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決勝戦前の準備

 学内大会最終日となる三日目の朝、一年A組の生徒は自主的に広場に集まってウォーミングアップをしていた。


 決勝戦直前ということもあり軽く流す程度の生徒がほとんどの中、ひときわ目を引くのはラウルとユミールだった。


 二人は模造剣を用いて激しい打ち合いを繰り広げている。模造剣とはいえ当たれば怪我をすることは確実ではあるが、昔からこうして訓練に明け暮れた関係の二人はお互いの実力をよく理解しており、そうした心配は無用と言えた。


 ウォーミングアップとしては激しすぎる打ち合いを終えた二人は、ふと自分たちの剣について思ったことを話し合う。


「……なあラウル」

「どうした?」

「このまま俺たちが二年間剣を振り続けたとして、ルカ先輩に追いつけると思うか?」

「……正直分からない。剣術の成長は必ずしも努力の時間と比例しないだろう? やればやっただけ強くなるというものでもなく、ある日突然コツを掴んで強くなるといった方が実感に近い」

「確かに。師匠もよく降って湧いた幸運とか言ってて最初はよく分からなかったけど、ラウルと十年くらい剣を振り続けて、追い抜いたり追い抜かされたりを繰り返していると、だんだんそういうものだと分かってくるからな」

「ああ。そういう意味では、成長が実感できない状況でも剣を振り続けて幸運を掴む準備をしていた人間の中で、一部の人間だけがたどり着ける境地……ルカ先輩はそこに達していると見て間違いないだろう」

「一部の人間だけが、ねぇ……」


 それはユミールにとって、一部の人間とはどういった人間なのかという疑問が残る部分だった。仮に先天的に才能を持って生まれた人間だというのであれば、それはどうやって見分けるのか。どこで区別されるのだろうか、と。


 ラウル・オリオールとユミール・ファブレスク。どちらも南東にあるジョンストン領の侯爵家に生まれ、騎士団で千人長まで出世し大隊長として退役まで最前線で生き抜いたパトリック・エデン伯爵を師として剣術と魔法の腕を磨いた。


 これはこの上なく恵まれた生まれと環境だったとユミールは自覚しており、そんな中で育った自分たちには立派な騎士となり人類を救う責任があると考えていた。


 そんなユミールにパトリックは常々、ある一定レベルより強くなれるかどうかは「降って湧いた幸運」に因ると語っていた。それは数々の戦場を経験してなお生き残ったパトリックにしか分からない感覚だったのかも知れない。


 人の生と死を分けるライン、生を勝ち取るために必要な強さ。そうしたものは幸運によってこそ得られるものであるというのがパトリックの哲学だった。


 けれど自分の血筋も環境も、先天的に得られるものの中では限りなく幸運に恵まれたものだと考えていたユミールには、パトリックの言葉の本当の意味が理解出来ないでいた。


 ――すでに幸運に恵まれた自分は、このまま努力を重ねていけば強くなれるのだ。


 そう信じてここまで歩んできたのがユミールである。しかしその思いが、王立騎士学校に入学して以降揺らぎつつあったのもまた事実だった。


 一方のラウルは、パトリックの言葉の意味を常に考え続けてきた。時にそれは迷いを生み、ラウルをスランプに追いやることもあった。しかしそんな短期的に見れば無駄とも思える思索が、将来いつの日か役に立つかも知れないという考えがラウルにはあったのである。


 ――本物の戦場を長年生き抜いてきたパトリックの言葉には、何か大きな意味が隠されているはずだ。


 パトリックが本当に伝えたかった幸運の意味は今でも分からない。しかしこのまままっすぐ歩いているだけでは、ルカのような異質の強さを得ることは出来ないのだと、不思議とラウルはそう実感していた。


 それこそ何かしらの降って湧いた幸運がなければ、その高みに至ることは出来ないのだ、と。


 ラウルは一呼吸置いてからユミールに言う。


「――だが、今の俺たちは師匠が言っていた幸運を、もしかしたら掴んでいるのかも知れない」

「……ラウルもそう思っていたのか」

「ああ。俺たちよりも恵まれた生まれと環境で俺たち以上の努力を重ねてきたエリステラ。そしてそのエリステラでさえ全く届かない遥か高みに位置しているキース先生……この出会いは、きっと俺たちが今まで以上に強くなるための鍵だと思う」

「それにクラスの他の連中も今じゃ入学当時とは別人だからな。先生が一体何者なのかも気にならないわけじゃないが、俺たちが強くなれるんだったらそんなのは正直どうでもいい」

「何にせよ、今日の決勝戦で勝てば何かが見えてくる……根拠はないが、俺はそんな気がしてるよ」


 ラウルのその言葉に、ユミールは沈黙を返すことで同意するのだった。




 試合前の準備時間、闘技場の控室には昨日までにはなかった荷物が大量に置かれていた。


「先生、この荷物は一体何ですか?」

「口で説明するより開けてみた方が早いだろう。各自開封してくれ」


 生徒たちは自分の名前が書かれた荷物を手際よく探し出すと、それぞれ開封して中身を確認していく。


「これは……服?」

「ああ。そこには騎士団の正式装備一式が入っている。お前たちにはそれを着て今日の決勝戦を戦ってもらう」

「え、いいんですか……?」

「いいも何も、決勝戦はそういう決まりだからな」


 伝統的に決勝戦では両チームが騎士の正式装備を着用して戦いに臨むことになっている。とはいえ事前にわざわざ説明されているようなことではなく、当然ながら一年生たちにはその事実が伝わっていなかった。


 正式装備を着た上級生同士の決勝戦を観戦した一年生たちに、いつかは自分たちもと奮起を促すといった意図が込められた伝統であり、これは王立騎士学校が設立された当初から続いているとも言われている。


 生徒たちにとっては憧れである騎士の正式装備。それを着て戦えるという栄誉に、感動と困惑が入り混じったような複雑な反応を見せる生徒も多かった。


 そんな生徒の一人であるエリステラは静かに瞑目すると、落ち着いた声で一つの決意を口にする。


「……この服を着て戦うからには、負けられない」


 それは誰に言うでもなく呟かれた独り言。騎士団長の娘として育ったエリステラは、その服が持つ意味と誇りを誰よりも深く理解していた。


 そして何より、その服を着て敗北することの意味も――。


「服でお前たちの実力が変わるわけでもないが、士気が上がったなら僥倖だ。それでは各自着替えて試合時間まで調整するように」

「はい!」


 キースの淡々とした普段通りの言葉に、少なからず緊張していた生徒たちはどこか安心したような雰囲気で一斉に返事をするのだった。




 観客席で決勝戦が始まるのを待つキースの元に、帽子とサングラスを着用した男性が近づいてくる。


「キース、隣いいか?」

「……アラン」


 カジュアルな服装に帽子とサングラスで変装をしているとはいえ、アランと長い付き合いのキースは簡単に正体を見抜き、どこか呆れたようにその名前を呼んだ。


「一体何を企んでいるんだ? 初日といい、本来王子であるお前が学内大会に顔を出す必要なんてないだろう」

「くくく……つまりすでに本来とは異なる状況になっている、ということだ」


 持って回ったようなアランの言い回しに、キースは小さく嘆息する。


 様々な方面に暗躍するアランの企みを見抜くことなんて、誰にも出来るはずがないことをキースは知っていた。それは自分にはない政務に関するアランの能力を高く評価しているからこそである。


「ここに来たのは暇だから、というわけではないんだよな?」

「ああ、無論だ。とはいえ俺の方の仕込みはすでに終わっている……これは今後の計画に向けた重要な視察だよ」

「視察?」


 貴族院と異なり、騎士の人事権を持たない王子が学生の実力を測る学内大会を視察することに、一体何の意味があるというのだろうか。


(何か重要な前提を見落としているような気がするが……さすがに分からないな)


 キースは少し考えるが、やはり答えは出ない。賢者とはいえ政務やそれにまつわる権謀術数に関しては専門外なのだから、それは仕方がないことだと言えた。


「しかし聞くところによると、この決勝戦は三年C組が勝つだろうという予想が大勢を占めているようだが、お前のクラスに勝算はあるのか?」

「無傷で決勝まで勝ち上がった時点で実力はある程度示しているつもりだったが……やはり学内連中の凝り固まった考えをひっくり返すにはまだ足りないか」


 アランがどこの誰から話を聞いてきたのかは分からないものの、事実として依然三年C組が優勝候補として扱われていることは間違いなかった。


 様々な戦術を駆使しながら勝ち上がってきた一年A組に対し、どんな相手にもシンプルな強さを見せつけて危なげなく勝ち上がってきた三年C組には、まだまだ奥の手が隠されていると考えられることもその理由である。


「ほう、つまりキース、お前はこの一戦で学内全体の考え方をひっくり返すつもりなのか?」

「何を今さら……アランとセレ姉がそれを俺に望んでいるんだろう?」

「くくく、お前は本当に優秀な人材で助かるよ」


 そんな風に笑うアランを相変わらず食えない奴だと思いながら、キースはそろそろ入場してくるであろう生徒たちを静かに待つのであった。


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