新しい月の始まり
月が変わり、今月の下旬に行われる学内大会までに行われる実戦訓練は今日を含めて残り三回となる。
一年A組の生徒たちは全員が一つの目標に向かって一致団結しており、準備運動の段階から高いモチベーションを維持していた。
最近では生徒たちがキースに質問をすることも減っており、自分で考えながら日々鍛錬に励んでいる。
「エリステラ、体調はどうだ」
「あ、先生……そうですね、最近はかなり馴染んできたように思います。まだ本調子というわけには行きませんが、一応火属性の魔法も初歩の初歩なら扱えるようになりました」
そう言いながらエリステラは右手の人差し指を立てると、その先から小さな火を発生させる。ロウソクの火と大差ないレベルだが、それは確かに火属性の魔法だった。
その火は常に一定の大きさを保っており、非常に安定した状態であることが窺える。
「ほう、随分と安定しているな」
「少し練習しましたから」
火属性の魔法はその性質上、大きく燃えたかと思うとすぐに小さくなったりということが起こりやすく、火のサイズを一定に保つことは難しいとされている。
エリステラは少しと言っているが、不慣れな火属性において繊細な魔力のコントロールが出来るようになるまでに、並々ならぬ努力を重ねていたことはキースも当然理解していた。
「あー、また先生がエリステラと内緒話してるー」
そんな風にキースがエリステラの状況を確認していると、二人の元にフェリがやって来る。その後ろにはセリカとリンナの姿もあった。
この三人は元々それほど仲が良かったわけではないが、キースが事あるごとに同じチームで組ませるため、最近では自然と三人一緒にいることが増えている。
「というかエリステラって、結構最近までキース先生に反発してたと思うんだけど、いつの間にそんな親密になってたの?」
「べ、別に親密になんてなっていません! 確かに反発していた時期はありましたけど……しかしキース先生の実力は確かですから、教えを乞うのは当然のことです」
セリカのからかうような言葉に、エリステラは少し顔を赤くしながら生真面目に返事をする。そんなエリステラの反応がおかしくて、セリカたちはにやにやとした笑みを浮かべた。
実際のところ少し前までは、そんな風にエリステラをからかうようなことはクラスの誰にも出来ないことだった。
凛とした雰囲気で、常に緊張感を周囲にもたらすのがエリステラであり、そんなエリステラにクラスメイトたちは少し委縮していたというのが正直なところである。
しかし最近はそうした尖っていた部分が丸くなったような雰囲気をクラスメイトたちは感じ取っていた。それは今まで余裕がなかったエリステラの心に、小さな希望が生まれたことによる変化だった。
何にせよそうしたエリステラの前向きな変化が、クラス全体に良い影響を与えたことは間違いない。
「……先生」
「どうしたリンナ」
「私たちは……本当に学内大会で、優勝出来る?」
「らしくないな。学内大会が近づいてきて不安にでもなったか?」
「そうかも……」
「正直だな。まあお前たちは三年生の実力を把握していないだろうから、不安に思うのは無理もない話だが」
「それ私も少し気になってるんだけどさ、先生。実際のところ三年生ってどれくらい強いの?」
セリカがそんなことを尋ねると、残りの全員も興味津々といった感じでキースに視線を向ける。
「強さを言葉で表すのは難しいところだが、普通の一年生のクラスが正面から戦えば、百回中百回負けるくらいの差はあるだろうな」
キースは誤魔化すことなく正直に言う。それはどう言葉を言い繕ったところで、現実が変わるわけではないと考えているからだった。
伸び盛りの時期における丸二年の差というものはただでさえ大きいが、特にこの騎士学校での二年となれば尚更である。
個の能力を磨けば良かったそれまでとは違い、騎士学校では集団で魔物と戦える騎士を育てるための教育が行われている。
言ってしまえば騎士学校の教育は実戦のための教育であり、当然技術や知識も育まれるが、何よりも戦場で戦う騎士としての精神が養われていく。
どんなに能力の高い人間であっても、いきなり戦場に放り込まれればその能力を発揮することは極めて困難だった。言うなれば騎士学校での教育は、戦場で十全の能力を発揮できるように、迷いを捨て恐れを飼い慣らすためのものでもある。
「先生は、相変わらずはっきり言うよね」
「嘘を言っても仕方がないからな。実戦訓練をこなした回数でも一年生とは十倍以上の差があるし、学内大会のルールでの戦いもすでに二度経験している三年生が有利なことは事実だ。一年生に有利な部分を強いて挙げるなら、人数的な部分だろうな」
騎士学校では三年間クラス替えは行われないため、退学者が出るとそのまま欠員の出たままになる。
能力不足を痛感し、心が折れて退学していく生徒は毎年両手の指では足りない程度にはいた。
たとえば優勝候補の三年C組は入学時から四人減って現在二十六人。しかしこの程度の人数差は、多人数での集団戦においては誤差の範囲だとも言える。
「……しかし先生は私たちが優勝出来ると、そう思ってくださっているのですよね?」
「ああ……もちろん、最終的にはお前たち次第だがな」
エリステラの言葉に、キースはそんな風に返事をする。
そのキースの言葉には生徒たちへの信頼が含まれており、それを理解したエリステラたちはその心の中で静かに闘志を燃え上がらせる。
「さて、話はこれくらいにしておこう。全員集合!」
各自で準備運動をしていた生徒たちに集合をかけると、全員が迅速にキースの元へと集まる。
最近になって実戦訓練による成長が実感出来てきた生徒たちは、今日の実戦訓練が待ちきれないといった様子だった。
「やる気充分といったところだな。それじゃあ月も変わったことだし、新しいことを始めてみるとするか」
生徒たちに向けてそう言ったキースは、やはり悪魔的な笑顔でにやりと笑うのだった。