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伝播する影響

「はっ! せいっ!」

「なんの!」


 放課後の模擬訓練場に生徒たちの声が木霊する。


 元々はフェリなどの一部の生徒に対して行われていたキースによる放課後の指導だったが、日に日に参加希望者が増え、今では一年A組のクラス全員のみならず、他のクラスの生徒も少なからず参加する状態になっていた。


 そうなるとさすがにキース一人に任せていられないと、1年C組の担任ミレーヌも指導に加わっている。とはいえ彼女はあくまでもキースの補助として、無理をしている生徒はいないかなど、周囲に気を配るに留めていた。


「……正直驚きました。このぐらいの時期の生徒はもっと好き勝手に、あれこれとやりたがったりするものだと思っていましたが――」

「ミレーヌ先生、それだけA組の生徒たちが真剣に、学内大会の優勝を目指しているというだけですよ」


 まだ入学して二か月と少し、キースが指導を始めてからであれば一か月と少しという時期でありながら、統率が取れた動きでクラス一丸となって訓練に励む一年A組の生徒たちの姿に、ミレーヌは大きな衝撃を受けていた。


 実際キースは何一つとして生徒たちに強制したことはない。あくまでも生徒たちが自主的に選んだ結果の積み重ねとして今がある。毎日放課後に集まり、模擬訓練場が使えないときは外の広場で出来ることをやる。


 ある時は寮の門限ぎりぎりになって寮の管理者に苦言を呈され、またある時は放課後にも関わらず多数の生徒が医務室送りになってアクリスに激怒されたりもした。


 しかしそれらは全て、生徒たちの意思によって行われたことだった。キースは望まれたから指導をしたに過ぎない。もちろんそれによってキース自身の時間は大きく削られることになったが、それでもキースは嫌な顔一つ見せなかった。


「そういえばキース先生、三年C組のルカ・リベットにも個人指導を行ったという話は本当ですか?」

「ええ、事実ですよ。学生ながらも戦いというものをよく理解している稀有な存在だと思います。先生方が彼女を高く評価する理由も分かりました」

「そうですね、彼女は本当に天才だと思います。……キース先生はA組の生徒が、本当に彼女に勝てると思っているのですか?」

「一対一では難しいでしょう。とはいえ我々の目的は一対一の戦闘でルカを超えることではない。今月末までに一年A組全員で三年C組を、ひいては学内のクラス全てを倒せるようになることです。あと一つ言わせてもらえば、ルカ・リベットは別に天才ではありませんよ」

「えっ?」

「ルカは才能という意味では、むしろ乏しい側の人間です。彼女はただひたすらに努力を重ねて今の地位を築き上げたに過ぎません」


 キースの言う通り、ルカは元々平凡な学生だった。しかし彼女は自分の家の名誉を回復させるという崇高なる目的のために、身を削る思いで努力を重ねてきたのである。


 それは一年の頃から毎日、ただひとりで黙々と剣を振り続けるような不器用で非効率的なものだった。しかしルカは知っていたのだ。自分には剣を磨く以外の道はないのだということを。


 ルカは一度に扱える魔力量が少なく、魔力容量も人並み以下だった。そもそもリベット家は魔法を扱う上で、決して恵まれた血筋ではない。


 そしてルカは現実主義者だった。だからこそ自分には何が出来て、何が出来ないのかを冷静に見ることが出来た。その結果として、彼女は他の全てを捨てて剣を磨くという判断に行きついたのだ。


 しかしどの騎士団でも重宝される術士としての道を自ら捨てるというのは、名誉のために戦うルカにとって大きな痛みを伴うことに違いなかった。


 だからこそキースは思う――そこには才能がないからこその苦悩があったのだ、と。


 その痛みと苦悩と努力の果ての結実を、「天才」という言葉で片付けてしまうのは、ルカに対する敬意が欠けているとキースは考えていた。


 とはいえルカを天才と称しているのはミレーヌだけではない。学内のほぼ全ての教師や生徒がそうだった。それは歴戦の猛者であるバラックでさえ同じなのだから、仕方のないことなのだろう。


 実際に剣を合わせて、彼女の悲壮な思いがこもった一撃を受けとめた人間でなければ、だから分からないことなのだ。


 キースがそんなことを考えながらミレーヌと雑談していると、ふと生徒たちの間で大きな声が上がった。


「おお! フェリがオレーナに勝ったぞ!」

「というかいつの間にフェリってそんなに強くなったんだよ!?」


 オレーナというのは一年C組の生徒で、入試の成績では三位に位置するほどの才媛だった。オーグレーン家という貴族の名家の生まれで、貴族の生徒のみならず平民の生徒たちの間でも広く名前を知られている存在。


 そんな一年生の間でもトップに位置するような生徒を相手に、入試の成績は下から数えた方が早いフェリが勝ったというのだから、大きな歓声が上がるのも無理はなかった。


「よし、それじゃあフェリと休憩中の何人かでオレーナを医務室に運んでくれ」

「分かりました!」


 キースの短い指示だけで、フェリはすぐに必要な人員を集めて気を失ったオレーナをてきぱきと運んでいく。


「……まさかオレーナさんがあそこまで一方的に負けるなんて、信じられません」

「オレーナが学年三位だったのは入試時点での話です。この年頃の生徒たちの能力なんてあっという間に伸びますから、過去の順位なんて当てになりませんよ。それこそ努力次第で簡単にひっくり返ります」


 キースは淡々とそうミレーヌに告げる。


 とはいえ決してオレーナだって努力を怠っていたわけではない。むしろそんな人間であれば、今この場に自主的に参加することもなかっただろう。


 しかしそんなオレーナ以上にフェリの成長が目覚ましいものだった。これはただそれだけの話に違いない。


「それと――」

「え?」

「特別な才能を持たないルカ・リベットに出来たことが、こいつらに出来ないとは思わない。むしろ二年もあるのであれば、ここにいる全員が今のルカ・リベットを超えられる……少なくとも俺はそう思って指導をしています」

「…………」


 キースの言葉に、ミレーヌは何も返すことが出来ずに固まる。


 それは今学内の頂点に位置するレベルまで、ここにいる生徒全体の平均を引き上げるという意味の言葉だった。


 一体キースの何がそこまでさせるのか。その熱意はどこから来るのか。キースのことを何も知らないミレーヌには、全くもって分からないことだらけだった。


 しかしそれでも同じ教師として見たときに、ミレーヌはキースのことが羨ましく、同時に悔しい気持ちを覚えてしまう。


 ――教師としての自分は果たして、今のままでいいのだろうか?


 そんな風にキースの指導による影響は一年A組のみならず、次第に他のクラスの生徒や教師にまで伝播していくのだった。


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