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勝ち方

 初めての三つ巴戦ということもあってか、模擬戦が開始してからも生徒たちはしばらくは他のチームの様子を窺うようにしていた。


 しかしじりじりとチーム同士の位置関係も変化していき、ラウルやユミールを擁する有力なチームを他の2チームが包囲するような形になっていく。


「……ラウル」

「いや、まだだ」


 確認するように自身の名前を呼ぶユミールを、ラウルは落ち着いた声で制した。


 それはすぐチーム全体に伝わり、全員が気を引き締め直す。徐々に間合いが詰まっていくが、それでも動かずにタイミングを計るかのようにじっと待つラウルたち。


 そして――。


「――今だ!」


 ラウルのその掛け声と同時に、チームの全員が全速力で走り出す。一見するとそれはまるで自ら包囲されに行くようなものに思えた。


 しかしラウルたちがあえて相手の陣形の奥深くにまで浸透していったことによって、気付くと戦況は同士討ちの危険が高まる乱戦状態へと変化していた。


 強いチームだからこそ最初に狙われるという多勢に無勢の状況にあって、それでも勝つための最善を考えた結果が、このように荒れた戦闘に持ち込むことだった。


 乱戦となればそこには個人の実力が大きく現れる。これがラウルたちなりに考えた、個人の実力で勝る自分たちの長所を最大限生かす戦略だった。


 剣と魔法が交錯する中、ラウルたちは相手チームの生徒を一人、二人と倒して行く。


 狙い通り――そう思った瞬間、ラウルは違和感に気付く。


(相手の人数が、少ない……?)


 2チームをまとめて相手をしているはずなのに、順調に戦果が挙がっていく。それは本来喜ばしいことだったが、同時におかしな話でもあった。共に鍛錬を積んできた仲間だからこそ分かる――こんなに甘いはずがないと。


 ラウルは乱戦の中で相手チームのリーダーの一人であるエリステラを探そうとする。


 最近のエリステラは体調が悪いようで、剣も魔法も、何なら学業までもが不調だった。しかしそんな状況にあってもエリステラは決して気の抜ける相手ではない。むしろ不調に陥ってからの方が、何が飛び出してくるか分からない不気味さがあった。


 それはエリステラが出来ないことを削ぎ落し、今出来ることの中から勝つための最善を狡猾に見つけ出そうとしているからに他ならない。


 そうしてラウルは乱戦となっている輪の外側に、それをさらに包囲するように展開しているエリステラたちのチームの姿を見つけた。


 それは本来ならあり得ないはずのことだった。乱戦から抜け出そうにも、乱戦の中で転進して背中を見せれば当然ながら真っ先に餌食となる。だから一度乱戦が始まってしまえば、あとは最後まで戦い続けるしかない。


 しかしエリステラたちはその始まった乱戦の外側に脱出していた――いや、あるいは最初から乱戦の中にはいなかったのかも知れない。


 ラウルはそんなことを考えながら、しかし乱戦の中では転進してエリステラたちに向かって行くことは出来るはずもなく。


 やがてエリステラの号令と共に乱戦の渦中に強力な魔法がいくつも放たれ、直後になだれ込むように押し寄せたエリステラのチームがそのまま消耗した2つのチームを一気に撃破していく。


 そうして誰の目にも明らかな形で、エリステラたちのチームが三つ巴の戦いを制したのだった。




「――エリステラ、お前は最初からラウルが乱戦を狙って来ると分かっていたのか?」

「ええ、まあ……もし私がラウルの立場だったらどうするかを考えると、あまり選択肢はありませんでしたから。それに私たちの立場では、ラウルたちを最初に倒せても同程度の消耗でもう一つのチームと正面からやり合って勝てるとも限らなかったので――」


 だからこそ最初にラウルたちを倒してしまいたいもう一つのチームの思惑を利用して、ラウルたちを共に包囲するように見せかけつつ、戦う振りだけをして再包囲を行ったのだとエリステラは言う。


 それを口で言うのは簡単だが、実際に行うのは並大抵のことではなかった。集団となれば戦いを前にして臆病風に吹かれる者もいれば、戦いの熱気に当てられて冷静さを欠く者もいる。


 今回エリステラが行ったのは、そうした人間全員を完全に自分の思い通りに動かさなければ、おそらくは成功しなかった作戦だった。


「それよりも先生、今回の三つ巴戦にはどういった意味があったのですか?」

「三つ巴自体には特別な意味があるわけではない。ただ今までやったことのないセオリーも何も分からない状況で、それでも勝つためにお前たちがどれだけのことを考えられるかが見たかっただけだ。実際、自分と相手の強みと弱みを互いに理解した上で、自分たちの強みを生かそうとする動きをそれぞれが見せていたから、なかなか見ごたえがあったな……まあ同時に課題も見つかったわけだが」


 キースはそう言いながら満足気に笑う。


「しかしこんな騙し合いのような戦い方をしていて、魔物との戦いで役に立つのでしょうか?」

「確かに魔物には高い知能はないと言われているし、実際それは一部を除けばおおむね正しい。だが何の目的も意図もなく、ただ闇雲にまっすぐ突っ込んでくるような愚かな敵でもない。こちらが弱気を見せれば畳みかけようと追撃を仕掛けてくるし、戦果が挙がらないと見れば撤退を決断してくる。奴らはいつだって狡猾に、効率良く俺たちの命を狙ってくる。そういう敵と戦うためには、手札は多ければ多いほど良い」

「手札、ですか」

「ああそうだ。出来ることが多い奴はそれだけで強い。それに魔物との戦いで大きな戦果を挙げる騎士というのは、人間と戦っても大抵強かったりするものだ。それは自分の強みを、どういった形で戦いの中で生かすのか、その生かし方を数多く知っているからに他ならない」

「それは確かに、父たちを見ていると分かる気がします」


 偉大なる父と、六人全員が優秀な騎士である兄と姉。キースは彼らをそれほど詳しく知っているわけではないが、戦闘記録を見る限りにおいても、その高い実力はうかがい知れた。


 ――強い人間は、勝ち方を知っている。


 それは一朝一夕でどうにかなるものではない。だがキースの授業を通して、少しずつではあるが確実に、生徒たちは勝ち方というものに近づき始めていた。


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