普通だからこそ
「先生、少しいいですか?」
「エッジか。どうした」
もはや毎日行われるようになった放課後の指導の前に、エッジがキースの元を訪れた。
エッジは全ての科目でど真ん中の成績を修める生徒で、実戦訓練ではキースの采配でエリステラのチームに所属することが多くなっている以外は、一年A組では特に目立つところのないごく普通の生徒だった。
「前に先生が言っていた、エリステラが作戦で要求してくるレベルが低くなったと感じたら報告しろってやつなんだけど――」
「……そうか、とうとう感じたか」
「まあ、俺の錯覚じゃなかったらだけど」
「いや、お前の主観でいいんだよ。報告してくれて助かった、ありがとう」
それはエッジをエリステラと同じチームで組ませる際に、キースがエッジに要求したことだった。
「……もしかしてエリステラの指揮が下手になってたりするのかな」
「ははは、まさか」
不安げな様子のエッジの言葉を、キースは笑い飛ばす。
元々エッジはネガティブな思考をしがちな生徒だった。それはどの科目でも突出した成績を残すことがなく、総じて平均ラインのまま常に成長してきたからであり、言ってしまえば自分の中で得意なものを一つも見つけ出せていないのが理由である。
そんな風に自分を器用貧乏な人間だと思っていたエッジに訪れた転機が、キースからの呼び出しだった。
――兵を率いる立場からすれば、お前ほど計算しやすくて助かる人材はいない。
たったそれだけの言葉だった。しかしたったそれだけで、エッジは確かに救われた。
人間は誰しも自分の得意なことをやりたがる。実際そうして持ち味を生かすことが様々な成功体験を生み出すことは事実であり、そうした成功体験がないことこそがエッジをネガティブな思考に陥らせていた。
確かにエッジには得意がない。けれど不得意もなかった。
能力に偏りがなく、要求されたことを常にフラットな状態でこなすことが出来る。それは誰よりも安定感があり、計算外が起きづらいというエッジにのみ存在する明確な長所だった。
だからこそキースはその指揮能力の高さが故に、複雑な作戦を立てることが増えるであろうエリステラのチームにエッジを配属したのである。
計算通りの動きで確実に結果を残すエッジがいたからこそ、エリステラの考える作戦の選択肢が大きく広がったのは間違いない。
そうして実戦訓練の中で、エッジはエリステラたちと共に様々な成功体験を積んで行った。
さすがにエッジのネガティブ思考で慎重な性格まではすぐには変わらない。とはいえ確実に変わるものも存在していた。
「それはお前が強くなったという、ただそれだけの話だろう」
エッジが強くなったからこそ、エリステラの要求してくるレベルが低くなったと感じられる。
それは当たり前の話だった。エッジは毎日欠かさず放課後の指導にも参加しており、その中で常にエリステラの要求に応え続けてきたのである。そんな環境に身を置いていて、成長しないはずがなかった。
「俺が、強くなった……?」
「そうだ。このクラスの連中は尖った個性を持ったスペシャリストが多いから、お前みたいな万能なゼネラリストは目立ちにくいかも知れないが。いざ危機に陥ったとき、クラスを支えられるのは案外、お前のような人間だったりするものだ」
実際エリステラは斥候に特化したリンナや、速射魔法に特化したセリカ、そして無尽蔵な魔力容量で他人に強化魔法をかけ続けられるフェリといった、尖った個性の持ち主しかいないチームを勝たせるために常に頭を悩ませていた。
そんな中でエッジというチームに足りない要素を補える存在に助けられていたのは明らかだった。
「……先生は、もしかしてそこまで考えて俺をエリステラのチームに?」
「当たり前だろう。何だ、俺が考え無しな人間だと思っていたのか?」
「いや、そういうわけじゃ! でも最近はあの5人でチームを組むことが多いけど、そうなると周りが女の子ばかりだから……」
「っ……ははは! なるほど、確かにそれは俺が考え無しだったかも知れないな」
周りが女子ばかりだから少し照れくさいというのは、十五歳の男子なら普通の感覚だと言えた。確かにそうした感覚に配慮するようなことをキースはしていないというか、今この瞬間まで考慮すらしていなかった。
色恋沙汰と学園生活は切り離せない関係にある。
そう頭では理解していても、なかなか実感として伴わない以上、キースはそのあたりの配慮が甘い自覚があった。
「悪かった。だがそのあたりまで配慮していると指導に支障が出るから、もうしばらくは我慢してもらうしかない」
「そんな、別に俺も嫌ってわけじゃないから――」
むしろエッジも本心では嬉しいと思っているし、何なら同じチームの女子たちに良い所を見せようと張り切っているところもあったりした。
そうしたどこまでも普通な男子生徒であるエッジだからこそ、誰よりも活躍できる場面というものがあるはずだ。
そんなことを思いながら、生徒たちとの約束の時間が近づいてきたので、キースはエッジと共に模擬訓練場に向かうことにした。