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怒らない理由

 学内大会を数日後に控えたある日の昼休み。キースの研究室のテーブルで、フェリ、セリカ、リンナの三人が昼食を取っていた。


 最近は毎日放課後の指導が行われているため、彼女たちがキースの研究室に集まるタイミングはこうして昼休みへとシフトしている。


「そういえば前から思ってたけど、先生ってお昼ご飯食べないの?」

「私、食堂で何か買ってきてあげよっか?」

「……ん」


 フェリの質問にキースが返事する前にセリカが提案し、リンナは無言で自分の食べている弁当を差し出した。


「食べないわけではないが、別に構わなくていいぞ。教師は生徒と違って空き時間があるから、食堂が混んでいる時間をずらして適当なタイミングで食べるようにしているだけだ」

「ああ、なるほどー」

「そう言われてみれば確かに他にもあまり姿を見せない先生っているよね」


 ちなみに食堂内で食べるもの以外にも、テイクアウト出来る弁当やパンの類なども豊富に販売されており、フェリたちはそうしたものをキースの研究室に持ち込んでいる。


「……? ……先生、お茶変えた?」

「ああ。前のは少し評判が悪かったからな」

「え、そう? 私は全然気にならなかった……というか今も違いがあんまり分からないけど」

「フェリは味にも鈍いからなー」

「ちょ、そういうセリカだって気付いてなかったじゃん!」

「もちろん私は気付いてたよ? ただ言わなかっただけで――」


 実際貴族の出身であるリンナやセリカからすれば、以前の安物の茶葉の味というのはアクリス同様、簡単に気付けるものに違いなかった。


 そういう意味では平民出身であるフェリはそこに頓着がないという話でもある。そしてそれは、キースもまた同じなのだった。


「――だってそういうのをわざわざ指摘するのって、前のお茶は不味かったって言ってるみたいで、ちょっと失礼な感じがするかもなぁって思ってさ」

「……私、失礼?」

「いや、そういう意味じゃないって……というか先生は以前のお茶が安物だって指摘しても、事実だから怒ったりしないだろうし」

「そうだな」

「というか先生って、雰囲気はちょっと怖いというか冷たい系なのに、全然怒ったりしないよね?」

「あ、それは私も思った。先生って、私たちが言われたことを実践できなくても、厳しいことを言わないし」

「……先生は、優しい人?」


 昼食を食べ終えた三人はそんな風にお喋りを加速させて、キースをも巻き込んでいく。


「俺が怒らないことには特に理由もないが……強いて言うなら、お前たちに怒ったところで意味がないから怒らないだけだな」

「む、それって私たちには期待してないってこと?」

「あー、もしかしたら陰でエリステラには結構辛辣なこと言ってたりするのかも?」

「……実力至上主義?」

「勘違いするな。怒っても意味がないというのは、それで結果が変わるようなことはないというだけの話だ。そもそも俺がお前たちにやれという課題は、お前たちなら出来るだろうという想定の上で出しているものだ。もしそれでお前たちが出来ないのだとしたら、間違っているのは俺の想定か、俺の指導方法かのどちらかだろう?」

「んー……それは確かにそう、なのかな?」

「いやフェリ、私に訊かないでよ」

「……でも先生の指導は、今まで受けたどんなものよりも効果的」

「もちろんそうなるように、日々改善を重ねているからな。だから怒っている暇があるのなら、その時間で改善のために頭を働かせた方がずっと良い。俺がお前たちを怒らない理由があるとすれば、ただそれだけの話だ」


 そんな風にキースは訊かれたことについて真面目に答える。


 なかなかキースの教育論のような話を聞く機会はないので、三人は興味津々といった雰囲気で聞いていた。


 その中でも三人にとって特に意外だったのは、いつも自信満々で指導に当たっているように見えるキースでさえ、想定と異なる事態に直面しては改善を行うという、地道なトライアンドエラーを繰り返しているという事実だった。


 生徒たちからすれば、キースは底知れない実力を持つ謎の人物である。そんなキースではあったが、実際はその他大勢の人間と同じように努力を重ねているのだと言う。


 そしてその事実は、三人にキースへの親近感をもたらすと同時に、危機感をももたらした。


 ――キースほどの実力者でさえ、努力を怠らない。


 そうであるならば、実力で劣る人間が努力でも劣っていては一生追いつけないことになる。そしてそれは別にキースに限った話ではない。同じクラスの生徒にもエリステラを筆頭に、優秀でありながら努力を怠らない人間は何人もいた。


 ――果たして自分たちは、みんなを追い越せるだけの努力を重ねているだろうか。


 そう自問したときの答えは、以前の三人であれば確実に否だったであろう。しかし今は――。



「よーし、そういうことなら私も頑張って、いつか先生を倒せるようになるぞー!」

「大層な目標を掲げるのはいいが、フェリ。お前はまず目の前のことから一歩一歩確実にこなしていくことだ。現状だとエリステラはおろか、セリカやリンナにも勝てていないのだからな」

「いや、せっかく生徒がやる気出してるんだからそこは応援してよ!」


 そんな風に元気よくキースに無茶なツッコミを入れるフェリを見て、セリカは大きく、リンナは小さく、それぞれ楽しそうに笑い声を上げた。


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