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闘技場の医務室

「軽度の魔力欠乏状態ですね。もう少し安静にしていれば目が覚めるとは思いますが……」


 エリステラが運ばれた闘技場の医務室で一年A組の生徒たちが心配そうに見守る中、エリステラを診断したアクリスは少し語尾を濁すように言ってキースの方を見る。


 その言葉を自分の口から生徒たちに伝えていいのか迷った様子のアクリスに気付いたキースは、代わりにその事実を生徒たちに伝えた。


「準決勝でのエリステラの出場は認められない、ということだ」


 エリステラは三回戦で多大な魔力を消耗するアルバリを放っただけではなく、長時間にわたり高い強度の魔法障壁を張って三年生の攻撃魔法を防ぎ続けるなど、多岐にわたる活躍を見せた。


 しかし三属性術士(トリプル )になったとはいえ、術士としてはまだ成長途中のエリステラにとって、それは過剰な魔力の行使に違いなかった。


 戦力としても指揮官としても一年A組には欠かせないエリステラだが、そんな無理がたたったこともあり、数時間後に迫った準決勝への出場は認められないというのがアクリスの判断である。


「えっ、そんな!?」

「準決勝を、エリステラ抜きで……」


 キースから告げられた事実に、当然ながら生徒たちの間には動揺が広がった。


 ここまで一年A組が快進撃を続けてこれたのは、エリステラの優れた作戦指揮があってのことだということはクラスの全員が理解している。エリステラの戦術眼が相手の戦い方を見透かし、事前に対策を準備した上で臨機応変な指示を出していたからこそ、実力で勝る上級生を相手にこれだけの戦果を挙げることが出来たのだ。


 一年A組の生徒たちは全員が成長して強くなったが、正面から素直に戦って三年生に勝てるほどの実力はまだ備わっていない。それは本人たちが一番よく分かっていることだった。


 キースはそんな生徒たちが次の準決勝に向けてどのように立ち直り、そして準備していくのかを見守るつもりで沈黙を貫く。


 そうしてしばらく時間が流れると、エリステラが小さく呻き声を上げて目を覚ました。


「ぅ……ん……あ、れ……私は、どうして……」

「エリステラ!」


 歓喜の声を上げる生徒たち。エリステラは魔力酔いによる頭痛に頭を押さえながらも、ゆっくりと体を起こす。


「エリステラさん、まだ無理はダメです」

「アクリス先生……? ああ、そういうことですか……」


 アクリスがこの場にいることから、エリステラは魔力欠乏状態となった自分の状況を把握する。


 目が覚めたときに目の前にアクリスの姿があるというのは、この二か月の間に数えきれないほど経験してきたことだった。


「残念なお知らせだが、エリステラ。準決勝はお前抜きで戦うことになった」

「えっ……? そんな、私は戦えます!」

「確かに戦えるのかもしれないな」

「だったら!」

「だがその場合、お前たちは準優勝で終わることになるだろう」

「それは……」


 キースの指摘に、エリステラは言葉を詰まらせる。実際それは正しい現状分析に違いなかった。キースはそのまま続ける。


「その状態でこれ以上無理を重ねれば、明日の決勝に万全の状態で臨むことは出来なくなる。そしてその場合決勝で勝利することはおそらく不可能だ……それはお前自身が一番よく分かっているんじゃないか?」

「……そのとおりです」


 エリステラには学内大会の優勝を目指すクラスの指揮官として、確かな責任感がある。だからこそ自分の意地で現状認識を捻じ曲げるようなことはしなかった。


 キースの指摘は正しい。エリステラが準決勝に出場すれば、確かにその試合は勝てるかも知れない。しかしそこでさらに消耗すれば、明日の決勝は満身創痍で臨むことになるだろう。


 そしてそうなった場合に、おそらく勝ち上がってくるであろうルカ・リベット率いる三年C組を倒す術はおそらく存在しない。


 それが分かっているからこその肯定。そしてそれは、エリステラ自身が準決勝の欠場を了承したことと同義だった。


「……次の対戦相手は?」

「試合中だ。今リンナたちが観戦している」


 そうして即座に思考を次の試合に向けて切り替えたエリステラは、他の生徒たちと相談しながら少しずつ手持ちの判断材料を整理していく。


 そんな中で、同じ医務室にいた三年I組の生徒が一人キースに近づいてきた。


「キース先生……少しだけお時間を頂いてもよろしいですか?」

「サローナ・ネフティスか……いいだろう」


 声をかけてきたサローナには、キースに準決勝前の大事な時間を取らせることへの遠慮も感じられたが、そんな遠慮を押しのけてさえもキースに声をかけたいというある種の覚悟が見て取れた。


 しかし試合前の時間とはいえ、実際にキースが忙しいかといえばそんなことはない。そもそも学内大会においてキースが生徒たちの戦い方に口を出したことはこれまで一度もなかった。


 そんなキースが今ここにいるのは昏倒したエリステラの付き添いのためである。それはクラスの担任としての責任範囲だからであり、今ここで何か特別な用事や役割があるわけでもない。エリステラが目を覚ましたのであれば、キースはこの場を離れても問題はないと言えた。


 サローナはセレーネの従妹ではあるが、明るく面倒見の良かった学生時代のセレーネと比べると、大人しく落ち着いた雰囲気の生徒である。とはいえ品のあるたたずまいは共通していると言えた。


「それでは少し場所を変えても構いませんか?」

「ああ……アクリス先生、あとは頼みます」

「了解です。……エリステラさん、頭痛が治まるまではもう少しだけ安静にしてください。元気な皆さんは一旦控室に――」


 サローナがそう言うので、キースはアクリスに生徒たちのことを頼むと、先導する彼女についていくのだった。


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