怒れるルカ・リベット
――三年C組。
前年の学内大会では二年生にして準優勝しており、来月に控えた今年の学内大会では優勝候補の筆頭であるそのクラスでも、先日のキースの合同授業での発言は話題となっていた。
「なあ、聞いたかよ? 何か新しく来たキースとかいう教師が、戦場での死は名誉ではないとか何とか、一年生全員の前で好き勝手言ってたらしいぜ?」
「しかもその教師、騎士をクビになったから教師をやることになったとかでさ」
「あはは何それ、死ぬのが怖くて戦場から逃げてきただけなんじゃないの?」
そんな話をしていた生徒たちが大きく笑い声を上げる。
「ねえ、ルカはその教師のことどう思う?」
ふと会話の外にいたルカに話題が振られる。ルカはその白銀の髪をさらりと揺らしながら振り返り、ルカの言葉を待つクラスメイトに言った。
「別に……低俗な輩の妄言になんて興味ない」
興味ないと言ってこそいるが、その心が怒りに震えていることは誰の目にも明らかだった。
(やべぇ……超怒ってるじゃん)
(いつも冷静なルカがああなるなんて、よっぽどのことだよ……)
ルカは没落した貧乏貴族の出身であり、自身が騎士として名声を為すことで家の名誉を回復させようと、その身の全てを捧げて努力を重ねてきた少女だった。
それゆえにキースの戦場での騎士の死は名誉にあらずといった発言は、名誉のために生きる彼女にとって許しがたいものなのである。
しかし彼女のクラスメイトたちはそこまで真剣にキースに対して怒りを持っていたわけでもなく、ただ悪目立ちしているから陰口を叩いていただけに過ぎないため、ルカの激しい怒りを目の当たりにしたことで軽い気持ちでの迂闊な発言は避けるべきだと判断した。
そうして一瞬で教室には静寂が訪れる。
「……何? 私、変なことでも言った?」
「い、いや全然」
「そう……それじゃあ私、これから用事があるから」
「う、うん」
そう言って教室を後にするルカ。それを見送ってからしばらくして、ようやく教室内に張り詰めていた緊張が解けていく。
「こ、怖かったぁ……あんなに怒ってるルカなんて、初めて見たかも」
「でも一体何にそんな怒ってるんだろうね?」
「そりゃあれだろ、噂の教師の発言が騎士の誇りを傷つけたとかだろ?」
「まあルカほど真剣に努力して騎士を目指してきた人間もいないわけだし、俺たちには理解出来ないこだわりだって当然あるんだろうな」
入学した頃からずっと同じクラスで学んできたクラスメイトたちは、誰よりも努力を重ねてきたルカのことを認めていた。
入学当初のルカは平凡そのもので、何一つとして特別な才能など持っていなかった。しかしルカはそれから一年後には学年一位の成績を修めるほどの成長を遂げている。
それは並々ならぬ努力の結実に違いなかった。
「というか、ルカが用事とか言うのって珍しくない?」
「確かに。一体何の用事なんだろうか」
「……もしかして、噂の教師を問い詰めに行ったとか!」
「まさか! いくらルカでも、さすがにそんなことはしないでしょ」
クラスの全員がまさかとは思うものの、しかしそのまさかを完全に否定出来る人間は、誰一人としていないのもまた事実だった。
「先生、最近忙しそうだねー」
「……俺は着任したときからずっと忙しかったつもりなんだがな」
フェリののんびりした声に、キースは淡々と返す。実際キースはアランからの急な通達で教師をやることになったため、実質一晩で全生徒のプロフィールなどを頭に入れる必要があったりと、着任当初からずっと忙しくしていたのは事実だった。
ただあまりにも平然と過ごしているため、生徒たちからはあまり忙しそうに思われていない節もある。
そんな中、最近は合同授業の影響もあってか他のクラスの生徒もキースに質問や相談に訪れることが度々あり、その全てにキースが真摯に対応をしている姿がよく見られていた。
「ていうか先生、いつもここに籠ってるけど、一体何の研究をしてるの?」
「秘密だ。それに今のお前たちには言ってもどうせ理解出来ない話になる」
セリカの質問には答える気は全くないという意思表示をキースは明確に行う。
「……私たち、もしかして邪魔?」
「そう思うなら早く寮に帰って勉強でもしたらどうだ」
そしてリンナの言葉には、遠慮ない言葉を返した。
放課後、三人は授業に関してキースに質問するために研究室を訪れていたが、質問の回答を得た後もそのままだらだらと研究室に居座っていた。キースは特に気にした様子もなく研究を再開しているが、話しかければ反応があるということも相まって、フェリとセリカは少し面白がっていたりもする。
「でも先生、出ていけとか言わないし」
「別にお前たちが部屋にいたところで、俺に何か影響があるわけでもないからな」
「え、何それ。それじゃあまるで私たちが空気みたいなんだけど」
「そういう意味で言ったつもりだが」
「じゃあちょっと研究の邪魔してみたら――」
「ほう、勇気があるなフェリ。一回やってみるか? ――どうなっても知らんが」
「……やめておきますー」
にやりと邪悪に笑うキースに、フェリは恐怖を感じて引き下がる。もちろんどちらも冗談ではあるが、そういったやり取りを自然にするくらいには彼女たちはキースに心を開いていた。
彼女たち三人はそれだけキースの指導による成長を明確に実感しており、キースに大きな信頼を寄せているのである。
キースもそれに悪い感情を持つことはないため、実験のために黙々と手は動かしているものの、同時に彼女たちの話相手を務める程度のことはしているのだった。
しかしそんな中――コンコンと、ドアをノックする音が鳴る。
「あれ、誰かな? もしかしてまた先生に他のクラスの子が質問しに来たとか?」
フェリはそんな風に疑問の声を上げるが、しかしキースはノックの音が鳴る前から、誰がこの部屋に近づいてきているのかを把握していた。
――ルカ・リベット。
それはこの王立騎士学校の生徒たちの頂点に立つ少女に間違いなかった。