三つ巴
「今からお前たちには10人で3チームに分かれてもらい、三つ巴で戦ってもらう」
「三つ巴?」
「先生、それって何か意味があるんですか?」
キースの指示に単純な疑問の声を上げた生徒の中、はっきりと意味を尋ねたのはやはりグラハムだった。
「ほう、では何故意味がないと思う?」
「そりゃだって、魔物との戦いにしても学内大会にしても、二つの勢力に分かれて戦うものですよね? 三つ巴で戦う経験は、騎士に必要ないように思うんですけど」
「まさしくその通りだ。だが、そうした普通であれば絶対に経験しないことの中で、大事なことに気付いたりもするものだ」
そんなキースの言葉は、最初の頃であればエリステラなどによって詭弁と非難されたであろうが、生徒たちはこの一か月ほどの授業を通じて、キースにはキースなりの考えがあることを理解していた。
そしてそれが実際に自分たちの成長に繋がっているのだから、たとえそれが不可解な内容の訓練であっても実際にやってみる価値はあるだろうと考える。
「……前から思ってたけど、先生っていつも答えをそのまま教えてくれないよね」
「先生ははおそらく、私たちに教わった答えをそのままなぞるのではなく、自分で考えて理解するように促しているのだと思います」
フェリの言葉にエリステラがそう答える。そんなエリステラをセリカたちがにやにやと見ている中、クラスのナンバー3であるユミールがキースに質問する。
「それで先生、今回のチーム分けはどうするのですか?」
「ああ、そうだな……今回はお前たちの好きに決めていいぞ。2分だけ待つから、仲の良い者同士で適当に集まって10人チームを作ってくれ」
普段であればキースが何かしらの意図を持ってチーム分けをしていたが、今回は生徒たちが適当に決めていいと言ったことに、生徒たちの多くは驚いた表情を見せた。
しかし与えられた時間はそう多くなかったので、生徒たちはさっそくチーム分けを始める。キースの言う通り普段仲の良いグループが合体する形でチームが作られていくが、生徒たちは家柄や実力の近い者同士で仲良くする傾向があり、そうすると必然的に能力には大きな格差のあるチーム構成となってしまう。
特にクラスのナンバー2であるラウルとナンバー3のユミール、そこにベラミーやケインといったクラス内でも実力上位の生徒たちが集まったチームは能力が高くバランスも良い。
一方でフェリ、セリカ、リンナの三人が集まっているチームはエリステラこそ参加しているものの、彼女の調子が万全でないことはすでにクラスでも周知の事実であり、他のメンバーもグラハムやエッジといったクラスでも平均的な実力を持つ生徒が中心となっていた。
残るもう一つのチームも成績上位の生徒が数名混ざっている程度で、目立った特徴はないチームとなっている。
「まあ仲良しで集まったらこうなるよねー……」
「そりゃ入学したばかりで仲良くなるきっかけなんて、家柄くらいだし?」
「……私たちも、キース先生がいなかったら、たぶん仲良くなってなかった」
フェリののんびりとした声に、セリカとリンナがそう反応する。仲良しで集まればチーム分けが偏るのは生徒たちにも当然分かっていたことである。
――そんな中で、このチーム分けに危機感を持っている生徒がいた。
「なあラウル、このチームどう思う?」
「正直不味いな……だが、いかなる状況であっても最善なる勝利を目指すのが我が家訓だ」
それがラウルとユミールだった。彼らのように強いチームを組めたのであれば、本来は喜ぶところである。
しかし優秀な二人は今回の実戦訓練において、強いことが必ずしもプラスに働かないということに気付いていた。
三つ巴での戦いではどこかのチームが最初に脱落し、残るチームで対決することになるパターンが多くを占める。となれば当然、最後に残っているチームは自分たちよりも弱い方が望ましい。つまり、強いチームは最初に狙われる確率が高くなるのである。
一方、エリステラはそうした話を交えつつ、チームの仲間と戦い方の方針を相談していた。
「――というわけで、私たちとしてはこれが最善の戦い方だと思います」
「……エリステラって変わったよね」
「本当にね。前はもっと正々堂々って感じの印象だったけどさ」
エリステラの語った戦い方は、以前にも増して正々堂々とはかけ離れたものになっていた。
そんなエリステラの変化を指摘するフェリとセリカの言葉に、エリステラは真面目な調子で返事をする。
「言っておきますが、フェリもセリカも私のことを誤解しています。私が過去に正々堂々と戦っていたのは、それで負けたことがなかったというだけの話……キース先生や貴方たちに負けた以上は、勝利のために最善を追究するのは当然です」
「え、じゃあエリステラが卑怯になったのって私たちのせいなの?」
「『お前は言葉の通じない魔物に向かって卑怯だ何だと言うつもりか?』というやつですよ」
「ははは! 今のモノマネ、先生にそっくりだ」
「……言われてみれば、最近のエリステラは少し、先生に似てきたかも」
「それは……実力が伴わない現状、喜んでいいのか微妙なところですが」
キースには不遜を許されるだけの実力がある。しかしエリステラは現状まだまだその域には到達していないという自覚があった。
それでも今エリステラが教えを乞い、目標としているのはキースに違いない。似ていると言われることは、わずかではあっても確実に近づけているという証左でもある。
そんな話をしているうちに作戦相談に設けられた時間が終わり、生徒たちはそれぞれのチームごとに模擬訓練場のフィールドに散開する。
「それでは……始め!」
そうしてキースの掛け声と共に、三つ巴という異色の模擬戦が開始されるのだった。