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学内大会 一回戦

 魔法的な仕切りによって四つに分けられた闘技場の一区画で、一年A組の生徒たちは横一列に整列して三年F組の生徒たちと相対していた。


 周囲の観客席には試合のない生徒たちの他、貴族院や騎士団の関係者など多くの姿が見受けられる。


 これから行われる四試合の中で、観戦者たちが特に注目しているのが三年F組のヴァング・へランドという生徒だった。


 火と土の属性を操る二属性術士(ダブル)で、彼の高い破壊力を誇る戦術級の魔法は現時点でも大型の魔物を単独で撃破可能との評判である。


 総合的な成績ではルカ・リベットに劣るものの、こと魔法の扱いに関しては三年生でも最上位に位置しており、エース級の術士としてどの騎士団からもその能力を渇望されている逸材だった。


「それではこれより学内大会第一試合、三年F組と一年A組の試合を行います。代表者は前に」


 審判を務める教師の号令により、エリステラとヴァングが一歩前に出て握手を交わす。


「よろしくお願いします、ヴァング先輩」

「……ああ、よろしく」


 これから試合が始まるというのに緊張する素振りすら見せず、むしろ確かな自信を覗かせるエリステラに、ヴァングは一瞬驚いた表情を見せた。


 何故ならこれから行われるのは試合と呼べるようなものではなく、実力上位者である三年生による一方的な蹂躙だとヴァングは認識していたからだ。事実ヴァングが一年生のときはそうだった。


 為す術もなく、ただ三年生の術士が詠唱する戦術級の魔法が放たれるのを待つだけの、一年生からしたら避けようのない災難としか言いようがない行事。


 次に目覚めたときには学内大会はすでに終わっており、自分は寮の自室のベッドで数日間眠り続けていたことを知るという絶望。


 そんな学内大会という行事に一年生を参加させる理由は、言ってしまえばふるい分けであった。実際この場で三年生の圧倒的な実力を見せつけられ、その恐怖や絶望に心が折れて学校を去る生徒は毎年数十名にも上る。


 騎士学校の授業にも慣れ、慢心が顔を覗かせたところでそれを完膚なきまでに叩き潰すのが学内大会だった。


 そうして圧倒的な力を持つ相手への恐怖を克服し、それでもなお前に進もうとする者だけが騎士となれるのである。


 ここに並ぶ三年F組の生徒は二十五名。つまり五人はすでに学校を去っていた。


 しかし言い換えれば、今残っている二十五名はそうした恐怖や絶望を不撓不屈の精神で乗り越えてきたからこその精鋭なのである。


「……その高潔さは惜しいが、だからこそ俺たちが手を抜くわけにもいかない」


 握手を終えて試合前の準備時間で隊列の最後尾に構えたヴァングはそんな風に小さく呟く。


 実力上位者との試合を前にしても怯えを一切見せない、高潔な精神を持つエリステラ。


 ――願わくば、その心が折れることのないように。


 そうしてヴァングは一瞬瞑目すると、雑念を振り払って精神を戦いに向け集中させる。


「それでは試合……開始!」


 審判のその合図とともに、両陣営の生徒たちは大きな声を上げながら戦線を上げようと全力で駆け出す。


 三年F組が取る陣形は敵の浸透を防ぎ、確実に戦線を維持していく守備重視のものだった。そうして被害を出すリスクを冒さずに時間を稼げば、ヴァングの魔法が発動して一年A組の生徒三十人全員を倒すことが出来る。


 これは魔物との戦いでも騎士団が頻繁に用いる基本的な戦術であり、別の術士が構築した魔法障壁で魔物の遠距離攻撃を防ぎつつ、小型の魔物の接近を剣術に優れた前衛が押しとどめることで成立する。


 一年A組は体格に優れたケインや剣術に優れたラウル、ユミールらを筆頭に突破を試みていたが、巧みに構築された三年F組の陣形を前にして下手に突出すれば狙い撃ちにされることもあり、攻めあぐねているのが傍から見ていても理解出来る状況だった。


 そんな試合の様子を観客席で見ていたキースは、隣に座るバラックに問いかける。


「――さすがに三年生ともなると陣形も洗練されていますね。これもバラック先生の教えによるものですか?」

「違います……と言ってしまっては理事長殿から、もっとちゃんと仕事をするように怒られかねませんからな。ここはその通りですと言わせてもらいましょうか」


 そう言ってバラックは少し得意げに呵呵大笑した。


 鬼教師と生徒たちから恐れられる戦技教科担当のバラックは、事実生徒たちの陣形構築が実戦レベルになるまで仕込むことを徹底している。前線を退くまで第三騎士団の優秀な中隊長として鳴らしていたバラックは、学生の実力の向上に大きな影響を与えている教師の一人だった。


 理事長であるセレーネが自ら各地を飛び回りスカウトしてきた教師陣の指導力を今さら疑う余地はない。そしてそんな教師の指導を受けた生徒たちの仕上がりもまた、確かなものに違いなかった。


「特に今の三年生は一年の頃から私が面倒を見た最初の生徒たちですからな。自分が中隊長の頃に部下となる騎士たちに求めていた実戦的な能力は、全て教え込んだつもりですよ」

「なるほど……」


 一年A組の生徒たちも高いレベルで連携を取りながら戦線を確実に押し上げてはいるものの、さすがに三年F組の守備的な陣形を打ち崩してヴァングの詠唱を止めるには時間がかかり過ぎる。


 戦況を見ながら誰しもが三年F組の勝利を確信しつつあった、その瞬間――。


 ――進撃を続けていた一年A組の生徒たちが突如として転進した。


 せっかく苦労して押し上げた戦線を放棄するような常識外れの行動に、三年F組の生徒たちは追撃すべきか否か、一瞬だけ判断が遅れてしまう。


 三年F組の中で正しく状況を把握出来ていたのは、最後尾で全てを見渡していたヴァングだけだった。


「追え! 相手から離れたら全員飲み込まれ――」

「――アルバリ」


 しかしヴァングの指示が伝わる前に撃ち込まれたのは、全てを飲み込む大渦。エリステラが扱う二属性複合魔法のアルバリだった。


 三十人規模の戦闘の勝敗を決するには、充分すぎる威力を誇る戦術級の魔法。


 その一撃で、一年A組は一切の被害を出すことなく三年F組を撃破することに成功した。


「そこまで! 勝者、一年A組!」


 審判の声がかかると同時に、一年A組の生徒たちは大きな歓声を上げて喜びを表す。


「よっしゃぁ!」

「さすがエリステラ!」

「作戦もみんな上手く出来たよね」

「秒単位のタイムライン通りに戦って合図なしに退却なんて、最初は無茶言うなって感じだったけどなぁ」

「まあ作戦の要点は所定のラインでの戦線維持と退却のタイミングだけだったし?」

「……相手も無理に前に出てこない予想だったから、何とかなった」


 実際のところエリステラが立てた作戦はヴァングたちと同様、戦線を高い位置で維持して時間を稼ぐことだった。しかし同じ作戦を用いるのであれば、実力で勝る方が有利に違いない。


 だからこそヴァングは最初の戦闘が始まった段階で、エリステラたちの陣形を見て勝利を確信していた。


 そんなヴァングに一つだけ思い違いがあったとするなら、三年生で最上位の術士である自分の方が、魔法に関する実力ではエリステラに勝っているはずだという点である。


 エリステラが入学時点で二属性を扱える優秀な術士であるということは周知の事実だった。とはいえ術士としてはまだ粗削りな原石に過ぎず、戦術級の魔法を扱えば過剰な魔力の使用で倒れるようなレベルであり、術士として完成するのはまだ当分先だろうと考えられていた。


 そんなエリステラ相手に、まさか魔法の術式を完成させる速度で劣ることなどあるはずがない。ヴァングがそう考えたことは決して間違った論理ではなかった。


 ただヴァングは知らなかったのである。一年A組の担任を務めるキースが、この国の誰よりも魔法学に精通した人物だということを。


 エリステラは最初キースに言われた日から、毎日魔力変換術式の効率化に励んでいた。放課後の指導が終わった後、自室でも夜遅くまで術式を見つめ直しており、分からないことがあればその都度キースの元を訪ねてアドバイスを貰っていたのである。


 とはいえエリステラ自身もそれがまさか稀代の賢者による最先端の魔法学に関する個人指導だとは思っても見なかった上に、キースのチョーカーによって魔法を制限されていた期間はその成果を確認することも出来ず、次に確認できるタイミングでは三属性術士(トリプル )になっていたこともあって、キースの理論がいかに大きな効果を発揮していたのかはエリステラ自身でさえも気付いていないことではあったが。


「でも、こんな風にエリステラの力を一回戦から見せちゃってよかったの?」


 ふとフェリがそんな疑問をエリステラに投げかけた。


「確かにキース先生は先の戦いを見据えて勝ち方も考えるように言っていましたが、そうは言っても正統派な強敵である三年F組を相手に被害なく勝つことの方が大事です。それに、あえて見せることで相手の動きが読みやすくなることもありますから」

「あはは、相変わらずエリステラは難しいことを考えてるねぇ」

「だからエリステラは、指揮官に向いてる……セリカは向いてない」

「なんだとー」


 エリステラの答えを聞いて、セリカとリンナはそんなことを言いながらじゃれ合いを始める。


 そうこうしているうちに審判を務めていた教師から退出の指示があり、それと同時にやってきた救護班と入れ替わるように一年A組の生徒たちは控室へと戻っていくのだった。


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