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無力感の克服

「…………ぅ、ん……?」

「目が覚めたか、フェリ」

「え……先、生……?」


 医務室のベッドの上で目を覚ましたフェリは、状況が理解出来ないとばかりに激しく混乱した様子を見せる。


 そんなフェリの様子を窺いながら、ベッド横の椅子に座るキースは平然と尋ねた。


「一応訊くが、状況は理解出来ているか?」

「いや分かるわけないでしょ!? ちゃんと全部一から説明してよ!」

「はっ、だがその様子だとある程度は分かっていそうだな」


 キースはすぐに普段通りの調子で文句を言う、フェリの立ち直りの早さに感心したように笑った。


「まあ察しているだろうが、さっきまでの体験は全部幻だ。精神干渉系の魔法で、お前の不安を具現化して見せただけだから安心しろ」


 精神干渉系の魔法は魔物相手には使い道がないとされており、実際相手の頭に直接触れた状態でなければ制御出来ないという条件も相まって研究する者がおらず、古くから存在は知られていても実際に使用出来るレベルで術式を構築できる人間はほとんどいないという非常に珍しい魔法だった。


「いやそれは……確かに現実じゃなくて良かったけど、でもそもそもの話、それに何の意味があったの?」

「魔力と人体には密接な関係がある、というのは散々授業でも言ってきたことだが、同様に精神とも密接な関係があるということにも実感があるだろう。激しい感情の発露には、同時に大きな魔力の解放を伴う……つまり考え方を変えれば、無理やりにでも激しく感情を揺さぶることで、普段以上の魔力を解放させられる、という話だ」


 実際にキースは先日、そうした激しい感情の発露によってルカがバインドの魔法を崩壊させる場面に遭遇したばかりである。


 もちろんそうした魔力の解放は一時的なものではあるが、フェリのようにそもそも多くの魔力を解放させること自体が出来ないタイプには、まずは体にそうした経験をさせることが重要だというのがキースの考えだった。


「……つまり先生は、私の扱える魔力量を増やすために、あんな酷い目に合わせたってこと? ……それにしたって何か、もっと他にやり方なかったの?」

「勘違いしているようだが、あの幻の内容には俺は干渉していないぞ。あれはお前の心の中に巣食っている不安そのものだ。まあ、まさかお前があの場で俺を殺してしまったらどうしよう、なんて思っているとは思わなかったが」

「なっ!? いや、だってそれは、模擬訓練場じゃないからダメージの置換がないって話をしたばかりだったし……」


 若干からかうように言ったキースに、フェリは慌てて弁解するようにした。


 実際慣れない環境での訓練で、フェリがそこに不安を感じていたのは事実である。


「だがあれも、どちらかと言えば自分の治癒魔法の至らなさに対する不安に思えたな。そうした意味では、お前の不安の根本にあるのは『無力感』、ということになるのだろう」

「無力感……」

「自分のせいでとか、みんなの足手まといになるとか、そういう感情のことだ。そしてそういった後ろ向きな感情を心に抱えていることこそが、お前の成長を阻害する要因になっているというわけだ」

「……でも先生はいつも、今ここにある現実を見ろー、みたいなことを言うじゃん」

「そうだな。だが目標を持つなとも、夢を見るなとも言っていない。地に足を着けて一歩ずつ歩けと言っているだけだ。それだけでお前たちは充分に強くなれるからな」

「それは分かるけど……やっぱり私は、みんなとは違うんだよ。そりゃエリステラと比べるつもりはないけど、それでもリンナやセリカだって元々名家の出身で、才能があるから先生が少し教えただけでどんどん成長していくし……私だけ置いていかれてるのが、はっきりと分かるから」


 クラスメイトたちに敵わないという劣等感。そして自分は何も出来ないという無力感。


 そうした感情は騎士学校では常に付きまとうものだった。実際毎年クラスに一人以上の人間がそうした挫折を味わって学校を去っていくという現実がある。


 それは入学当初からフェリがずっと抱え続けていた感情であり、キースの授業によって一気に実力を伸ばしていく周囲を見てより大きくなっていったものだ。


 そもそもフェリは何がなんでも騎士になりたいと思っていたわけではなかった。地元の村で神童と呼ばれていた彼女は、その才能を認めた周囲に勧められて騎士を目指したに過ぎない。


 無明の荒野と接している最前線以外は平和そのものであり、魔道具の発達も伴って貧困とは無縁の世界ではあるが、フェリが生まれ育ったような田舎の村となれば少々事情も変わってくる。


 今すぐ飢えるほど苦しいわけではないが、決して恵まれているわけでもない。


 しかしフェリがこの世界で最も名誉な職業とされる騎士になれば、当然フェリは多額の報酬が得られる。そしてそれは村を救うには充分なものだった。フェリはそうした村の期待を背負って王立騎士学校を受験し、見事合格するに至ったのである。


 とはいえ世間知らずなまま育った彼女は、自分よりも遥かに才能を持つ、同世代の人間との出会いに大きな衝撃を受けた。


 そしてフェリにはこれまで積み重ねてきたものが何もないからこそ、自分の心を支えることが出来なかったのだ。


 そんなフェリに希望を与えたのがキースとの出会いである。キースの指導によって実戦訓練でも良い結果を残せたフェリは、もしかしたら自分でもやれるのではないかと、そんな期待を持った。


 しかしある時気付く――キースと出会ったのは、自分だけではないということに。


 そしてフェリがそうであったように、クラスメイトたちもすぐに見違えるように成長していった。そんな状況を見て、何の支えもないフェリの心はまたも崩れていく。


 ――ああ、やっぱり自分には無理なんだ。


 自分の心を支えるものがないからこそ、フェリはどうすればいいのか分からなかった。だからこそ唯一の希望にすがるように、今回キースの研究室を一人で訪ねたのである。


 しかしキースはそんなフェリが一つ、大きな勘違いをしていると思っていた。


「なあフェリ……お前はもしかして、自分には才能がないと勘違いしていないか? 俺は言ったはずだよな、お前には世界中の術士が渇望するほどの魔力容量があると」

「それは、でも……」

「なら一つ訊くが、お前は剣を振るようになってからどれくらい経つ?」

「えっと、たぶんまだ一年経ってないと思うけど……?」

「だろうな。つまり、そういうことだ」

「いや全然分からないけど!?」

「単純に他の奴らとは積み重ねてきた努力が違うという話だ。貴族の生徒たちはもう十年くらい剣を振ってきているだろう。平民の生徒にしたって騎士学校を目指すような人間は、子供の頃から明確に目標を持ち、どこかしらで剣の指導を受けているのが普通だ。お前のようにド田舎で何も知らないまま育ち、試験要綱を見てからちょっと準備しただけで王立騎士学校に受かるような人間の方がどうかしているんだよ」


 結局のところ、フェリに足りていないのは単純に「時間」なのである。これまで騎士になるための努力を重ねてこなかったのだから、周囲よりも劣っているのは当然だった。


 キースが授業を通して現実を見ろと言っていたのは、そうした差を認めて受け入れることもそうではあるが、そもそも何故そうした差があるのかという原因についても考えることを求めていたからである。


「そもそも他の奴らからしたら、お前のように短期間で自分たちに追いつこうとしている人間の方がずっと恐ろしく見えているだろうな」

「……本当に?」

「俺が気休めを言わないと言ったのはお前だろう」

「それは……え、じゃあ私、もしかして凄いの?」


 フェリはそう言ってキラキラとした目でキースを見る。


(ちょろい……)


 さすがにキースでさえそう思わずにはいられなかった。もしかしなくても、これなら気休めのひとつでも言ってやれば立ち直れていたのではないか。


「あー凄い凄い」

「もー、全然心がこもってないー」

「まあ俺がどう言ったところで、お前自身がそれを認められなければ意味がないからな。……それでどうだ、今回の指導の成果は実感出来たか?」

「え? 指導の成果……?」

「お前、幻の中で魔物と戦ったり、俺に治癒魔法を使ったりしただろう? 本来あれは現実のお前に出来ることしか出来ないものなんだよ。だから魔物の集団を相手に勝利したことも、普段使っている以上の治癒魔法を俺に使用したことも、全部今のお前なら出来ることというわけだ」


 元々今回の指導の目的は、激しい感情の発露によって、フェリに大きな魔力の解放を起こすことだった。


 しかし本来のんびりとした性格のフェリに、ルカやエリステラのような激しい感情を呼び起こさせることは難しかった。


 だからこそ精神干渉系の魔法によって幻を見せ、その中でフェリの怒りや悲しみといった激しい感情を呼び起こすことにしたのである。


 もちろん並みの人間がそうした激しい感情のままに魔力を解放すれば、魔力欠乏状態になるなど危険を伴ったりもするのだが、フェリの場合はその先天的な魔力容量によって問題ないだろうとキースは判断していた。


 キースの言葉を聞いたフェリは、半信半疑といった様子のまま、試しに幻の中で使用した治癒魔法の術式を発動させてみる。


「うわっ、本当に使えるよ先生!」

「だからそう言っているだろう。本来は魔法に関する基礎鍛錬を重ねて魔力容量と共に扱える魔力量を増やしていくのが正しいんだが……お前の場合は特別だ」

「え、私って特別?」

「あー特別特別」


 そんな風に言いながら締まりのない顔で笑うフェリに、キースは心のこもっていない言葉で答えるのだった。


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