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過酷な日程

 三日間にわたって行われる王立騎士学校の学内大会には、騎士の人事権を持つ貴族院の面々の他、各騎士団の兵站や事務関係を担当する後方勤務の騎士など、様々な立場の人間が観戦に訪れる。


 前線で数年経験を積めば、間違いなく騎士団の主力として活躍する実力と将来性を秘めた逸材たち。騎士学校の最高峰、エリート揃いの王立騎士学校の生徒たちにはそれだけ高い注目と期待が集まっていた。


 なお普段学校で使っている模擬訓練場には全校生徒を含めて千人以上が入れるキャパシティはないため、学内大会は王家の所有する施設である闘技場で行われる。当然ながら闘技場でも模擬訓練場と同様に身体的なダメージは魔力へのダメージに置換されるため、生徒たちが全力で戦っても安全は保障されている。


「――それで、どうしてアランがここに?」

「もう、そんなこと言わないのキース君」


 学校から闘技場への生徒たちの引率を終えたところでセレーネに呼ばれたキースは、そこでアランの顔を見つけて純粋に疑問の声を上げる。


 それもそのはず、騎士の人事に関する権限も持たないアランは本来、騎士学校の学内大会のような生徒たち個々の実力を推し量る場に顔を出す必要はない。各騎士団の要請と貴族院の調整の結果をまとめた書類に目を通せばそれで済む話であり、事実これまではそのように対応していたはずだった。


「くくくっ、キースがちゃんと仕事をしているかこの目で確かめようと思ってな」

「……王子の仕事はいつからそんなに暇になったんだ?」

「何、俺の仕事に抜かりはないから安心しろ」


 そんな風に軽口を叩きあうキースとアランを見て、セレーネは微笑ましいといった表情を浮かべる。


「それでキース、お前のクラスの生徒の調子はどうなんだ?」

「どうと言われても俺が着任してまだ二か月だからな、時間はいくらあっても足りないくらいだが……あいつらなりに、やれる限りのことはやってきたはずだ」

「ほう、それは楽しみだな」


 キースの言葉を聞いて、そう言いながら笑みを浮かべるアラン。そこにセレーネが口を開いた。


「あ、そろそろ試合の組み合わせが決まる時間ね。キース君、忙しい時に呼び止めちゃってごめんなさい」

「いいよ別に。どうせアランに頼まれたんだろう?」

「あはは、さすがにお見通しか」

「セレ姉がアランに甘いのは相変わらずだな……アランもセレ姉にあまり無茶を言うなよ?」

「ふん。俺が言う限りにおいて、それは実現可能な範囲に収まっているはずだが」

「どうだかな」


 アランの通達から二日後には教師として働かされることになったキースは、自身以外にもアランの無茶に日頃から振り回されている人間には何人も心当たりがある。


 とはいえアランは出来ない人間に出来ないことをやれとは言わないことも事実だった。部下の能力を正しく評価した上で、その能力を十全に発揮させる手腕に関してはアランは随一である。


 アランがやれと言ったのであれば、それはその人物にとって出来ることなのだ。


(――そのアランが教師としての俺に求めているのは、一体何なのだろうか)


 キースはアランから特別何かをやれとは指示を受けていない。だがアランがキースを教師としてここに置く以上は、明確に意図があってのことに違いなかった。


 整った顔立ちに張り付けられた爽やかな笑顔。しかしその裏側には途方もない思慮と策略が渦巻いているのは間違いない。


「……相変わらず食えない奴だな、あの腹黒王子は」


 二人と別れたキースはそう小さく独り言を呟く。


 アランにとってのキースがそうであるように、キースにとってのアランもまた自身が持ちえない特別な力の持ち主に違いない。


 軽く言葉を交わす程度のほんのわずかな時間の再会ではあったが、キースはそのことを強く再認識させられるのだった。




 その後キースはクラスの控室に戻ると、学内大会の運営委員より通達された組み合わせの抽選結果を生徒たちに伝えた。


「――抽選の結果、お前たちの初戦の相手は三年F組に決まった」


 キースの言葉を聞いても一年A組の生徒たちは特に驚いた様子を見せず、凛とした雰囲気で良い緊張感を維持している。


 学内大会のルール上、一年生の初戦の相手が三年生というのは最初から決まっていたことだった。学内大会のそもそもの目的は現時点での三年生の実力を貴族院や騎士団関係者にお披露目することであり、同時に一年生には三年生との実力差を認識させる実戦の機会となっている。


「すでに理解しているとは思うが、学内大会の主役は三年生だ。一学年十クラス、計三十クラスのトーナメント戦を三日間で行うという過酷なルールでは、いかにクラス内の被害を抑えて勝ち残るかが重要なわけだが、三年生はその点初戦の相手が一年生ということもあって例年多くのクラスがほぼ被害なしで勝ち上がっていく。一方で実力が近い二年生同士は悲惨な潰し合いになることも少なくない。例外はシードとなっている二年生の成績上位二クラスくらいだが、そいつらにしたところで二回戦で三年生クラスと当たれば分が悪いことには変わりない」


 騎士学校においては一学年違えばその実力には大きな開きがあるというのは常識だった。その上で実力が最上位にあたる三年生クラスが優遇されたルールである以上、下級生がこのトーナメントを勝ち上がっていくことは非常に困難であると言えた。


 しかしそんなことは学内大会の優勝をクラスの目標に掲げた時点で全員が理解している話でもある。


 なお実力差のある試合が多く、そこまで注目度も高くない一回戦は闘技場を魔法で四つに分割して四試合ずつ進めていくため、一日でベスト8まで出揃う。


「ちなみに次に当たるのは上がってきた二年生クラスのどちらかだが、無傷で勝ち上がってくるとも考えにくいし、どちらが相手でも大差ないだろう。何にせよ今日はその二試合で終わりだ。そして二日目も準決勝までの二試合、三日目は決勝戦だけが行われる日程だからちゃんと想定しておくように」

「先生ー、今からそんな一回戦を勝った後のことを考えていても良いんですか?」


 おどけた調子でグラハムがキースにそう尋ねると、生徒たちからは小さく笑い声が上がる。物怖じせず気になったことは口に出す性格のグラハムがこうしてキースに率直な質問をぶつけるのは、もはやクラスでも恒例となりつつあった。


「先のことを考えると足元をすくわれる、か? 確かに普通のクラスであればそういった考え方もあるだろうが、お前たちの目標は一つでも多く勝つことなどではなく優勝だろう。だったら全て勝つために先々のことまで考えておく方が合理的だ。一回戦で全てを出し切った結果、二回戦でなす術なく負けましたでは話にならないからな」


 普通の一年生が三年生相手の一回戦に勝てたらそれだけで上出来といえる成果ではあるが、キースはその程度では話にならないと切って捨てる。厳しい物言いではあったが、さすがに一年A組の生徒たちはキースのそうした言い回しにも慣れており、特に気にした様子はない。


 むしろキースからそれだけ高い期待を寄せられていることに、少なからず高揚感を覚えている様子すら見受けられる。


「……それじゃあお前たちに一つ尋ねよう。騎士に求められることは何だ? ……ラウル」

「魔物に勝つことです」

「間違いではないが、それだけでは不充分だ」


 キースに指名されたラウルは瞬時に応えるが、その回答にキースは首を振る。


「ではエリステラ」

「魔物に勝ち続けることです」

「その通りだ。同じことのようだが、明確に異なるのは次の戦いを想定しているかどうかだ。魔物との戦いではどれだけ勝とうとも得るものはなく、一度負ければ多くのものが失われる。魔物との戦いにギリギリで勝利していたとしても、少なくない被害を出し続ければいずれ敗北することになる。つまり満身創痍での勝利は未来の敗北でしかないということだ」


 そしてその敗北で失われるものは、人類にとってあまりにも致命的なものに違いなかった。だからこそ騎士には一度の敗北すらも許されない。


「そしてそれは過酷な日程のトーナメントである学内大会でも同じだ。直撃を受ければ数日昏倒することは確実な戦術級の魔法も飛び交う中、いかに被害を出さずに勝ち上がるか。優勝を目指すのであれば、勝ち方にも是非があるということになる」


 実力で勝る上級生相手にただ勝つだけでは不充分だと、つまりこれはそういう話である。


「……とはいえ、お前たちにこんな話は今さらすぎるだろうがな。俺が着任してからの二か月、お前たちはこの日のためにしっかりと準備してきたはずだ。だったらあとはそれを本番で見せつけてやればいい。五回勝てば優勝……これ以上なく単純な話だろう?」


 キースのその言葉は、今の一年A組の生徒たちにとって学内大会の優勝は決して夢物語などではなく、現実的に実現可能な目標なのだと語っている。


 キース自身には生徒たちを鼓舞する意図などは特になかったが、生徒たちにとってはキースが自分たちを信頼してくれているという事実が何よりも心強く、そしてその期待には何としても応えなければならないと思わせるには充分だった。


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