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学内大会 二回戦

 少し遅めの昼休憩を終え、学内大会初日午後の部が始まる。


 一年A組の二回戦の相手である二年D組は、一言で表すなら基本に忠実なスタイルのクラスだと言えた。


 一年A組のエリステラのような突出したエースはいないが、総合力が高くバランスの良い生徒が揃っている。


 同程度の実力を誇る二年生同士の死闘を制して勝ち上がってきただけあって、戦術の完成度も高い。


 しかし――。


「――それはあくまでも、全員が揃っていたらの話です」


 試合前のミーティングでそう語るのはエリステラだった。エリステラの言う通り、二年D組は一回戦の死闘で半数近い生徒が戦闘のダメージで昏倒しており、昼休憩を挟んだとして戦闘に復帰できる人数はそう多くない。


 一年A組の三十人に対して、二年D組で二回戦に参加できるのはおそらく十五人程度だろうと予想された。


「つまり欠員がいるからどうあがいても相手の戦力のバランスは崩れる、ってことだな」


 ユミールはそう言って得意げに笑みを浮かべる。


 それは一年A組にとって朗報に違いない。そもそも人数自体も倍ほどの差があり、いくら実力に勝る上級生が相手といえど状況自体は有利だと言えた。


「俺たちが有利には違いない……が、さっきすれ違った二年D組の先輩たちはそう思っていないようだったな」

「自信満々というか、絶対に勝ってやるって感じでギラギラしてたよね」


 ラウルの発言にフェリが同意する。


「まあ本来は私たち一年生じゃなくて、三年F組が勝ち上がってくる想定だったんだから、それよりはマシって思ってるんじゃないの?」

「……今日勝てたら、明日には復帰できる生徒も多い」


 セリカとリンナはそんな風に二年D組の思惑を測る。


 実際その予想は正しく、一回戦を勝ち抜いた二年生は人数が欠けた状態で、ほぼ無傷の三年生に当たって敗退するというのが学内大会での慣例となっている中で、実力で劣る一年生が勝ち上がってきたというのは二日目への望みを繋ぐチャンスに違いなかった。


 そして二年D組の立場からすれば、一年A組は事前情報にない奇策がはまってまぐれで勝ち上がってきただけと見えなくもないのである。


「つまり俺たちは舐められているってことか?」

「まあ侮ってくれる分には都合がいいけど」


 自信家のベラミーはそう言いながら少し眉をひそめるが、エッジは相手が実力を見誤ってくれる分にはありがたいといった表情を見せる。


 そうしてそれぞれを意見をまとめながら、エリステラは戦術面の話を進める。


「状況として私たちの有利は揺るぎませんが、人数で劣る二年D組はその不利をひっくり返すために、何かしらの策を打ってくるはずです。そしてそれは人数が少ないことで連携が容易になるという利点を生かしつつ、人数差の不利を受ける正面衝突を避ける形だと考えられます。いくつか実例を挙げると――」


 エリステラの説明を真剣に聞く一年A組の生徒たちだったが、その内容はどれもキースの指導で事前に教えられていた戦い方ばかりだった。


「もしかしてキース先生って、この状況を予想してたのかな?」

「そりゃまあ二回戦はどうあっても手負いの二年生と戦うことになるわけだし?」


 フェリの言葉にセリカはそう言って同意するが、その言葉を聞いたエリステラはキースを意図を補足するように続ける。


「予想自体はしていたと思いますが、先生はそういった目先の対策を重視するタイプではないでしょう。あの指導も戦い方の知識を増やすことは手札を増やすことであり、適切に選択すれば勝利に近づくという、あくまでも普遍的な実力向上に繋げるためのものです。そして先生は常々こうも言っていました……戦闘にイレギュラーは付き物だ、と」

「確かにその言葉はよく聞いた気がするな」

「ええ。いつだって万全の状態で戦えるわけではなく、そうしたイレギュラーに対応する能力も優秀な騎士には求められる、と。そういう意味で言えば、この二回戦は人数が欠けた二年D組が繰り出すイレギュラーな戦術に、正しい手札を選択して対応する能力が試されるはずです」


 キースのチョーカーによって本来出来る多くのことを封じられた状態で短くない期間を過ごしたエリステラには、その重要性に確かな実感が伴っている。


 同時に、多くの手段を奪われた状態にあってもなお狡猾に勝つための最善を追い続ける敵というのは、相手にすると実に厄介な存在であろうことも理解していた。


 そしてそれは学内大会だけの話ではなく、魔物との戦いでも同じことが言える。戦場ではいつだって狡猾に人間の命を脅かしてくるのが魔物という存在なのだから。


 何にせよ、この短い期間でキースはすでに一年A組の生徒たちに必要な知識を授けている。あとはその知識を有効に活用できるかどうか。次の戦いではそれが試されることは間違いないと、そんな言葉でエリステラはミーティングを締めくくった。




 挨拶を終えた両クラスが陣形を組んだことを確認して、審判を務める教師が試合開始を告げる頃合いを見計らっていた。


 一年A組は一戦目同様に前衛と中衛を厚めにし、後衛にエリステラら数名を配置した基本的な陣形を選択している。


 一方の二年D組は人数が大きく欠けていることもあり、かなり前のめりで歪な陣形となっていた。


 そんな双方の様子を見て、少ない休憩時間を使ってキースの元にやってきたアクリスが口を開く。


「二年D組はエリステラさんの魔法に付き合うつもりはないみたいですね。しっかりと前衛に張り付いていれば、味方を巻き込むような大きな魔法はいくらエリステラさんとはいえ簡単には撃てませんから」

「そうだな。とはいえ二年D組があの人数で勝機を見出そうとするなら、おのずと前がかりになったのだろうが」

「んー、でもそれが分かっていたなら、一年A組は人数の有利を生かしてそれに対応する陣形を取っても良かったのでは?」

「確かにそういう考えもあるな。とはいえそれが相手の思う壺ということもあるかも知れない。それだったら一戦目と同じ戦い方をするように見せかけて、相手の戦い方を誘導した方が戦いやすいということもあるだろう。そもそも奇策同士では戦況がどう転ぶか予想しづらいからな」


 元々有利なのは一年A組なのだから、前がかりになった相手との乱戦というハイリスクな戦いは避けた方が無難なのは間違いない。


「一年生でそこまで考えているんですか……?」

「俺が育てた生徒たちなんだからそれくらいのことはするだろう」


 キースはそう当たり前のように言ってのける。ちなみに周囲に生徒の姿はないので、仕事中ではあるがキースは普段通りの口調でアクリスと話していた。


「……というかアクリス、ちゃんと休まなくていいのか?」

「だから今こうして休んでいるんですよ」


 元々体が弱くて騎士になることを諦めたアクリスは、朝から試合の度にあちこち駆り出された結果、疲労が目に見える状態になっている。


 王都に常駐する騎士の手も借りているが、それでも試合数と昏倒者が多い初日は特に救護班の人手が不足していた。


 とはいえそれも毎年のことであり、すでに何年も経験しているアクリス本人が問題ないと言うのであれば、キースにはそれ以上言えることもない。


「――試合始め!」


 そうこうしているうちに試合が開始される。


 一年A組の生徒は基本に忠実に土魔法で遮蔽物を構築したり、魔法障壁を張ることで相手の魔法による中衛や後衛の被害を防ぐようにする。


「――クリエイトウォール」


 それを見た二年D組の生徒は、同様に土魔法で人間の身長よりも少し高い壁を構築する。初歩の初歩と言える魔法だけにほんのわずかな時間で詠唱自体は完了するが、しかしその壁が構築されたのはお互いの前衛の中間地点だった。


「あれ、接近戦を挑みたい二年D組があんな壁を作っても邪魔なだけなのでは? 仮に時間稼ぎだとしても、土壁を壊すくらいなら一年生でも一瞬でしょうし……」

「つまりその一瞬だけ相手の視界から消えられれば充分ということだろうな」


 疑問を抱くアクリスに対して、キースはそんな説明になっていない言葉を返す。


「――ディープミスト」

「――フォローウインド」


 続くように水魔法で二年D組側に出現した濃霧が、風魔法によって戦場全体を覆うように広がっていく。


 そして一見ただの壁に思われたが二年D組側だけは緩やかな坂となっており、二年D組はそれをジャンプ台として追い風に乗るような形で、一年A組の前衛を飛び越えて一気に乱戦模様へと持ち込んだ。


「ほう……事前に練習していたわけでもないだろうに、連携が完璧で一切の無駄がないな」

「完璧な奇襲……」


 キースすらも感嘆するような二年D組の動きは、霧によって観客席の多くの人間からは見えないことだけが惜しまれるほどに洗練されたものであり、激戦を勝ち上がってきた確かな実力を示していた。


 ちなみに能力であれば一流の騎士にも引けを取らないアクリスは、観客席から二年D組の動きを追うことが出来た数少ない人間である。


 そのアクリスから見ても完璧と言える奇襲。まだ入学して三か月の一年生が、視界の閉ざされた中で連携を取りながら対処するのは、間違いなく困難な状況。


 そんな中で、誰よりも早く動き出した一年A組の生徒――それがリンナだった。


「……熱源感知――マーキング」


 代々優秀な斥候を輩出してきた家系に連なるリーンベル家の出身であるリンナは、敵を探知することに関しては非常に高い能力を誇っている。


 そして今のように霧で視界が閉ざされたりといった特殊な状況の戦いにおいて、味方に敵の位置情報を知らせることも斥候の重要な役割だった。


 リンナは敵にある程度接近すると、マーキングと呼ばれる独特の光を放つ小さな球体を次々に二年D組の生徒に付けていく。


 そして――。


「――アクアレイ」


 最後方で剣を構えながら魔法を詠唱していたエリステラは、その切っ先を一つの光点に向けるようにして狙いを定めると、放った魔法は一筋の線となって超高速で相手を一人撃ち抜く。


 視界がない中、味方が精確に魔法で撃ち抜かれたことでマーキングという魔法の意味に気付いた二年D組の生徒たちは、光を遮ったり術式を解読して打ち消そうと試みるが、なかなか上手くいかない。


 それもそのはず、一切の威力を持たずにただ特殊な光を発して位置を知らせるだけという魔法が必要になるような特殊な戦場で、確実に役割を発揮するために作られたマーキングという魔法は、他のどの魔法よりも複雑怪奇な術式をしており、妨害や打ち消しに対しては非常に強い耐性を持っていた。


 そうこうしているうちにエリステラ以外からも魔法が絶え間なく浴びせられ、一人、また一人と二年D組の生徒たちが倒れていく。


 霧で相手の連携を阻害しつつ、五感強化魔法で感知能力を強化しながら有利な接近戦を挑むという作戦だったが、現時点ではまだ一人として戦果を挙げられていない以上、奇襲は完全に失敗していると言えた。


 そもそもどの系統の魔法が上手く扱えるかは、個人の生まれ持った資質に強く影響される。キースやアクリスのように霧の中で遠くを見ることが出来るほどの五感強化魔法を扱える人間は、そういった意味ではそもそも限られていた。


 そして五感強化魔法の資質が高い人間は、直接戦闘に関する魔法が苦手な傾向が見られるということもあり、二年D組の中でこの状況に対応できる生徒は一回戦の激しい戦闘でその多くが離脱していた。


 そんな様子を観客席から見ていたキースは、冷静に状況を分析するように言う。


「動きと発想は良かったんだが……その手の分断と各個撃破は、うちのクラスの指揮官が最も得意とする戦術だけあって、残念ながらお見通しだったようだな」

「そうなんですか? 私はてっきり、エリステラさんは正々堂々、王道を歩むような戦い方を得意としているんだと思っていましたが」

「それは得意なのではなく、それで勝てる自分の能力に甘えているだけだろう。自分一人で戦うならともかく、自分より能力の劣る大勢を率いる指揮官となる人間がそれでは困るんだよ」


 だからこそエリステラは日頃の指導でもクラスのワースト3とされるフェリ、セリカ、リンナの三人と組む機会を多く与えられ、試行錯誤を重ね続けてきたのである。


 自分たちが相手の立場だったら、何をされるのが一番困るだろうか。そんな風に弱者の戦い方を知ることは、強者の戦い方を知ることでもあった。


 一年A組の生徒たちは、マーキングの光を放つ敵からは徹底して距離を取るように動いている。二年D組が視界の悪い中での近接戦闘を望むのであれば、それを徹底的に拒否するように戦うのが一年A組の戦い方だった。


 相手の得意な領域で戦う必要はどこにもないと言わんばかりに、ひたすらに反撃の機会を削ぎ落し続けている。


「何にせよこうなると二年D組は周囲を包囲されて、逃げ場もなく魔法の集中砲火を受けて壊滅するしかないだろうな」

「ええ。しかも土魔法で作った地形に隠れたり高低差を使ったり、万が一にも相手からの闇雲な反撃を受けたり同士討ちが起きないように徹底されていますね……まさか一年生でここまで鮮やかな戦術が実践できるなんて」

「アクリス先生に迷惑をかけた分くらいは生徒たちにも成長してもらわないとな」

「私が迷惑を被っているのはキース先生のせいだと思いますけど。……まあ、これだけのものを見せられたら何も文句は言えません」


 普段医務室に運び込まれてくる生徒たちの姿しか知らないアクリスは、その成果の結実を目にしたのは今が始めてであり、大きな衝撃を受けている。


 そうして試合は霧の中で確実に進行していき、霧が晴れて観客たちが状況を把握出来るようになった頃には、すでに全員が昏倒した二年D組と、またしても無傷で勝ち上がった一年A組の姿がそこにはあった。


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