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フェリの絶望

「今日は模擬訓練場が使われているようだから、ここでやることにしよう」

「学校の敷地にこんなところあったんですねー」


 木立の間に整備された通路を抜けた先にある広場にやってきたキースとフェリは、そこで今日の特別指導を行うことにした。


 広大な敷地を誇る王立騎士学校には、こうした普段は誰もやってこないような場所がいくつもある。上級生ならともかく、入学したての一年生はほとんど把握していないのも無理はなかった。


「でもここだと模擬訓練場と違って、怪我とかしますよね?」


 フェリは持ってきた剣を見ながら、キースにそう質問する。


「そうだな。だから今回はそういった危険のない内容の指導にしようと思う」

「……本当?」

「といっても楽だとは言っていないがな」

「ですよねー」


 キースの指導は確実に自分の成長に繋がるものであると思ってはいるが、同時にキースが甘くも優しくもない人間であることを知るフェリは、そう言って苦笑いする。


(まあ、優しい所がないわけじゃないんだけどねー……)


「それじゃあさっそく始めよう。フェリ、俺の目をよく見ろ」

「目?」


 そう言ってキースはゆっくりと近づいてくる。


 そうして手を伸ばせば届く距離まで近づいたキースは、そのままおもむろにフェリの顔に手を伸ばした。


「いや、あの、先生、一体何をするの?」

「目を逸らすなよ……そうだ、それでいい。それじゃあいくぞ――」


 触れようと手を伸ばしてくるキースに、フェリは一瞬ドキリとしながら質問するが特に回答はなく、直後にキースの手がフェリの額に触れていた。


 そしてキースが魔法の術式を発動すると、フェリは意識を保ったまま目の前が暗転するという不思議な感覚を味わう。


 そして次の瞬間――。




「――総員退避! 隊長がやられた! ここにもすぐに魔物がなだれ込んでくるぞ!」

「いやもう遅い……今から撤退しても追いつかれて全滅するだけだ」

「それじゃあ私たちは……」

「他の部隊が逃げられるだけの時間を稼ぐ、くらいしか出来ることはないだろうな」


 戦線が崩壊し、おびただしい数の魔物がすぐ目の前まで迫ってきている。フェリはそんな戦場の真っただ中に、騎士の一人として立ち尽くしていた。


 突然のことに普通であれば混乱しそうなものだったが、何故かフェリは現状を不思議には思っていない様子である。


 そんな中、騎士の一人がフェリに声をかけた。


「フェリ、お前は逃げろ」

「え、どうして……」

「お前がここにいても何の役にも立たないって言ってんだよ。だったら本陣への報告のために情報を持ち帰った方が、何倍も役に立つ」

「でもそんな、みんなは――」

「いいから早く! もう一分も経たないうちに戦闘が始まる。そうなってからじゃ遅いんだよ!」


 そんな風に仲間の騎士全員から言われ、フェリは有無を言わさず陣地から一人だけ送り出される。


 すぐに背後からは激しい戦闘の音が鳴り響いた。剣戟の音、魔法が炸裂する音、そして――よく知る仲間の断末魔。


 フェリは思わず耳を塞ぎたくなるが、それを我慢して全力で駆けた。仲間が決死の覚悟で稼いでくれた時間を無駄にしないために。


 そうしながらも考える。どうして役立たずの自分だけがこうして生き延びているのか。もっと他に生き延びるべき人がいたはずなのに。


 確かに自分があの場に残ったところで、稼げる時間は数秒程度しか変わらないかも知れない。そんないてもいなくても同じような弱い存在だから――だから自分は、仲間として彼らと一緒に死ぬことすら許されない。


 フェリはそんな風に考えながら、気付くと涙を流していた。


「全部、私が弱いから……やだ……こんなの、やだよ……」


 仲間を見殺しにして逃げている現状に耐えられるほど、フェリの心は強くなかった。自分がもう少し強ければ、みんなと一緒に死ねたのに。


 そんな後ろ向きな考えがフェリの心を支配しそうになった瞬間――後頭部に強い衝撃を受けてフェリは転倒する。


「え、何――」


 すぐに立ち上がろうとするが、頭がずきずきと痛み、上手く体が動かない。それは魔物の投石を受けたからに違いなかった。


 そうしてよろよろとしながらも何とか体を起こしたフェリは、しかし自分がすでに魔物に追いつかれてしまったことを理解する。


 自分たちの部隊に襲い掛かった魔物の本隊と比べれば、それはほんの一部。ゴブリンを筆頭にランクの低い小型の魔物ばかりで、数も二十体程度のはぐれ者の集団。


 フェリの仲間たちであれば、一人でも何とか出来る程度の魔物。しかしそんな魔物でさえ、フェリにとっては倒すことの難しい相手に違いなかった。


「……せっかく、みんなが助けてくれたのに」


 まだふらつく体でその魔物たちを倒すことは不可能だと、そんな諦観が心に影を落としそうになる。しかしフェリは死んでいった仲間たちに報いるために、最後まで全力を尽くして戦うことを決心した。


「私が天国でみんなに胸を張るために……一体でも多く、お前たちには道連れになってもらうんだから――」


 そうして飛び掛かってきた魔物にフェリは全力で剣を振る。決して筋が良いとは言えない一振りだったが、それでもフェリの剣は魔物の胴体を両断する。


 一体、二体とフェリは次々と魔物を倒していく。囲まれないように足を止めず、教わった通りの基本に忠実な動きで確実に戦果を挙げる。


 ただ一心不乱に剣を振り続け――フェリはあることに気付く。


(私って、本当はこんなに戦えたんだ)


 それは決死の状況に追い込まれてようやく開花したフェリの才能だった。しかし仲間を全員失ったフェリにとって、それはあまりにも今さらな話である。もはやフェリにとっては、生きても死んでも地獄に違いないのだから。


 そうしてフェリが最後の一体の魔物を斬り伏せた瞬間――。


「えっ――」


 唐突に周囲の風景が変化する。それまでの荒れ果てた戦場とは全く異なった、木々に囲まれた広場。


 それを認識した瞬間、フェリは自分が戦場で戦う騎士ではなく、騎士学校に通う学生であることを思い出す。


「ということは今のは先生の……あれ、先生は……?」


 直前まで目の前に立っていたはずのキースの姿がないことにフェリは気付き、周囲を見渡した。


 そして――足元に血塗れで倒れているキースを発見する。


「えっ、先生!? 何で、そんな――」


 キースほどの実力者がそんな風に倒れていることに強烈な違和感を覚えながらも、フェリは慌ててキースの隣にしゃがみこみ、手に持った剣を横に置くとすぐに治癒魔法を唱え始めた。


 しかしそれと同時にフェリは気付く――自分の剣が血に染まっていることに。


(何で? そんなこと私に出来るはずないのに……いや、今は治療に専念しないと)


 そうしてフェリは治癒魔法を絶え間なくキースに使い続ける。しかしキースの傷は深く、一向に塞がる様子を見せない。


 そもそも治癒魔法は本人の体の治癒能力を強化する身体強化魔法の一種であり、すでにキース自身の体に傷を治すだけの力が残っていない場合は効果がないのである。


 そしてキースの体から流れ出す大量の血液は、もはや手遅れであることをフェリに知らせていた。


「やだ、やだよ……先生、先生!」


 冷たくなっていくキースに治癒魔法をかけ続けるフェリ。それはフェリが今まで使ってきたどんな治癒魔法よりも強力な効果を持つものだった。


 しかしその努力もむなしく、やがてキースの鼓動は完全に停止する。


「そんなっ……い、いやあああぁぁぁ!!」


 フェリの慟哭が広場に響き渡るが、それに応える者は誰もいない。そうして絶望の中でフェリの視界は暗転し、不意に意識を失った。


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