確かな自信
「これより準決勝第一試合、三年D組対一年A組の試合を行います。代表者は前に」
この試合の審判を務めるバラックは、生徒から鬼教師と呼ばれる日ごろの授業中通りに厳しい表情でそう告げる。
三年D組の代表者は青みのかかった銀色の短髪が特徴的なリチャード・カーツ。彼はずば抜けた戦技教科の成績が示す通り戦術理解度が高く、戦いにおいても優れた作戦指揮を行うことで知られていた。
バラックの授業のみならず、各騎士団の戦闘記録をも貪欲に読み漁って知識を深めており、実際に戦闘で用いられる作戦の種類は百を超えるとも言われる。
そんな彼の巧みな用兵によって三回戦での被害も最小限に抑えられており、準決勝に参戦しているのは十八名。実力が近い三年生同士の激戦を勝ち抜いてきた上でこれだけの戦力を残していることからも、クラス全体の高い実力もうかがい知れた。
一方エリステラ不在の一年A組は二十九人と、それでも数の上では優位に立っている。
「一年A組のこれまでの戦いはどれも素晴らしかった。だからこそどちらの用兵が上か、この場で確かめてみたかったのだが……」
「…………」
一年A組の代表者としてエリステラの代わりに前に出たのは、クラスではあまり目立たない、成績も全てにおいて平均的な生徒のエッジだった。
言外にエリステラと戦いたかったと語るリチャードに、エッジは愛想笑いを浮かべながら沈黙を返す。
(いやぁ、そりゃ俺だって自分にエリステラの代わりが出来るなんて思ってないからなぁ……)
そんな風にエッジは失望されるのも仕方がないと考える。そもそもエリステラが作戦会議で指揮官にエッジを据えると提案したときも、エッジは自分には無理だと強く拒否していた。
「エリステラの代わりだったら成績上位のラウルとかユミールでいいじゃないか!」
クラス全員の前ではっきりとそんな言葉をエリステラに返したが、しかし剣術に優れるラウルやユミールは前衛に置く必要があり、最前列で戦いながら全体に的確な指示を与えることは非常に困難だと説明されたことで、エッジは仕方なく指揮官という重責を担うことになった。
エッジ自身も、自分であれば前衛や中衛から一人抜けても穴埋めが出来るという理由で選ばれたのなら、確かに納得出来る話ではあった。
とはいえ「自分のせいで負けたらどうしよう」といった不安がギリギリのところまでエッジを追い込んでいたのも事実である。だからこそエッジは試合前に、キースの元を訪ねた。
そうしてキースに不安を打ち明けたエッジは、しかしその場で意外なことを言われる。
「自分なら一人抜けても代わりが効く、か。面白い発想だな。だがそれは事実とは大きく異なるはずだ」
「え、何が違うんですか?」
「全部だ。まずお前たちは誰が抜けても戦力ダウンは避けられない。だからこそそれを補うために、指揮官は戦局を見て柔軟な指示を出す必要がある。言い換えれば、指揮官さえしっかりしていれば多少の戦力ダウンは問題にならないということだ」
「……?」
「つまり、エッジ。お前が一番指揮官として優れているからこそエリステラに選ばれた。これはただそれだけの話だよ」
「いや、だってエリステラはラウルやユミールは前線から下げられないからって――」
「それはラウルやユミールを指揮官に選ばなかったことを二人に納得させるための理由だろう。二人には指揮官としての能力が不足しているなんてことを言って、試合前に士気を下げるわけにもいかないからな」
「…………」
「そもそも十人以上人数で勝っている時点で、今のお前たちが力押しで崩されることは考えにくい。じりじりとした戦況の中で、相手はここぞという場面で何かしらの策によって崩してくるに違いない。そうであれば優先順位は指揮官の方が上だろう。つまりエリステラは二十九人の中から、一番優れた指揮官を選ぶはずだ」
「いや、でも、俺は何も得意なことなんてない器用貧乏で……」
「お前が自分のことをどう考えるかは結局お前次第だが……二か月間の指導の中で一番多くエリステラとチームを組み、その戦術を肌で体感してきたお前になら指揮官が務まるはずだと、あいつはそう考えたのかも知れないな」
「……先生は」
「ん?」
「先生はどう思いますか? ……俺に、エリステラの代わりが出来ると思いますか?」
「エリステラの代わりが出来るかと言われれば無理だろうが、指揮官として次の試合でクラスを勝利に導くくらいの作戦指揮なら充分に可能だろう。何せお前の万能さはクラスでも随一だからな、何をやらせたって期待通りの仕事をしてくれるはずだ。……さて、そろそろ控室に戻った方が良いんじゃないか?」
指揮官としてエッジがクラスを勝利に導くなんて、果たしてそんなことが本当にあるのだろうか。エッジはそんなことを考えながら、同時にキースが気休めを言わない人間だということを思い出す。
だからこそエッジはキースに助けを求めた。キースがお前には無理だと言ってくれたなら、クラスのみんなだって納得してくれるはずだから。
しかし、それでも――もし、キースがお前になら出来ると言ってくれたなら?
そしてエリステラが自分を指揮官に置いたのは、決して消去法なんかではないのだとしたら?
そんなことを考えながら、代表者の挨拶を終えてクラスの元に戻ったエッジは小さく呟く。
「……俺はもう少し、自信を持ってもいいのかも知れない」
「……? エッジ、何か言ったか?」
「いや、何でもない。こっちの話だよ」
「……?」
呟きを微かに聞いたベラミーはエッジに尋ねるが、エッジの要領を得ない返事を聞いて不思議そうな表情を見せた。
エッジが自信を持つかどうかというのは、結局のところ本人の心の問題でしかない。そしてそれによってエッジの実力が突然大きく伸びるわけでもないことは、エッジ自身もよく理解している。
自信を持ったからといって今すぐエリステラを超えられるわけではなく、その代わりが果たせるようになるわけでもない。
それでも自信を持たないせいで、本来出来ることを出来ないと思い込んで自分の実力に蓋をしてしまっては、勝てる相手にも勝てなくなってしまう。
そして現在のエッジは、クラスの指揮官という出来るかどうか分からないことへの挑戦を求められていた。
やるしかない――そんな状況に置かれた自分を奮い立たせ、心を支えてくれるものこそが自信に違いない。
そんな風にエッジが考えていると、ふと隣にいるベラミーのことが頭によぎった。
ベラミーはいつだって自分に確かな自信を持っているかのように振る舞う。そしてそれは決して強がりなどではなく、確かなものに裏打ちされた自信であるように見えた。
実際ベラミーの入試成績は上位であり、実力的にもクラスの中ではエリステラ、ラウル、ユミールに次ぐ位置の生徒の一人である。
平均的な生徒のエッジからすればベラミーが自信を持つことは当然のように思っていたが、しかしそんな彼にも明確に格上である生徒がいることも事実に違いなかった。
「そういえばベラミーって自信家だよな」
「は? いや試合前に何だよ急に……まあ、自信が無かったら最初から最難関の王立なんて目指さないだろ?」
「それはそうかも知れないけど、周りを見て自信を無くすこととかないか?」
「あるように見えるか?」
「見えない」
「だったらそれが答えだよ。地方でお山の大将をしているだけじゃ満足できないから、格上がいることも承知でここに来た……そうだろ? 俺も、お前も」
「……ああ、そうだな」
平民出身のエッジと、貴族出身のベラミー。
二人は全く異なる道を歩んできたようでありながらも、最終的にはこの王立騎士学校を志したという点においては間違いなく同類だと言えた。
「なになに、何の話?」
「負けてやるつもりはないって話だよ、グラハム」
「そんなの当たり前じゃん。絶対勝とうな!」
話に混ざってきたグラハムは、底抜けに明るい雰囲気でそう言った。クラスのムードメーカーで時に能天気な振る舞いも見せるグラハムだが、そんな彼もまたエッジやベラミー、そしてその他の生徒と同じく王立騎士学校を志すに至った人間であり、その心には強い信念が秘められているに違いなかった。
上級生も同級生も、格上なんて腐るほどいる。それでも誰にも負けてやるつもりはないから、今自分たちはここにいるのである。
そうした自負ことがベラミーの自信の正体であると気付いたエッジは、小さく笑みを浮かべる。その表情は、確かな自信を感じさせるものに違いなかった。