水と風の二属性術士として知られており、それは上級生のルカも当然知る情報だった。そしてこれまでの戦いで、エリステラの最大の切り札は全てを飲み込む大渦を発生されるアルバリという魔法であることも周知されていた。
だからこそエリステラは最後衛でクラスメイトに守られながら、アルバリの詠唱時間を稼いでいるものだと、それはルカのみならず闘技場の観客席で見守るほぼ全ての人間がそう認識していた。
それゆえにエリステラがアルバリではなく、そして本来扱えるはずのない火の魔法を放ったことは、誰にとっても予想外の出来事に違いない。
しかしそうした状況に直面してもルカはさすがの反応速度で瞬時に身をかわし、追撃に備え剣を構えた。
ルカから逸れた火は地面に着弾するとそのまま左右に広がり、二人の周囲を円形に囲むように高く燃え上がる壁を形成する。
長い詠唱時間をかけた魔法だけあってスコーチウォールの効力は非常に高く、無傷で抜けることは術者のエリステラにすら困難という、足止め用としては最上級の魔法となっていた。
「……こうまでして私と一対一で戦いたい、と?」
「私の魔法詠唱だけを止めて、すぐさま向こうに向かわれては困りますから」
「であれば、私だけをこの魔法で捕えれば良かっただろう」
「そうですね……でも何となくルカ先輩は、おとなしく捕まっていてくれるような気がしなかったので」
エリステラは三年C組との戦いに臨むにあたり、最大の懸念事項は乱戦模様に持ち込まれた際のルカの個人技だと考えていた。だからこそルカの機動力と突破力を封じる必要があり、そうして考え抜いた末に今こうして一対一で戦うフィールドを作り上げている。
ルカだけを隔離出来ればそれに越したことはないが、同様のことはそれまでに対戦した三年生のクラスも試みていたはずであり、それらの策略をものともしないからこそルカは学内で最強の地位に立っていた。
そしてルカはルカで、キースとの戦いで苦い敗戦を喫したこともあり、拘束や隔離といった魔法への対策はしっかりと練っている。仮にこのスコーチウォールにルカだけが隔離された場合、少々時間はかかるものの、剣に魔力を集中させて魔法を切り裂くことで脱出することは可能だと言えた。
(何だ……発言は曖昧だけど、こちらの思考を見透かしているような不思議な違和感がある)
最初は一対一という正々堂々とした戦いをエリステラが望んでいるのかとルカは思っていた。しかし実際に相対して見ると、そのような私情を戦いに持ち込むような人間でないことははっきりと理解出来る。
だとすれば今ここに存在するのは、エリステラにとっての確かな勝算なのだろうと、そんなことをルカは思う。
であるならば、ルカが為すべきはただ静かにエリステラの思惑を打ち砕く――ただそれだけに違いなかった。
観客席のキースの隣で戦況を見つめているアランは、興味深そうな雰囲気で口を開く。
「狡猾で、他人を見透かしたような戦い方をする。あれがグラントリス家の末娘か……全く、らしくはないな」
第一騎士団を率いるエジムンド・グラントリスは王道を極めたような戦い方をする、それこそ騎士の理想を体現したような人物として知られていた。
そしてその子供たちも同様に正々堂々たる戦い方で戦果を挙げていることは、アランが常日頃確認している戦闘記録からも読み取れる事柄である。
そんなグラントリス家で生まれ育ったエリステラも、当然そのようにまっすぐな戦い方をする人間として育っているはずだった。
しかしそんな想定は、眼前に広がる学内大会決勝戦としては異様な戦況によって否定されていた。
「あれだけの才能があれば、兄や姉に対して劣等感を持っていたわけでもないだろうに」
「……アラン、何が言いたい?」
「いや何。この短期間であそこまで生徒に大きな影響を与えられるとは、やはりお前の教師としての手腕は俺が見込んだ通りだったという訳だ」
本来であればまっすぐ育っているはずだったエリステラの、その心の奥底に眠っていた僅かな歪み。
その歪みを正すことなく、むしろ肯定し助長させたのは他ならぬキースである。
そしてそんなことは、当然アランには見抜かれているに違いなかった。
「お前が望むような騎士に、彼女がなってくれればいいが」
「それじゃあまるで俺が、生徒たちを自分の好みに合うように育てているみたいじゃないか」
「俺は別にそれでも構わないと思っているがな……。キース、お前の能力を最大限に活用できる指揮官をお前の手で育ててくれるなら、それは人類にとって大きな利益を生むことになるはずだ」
「…………」
キースは個人として見た場合、間違いなく人類最強の存在である。
しかし異端すぎるその能力が故に、騎士団という組織においては扱いに困るというのが現実だった。キースほどの異端を有効に活用する術など、どんな戦技教本にも載っていない。
事実として第十一騎士団に所属していた際にも、その能力には大きな制限と制約がかけられており、キースが十全の能力を発揮することは一度もなかったことをアランは知っている。
キースの全力を知る数少ない存在であるアランは、可能であるならばキースのためだけの騎士団を一つ作り上げたいと考えていた。それだけの価値がキースにはあり、それこそが今の人類が魔物に対抗しうる最短にして最善のシナリオなのだ、と。
もちろんそれは騎士団の人事を貴族院が握っている以上、国王の名代を務めるアランであって容易なことではないのだが。
「正直なところどうだ、キース。お前は彼女……エリステラに指揮官としての可能性を感じなかったか? 最高の道具であるお前を、最高の形で活用してくれる使用者としての可能性を」
「アラン……お前はもしかして最初からそのつもりで、俺をこのクラスの担任にしたのか?」
「まさか。さすがに生徒の能力までは俺も把握していないさ」
「……そうか」
アランの様子からその言葉に嘘はないのだろうとキースは思う。しかし嘘がないというだけで、その裏側にどれだけの思考が巡らされているのかまでは分からなかった。
たとえばアランがエリステラの能力を把握していないとしても、セレーネが把握した上でアランの意図を汲み取り、キースを今の地位に置いている可能性は否定できない。
「――ところでキース、あそこにいる生徒は何をしているんだ?」
「ん? ああ、リンナか」
アランが指さしたのは、一年A組と三年C組の主力が激突している地点とは正反対の、大きく開けたスペースにぽつんと一人たたずむリンナ・リーンベル。
代々優秀な斥候を輩出しているリーンベル家の出身で、本人も感知魔法への高い適性を見せる一方、一人で戦線を突破できるような能力は持ち合わせていない彼女が何故単独で行動しているのか。
キースにはその答えがすぐに分かった。
「アラン、あそこをよく見てみろ。魔法で気配を隠している生徒がいるだろう」
「……! ほう、学生とは思えない見事な隠密行動だな」
事実としてこの決勝戦を観戦している人間のほとんどは、その生徒の存在に気付いてはいなかった。
彼の名前はクリッド。平民出身で、セオリーから外れた独特の戦い方が評価されている三年C組の生徒である。
特に気配を遮断して周囲からの認識を阻害する魔法を用いることで気付かれずに接近し、背後からの一撃で重要なポジションの生徒を倒す動きにより、学内大会のこれまでの試合でもルカの影に隠れつつもクラスに大きく貢献していた。
そんなクリッドをリンナが発見し、お互いに間合いをはかっている状況――そんな斥候志望の生徒同士による静かな戦いは、クリッドが先に動いたことにより幕を開けるのだった。