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エリステラの目覚め

 ある日の放課後のことだった。


「先生! エリステラが……!」


 生徒の一人が慌てた様子でキースに報告をする。見るとエリステラは苦しそうな表情でその場にしゃがみ込んでいた。


 それを見たミレーヌは即座にエリステラを介抱しようと駆け寄っていく。しかしそんなミレーヌをキースは静かに呼び止めた。


「待ってください、ミレーヌ先生。俺が行きます」

「えっ? あ、はい、分かりました」


 普段は生徒が昏倒しても平然としているキースが珍しくそんなことを言ったので、ミレーヌは少し驚いた表情を見せる。


 そんなミレーヌの反応を全く気にした素振りを見せないキースは、まっすぐにエリステラの元に向かい、彼女を模擬訓練場の端まで連れていくと、普段通りの淡々とした口調で言った。


「エリステラ、チョーカーを見せてみろ」

「はい、先生……」


 キースの指示に素直に従ったエリステラは、その長い金髪をかき上げて首元が見やすくなるようにする。


 ここ最近のエリステラはキースが作ったチョーカーの効果により、大気中に存在する魔力素を魔力として体内に取り入れる際、その属性をエリステラが扱えない火属性へと強制的に変換される状態にあった。


 それによって様々な弊害が発生しており、エリステラはその本来の実力を発揮出来ない日々を過ごしていた。


 しかしそのチョーカーはすでにヒビが入っており、キースが詳細に検分するまでもなくその効力を失っていることが見て取れる。


 そうしてキースが手を伸ばし指先で軽く触れるようにすると、チョーカーは粉々に砕け、塵さえも残さずに霧散した。


「終わってみればあっという間にも思えるが……何にせよ、よく耐え抜いたな」

「……ありがとうございます」

「それでどうだった、地獄のような苦しみは?」

「暗闇の中を当てもなく、ただ手探りで歩き続けるような、そんな日々の連続でした。正解なのかも分からず、いつ報われるとも知れない……今までの自分が、いかに恵まれていたのかを痛感しました」


 今まで当たり前に出来ていたことが突然出来なくなるということには、当然ながら大きな絶望を伴う。それは戦場で片腕を失ったエリステラの姉、エレオノーラも感じたはずの絶望だった。


 しかしエリステラが感じたのはそれだけではない。


 ――グラントリスは努力を貴び、怠惰を憎む。


 グラントリス家の家訓でもあるその言葉の本当の意味を、エリステラはチョーカーを着けてからの日々の中でこそ理解するに至ったのである。


 エリステラは常に勝者であった。何をやっても同世代の人間に負けることはなく、仮に一度敗れたとしても、それはすぐに努力で追い抜ける程度の敗北でしかなかった。


 ――努力は必ず報われる。


 だからこそ今までエリステラは、家訓をそういう意味の言葉だと認識していた。


 しかし、違った。


 エリステラの努力が報われていたのは、エリステラが血筋と才能に恵まれた特別な人間だからだったのである。


 報われると分かっている努力なら、いくらだって出来る。しかし本当に報われるかも分からない、あるいは徒労となるかも知れないという状況の中で、ただひたすらにもがき続けるような努力を積み重ねることが出来るかと言えば、自信を持って出来ると言えない自分がいることに気付いた。


 それはまさしく、当てもなく暗闇の中を歩き続けるようなものだからだった。


 しかし、エリステラが望む理想――誰も傷つかない世界を目指すというのは、本質的には当てもなく暗闇の中を歩くことと何ら変わりはない。


 誰もが笑うおとぎ話のような甘い夢物語。叶う術があるのかさえも分からない中で、エリステラは自分の力のみを信じてその道を切り開いていかなければならなかった。


 であるならば、エリステラには報われる努力だけをしているような、そんな甘えた時間を過ごしている余裕はどこにもない。


 そうしたことを思う中で、ふとエリステラは思い出した。以前キースがあれだけの実力を誇るルカのことを、才能に恵まれなかった人間と評価していたことを。


 仮にキースの言う通りであるなら、きっとルカには報われない努力だってあったはずだった。しかしそれでもなお歩き続けたからこそ、ルカは今の学内最強という地位に立っている。今になって分かる、ルカ・リベットが積み重ねてきた努力というものの重み。


 しかし、だからこそエリステラは思うのだ――負けられない、と。


 もし負けてしまえば、エリステラがただ才能にあぐらをかいていただけの、怠惰な人間と言われても否定出来なくなってしまう。


 グラントリス家の誇りにかけて――否。


 これはエリステラ自身の、理想を貫き通すための戦いだと言えた。


 二学年違いのクラス対抗戦という形ではあるけれど、それでもエリステラはルカ・リベットを倒すことで証明しなければならない。


 自らの才能、努力、夢、理想――あるいは、その全てを。


「ははは、いい具合に悲壮感が漂っているじゃないか」

「私にも負けられない理由が出来ましたから」


 どこかからかう様に言ったキースに、エリステラは生真面目な言葉を返す。


 するとキースは真剣な表情で、エリステラの目をまっすぐに見て言った。


「そうか……それなら一つだけ教えておこう。お前の言う負けられない理由なんてものは、最初からずっとそこにあったはずのものだ。戦場で魔物に敗れることは、それこそ死と同じ意味でしかない。それもお前一人の問題でなく、共に戦った仲間……誰かの父が、兄弟が、親友が、恋人が、一緒に死んでいくということだ。そうして騎士が死に、戦線が突破されれば、次に死ぬのは戦う術を持たない一般人だろう。つまりお前が本気で理想を叶えたいと願うならば、お前は最初から一度として敗北が許されない立場だったはずだ。そんなことに今になって気付くようでは遅い……とはいえ、今の時点で気付くことが出来ただけでも上出来か」

「……褒めてくださるのですか?」

「まさか。俺は努力を評価しないと最初から言っているだろう? 俺が評価するのは成果だけだ」

「でしたら私たちが学内大会を優勝した暁には、ちゃんと私たち全員を褒めてくださいね」

「……いいだろう」


 正直なところ、キースにとってわざわざ褒めるに足るような事象は、そうそう出会えるようなものでもなかった。それに褒めたところで目の前の事実が何か変わるわけでもないのだから、あえて褒めて見せる必要はないとすら考えている。


 けれど、エリステラたちが相応の成果を残したうえでそれを望むというのであれば、応えてやるのも教師の仕事なのかも知れない。


 そんなことを思いながら、キースはエリステラとの間に一つの約束を交わすのだった。


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