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理事長セレーネ

 王都にある王立騎士学校は文字通り騎士を育てる学校であり、各地にある騎士学校の中でも最難関と言われるエリート揃いの場所だった。


 そこでは貴族と平民が同じ教室で魔法や剣術、学問などを学んでいる。成績に関しては完全に実力主義で、貴族でも平民でも関係なく平等に評価されていた。


 とはいえ貴族の生徒は幼少から恵まれた環境での教育を受けており、また血筋からしても特別な才能を親から受け継いでいることが多いため、騎士学校の成績上位者は大抵貴族出身の生徒が占めていたのだが。


 そんな母校でもある王立騎士学校への配属が決まったキースは、まず理事長であるセレーネの元に顔を出した。


「……久しぶりだね、キース君。本当に来てくれるとは思わなかったから、嬉しい」

「ああ、久しぶり……それにしてもセレ姉は全然変わらないな」

「そうかな? 若く見える?」

「まだ学生でも普通に通用すると思うよ」

「ふふふ、キース君ったら、またそんな適当なこと言っちゃって」


 そう嬉しそうに言いながら、濃紺の艶やかな長い髪を撫で上げるセレーネ。


 セレーネはキースやアランの学生時代の一年先輩であり、成績は常に学年一位で学生会長を務めていた女性である。現在二十六歳でありながら、その見た目は十代といっても通じるほどに若々しい。


 そんな彼女は実力も折り紙付きで、キースと同じく「賢者」の称号を与えられていた。キースがいなければ彼女が史上最年少の賢者として称えられていたといえば、その抜きん出た実力も理解できるだろう。


 そして学生時代のキースはたびたび彼女に面倒を見てもらっており、そうした経緯からセレーネのことを姉のように慕っていた。「セレ姉」という呼び名もその当時から変わっていない。


「それじゃあさっそく本題に入るわね。キース君もアラン王子から聞いていると思うけど、君には教師としてこの王立騎士学校で働いてもらう。担任してもらうクラスは一年A組。まだ入学したてで何色にも染まってないから、キース君もやりやすいと思うよ。あといくつか専門分野の講義を担当してもらうけど、あまり負担が大きくならないように調整しておいたから、空いた時間は自分の研究に費やしてもらっても構わないわ」

「それは助かるが……いいのか?」

「もちろん。私はキース君の研究が騎士の生存率改善に役立つと信じているもの。あ、研究室はこちらで用意するけど、足りないものがあったら遠慮なく言ってね? 私の権限で手に入れられるものなら、頑張って用意するから」

「ありがとう、セレ姉」

「次に注意事項。まずそのセレ姉禁止ね」

「え?」

「私、理事長。君、教師。一応立場があるからね? まあ今みたいに二人きりのときなら問題ないんだけど、人前では理事長か先生と呼ぶこと。いい?」

「ああ、分かった」


 確かにセレーネの言う通りだとキースは思ったので了承する。というより騎士学校に入学した十年前ならともかく、二十歳にもなって「セレ姉」呼びはさすがに子供っぽいという思いもあった。


 今まで呼び方を改めるタイミングは無かったが、これはちょうどいい機会だとキースも思ったのだ。


「次にこれはアラン王子からだけど、キース君は騎士団をクビになって左遷されたということになっているから、自分が賢者ということは極力秘匿するように、と」

「賢者が左遷されたとあっては色々面倒になる、というわけか。全くもってアランらしい考えだな」


 そう言ってキースはすぐに納得する。キースはあまり外聞を気にするような人間ではないし、元々賢者であるということを周囲に言いふらすようなこともしないので、特に影響はない。


 問題はキースの知名度だったが、キースはこれまであまり表立った活動をしてこなかったこともあり、顔は世間にそれほど知られていないのでおそらくバレることはないという判断だった。


「あとカリキュラムの詳細については書類を参照してもらえば大丈夫だろうから、今のところはこれくらいかな。キース君は何か質問はある?」

「それじゃあ一つ。セレ……理事長は、どうして俺を教師に欲しがったんだ?」

「別に二人のときはセレ姉でいいんだよ?」

「早めに慣れておいた方がいいから」

「ふーん……照れちゃって、かわいいんだから」

「…………」


 そう子供をからかうように言ったセレーネを、キースはげんなりした顔で見る。


 子供扱いを嫌がる昔ながらのキースの反応に、セレーネは満足そうな笑みを浮かべた後、一呼吸置いてから真剣な表情になって口を開いた。


「どうして君が必要だったのかといえば、一人でも多くの生徒に生き残る力を身に付けて欲しいからだよ。……キース君も騎士の死亡率の偏りは知ってるよね?」

「ああ、もちろん。騎士の戦死は着任から三年以内の若い兵に集中している、だろ?」

「そう。経験豊富なベテランは簡単に補充が出来ない一方で、経験の浅い新兵は毎年各地の騎士学校からまとまった数が補充されてくる。だからベテランは大事に扱うけど、若い兵は代替可能として雑に扱う傾向がみられる。特に序列の低い騎士団……言ってしまうと団長が無能なところほど、その傾向が強いのよ」


 若い騎士ほど死にやすいというのは、つい先日まで騎士団に籍を置いていたキースも実感として確かに理解していた。


 もちろん全てがそうであるわけではない。第一、第三、第六あたりの騎士団ではそもそも騎士の死亡率が低いというデータがあり、死亡率の偏りも少ない。ただそれは単純に団長が有能というだけでしかないのだった。


 何にせよ現時点では、団長が無能な騎士団に配属された新兵に救いはないという事実だけがそこにはある。


「世間的には魔物との戦いは拮抗していると思われているけど、私は正直に言うと、今の状況は非常に悪いと思っているの」

「それは同感だ。拮抗と言いながらも、人類の生存圏は年々減少している。かといって逆転の手を打てるほどの余裕がすでにないのも明白だからな」

「そう。耐えながら国力を蓄えて逆転を目指しているのではなく、ただ新兵を使い捨てにしながら滅亡を先延ばしにしているだけ……悲しいけど、これが我が国の現実なの」

「だから、俺に生徒を鍛えろと?」

「…………私も色々と頑張ったつもりだし、アラン王子も頑張っているけど、このままじゃもう――」


 実際五年前にセレーネが理事長となってから、王立騎士学校の卒業生のレベルは確実に向上している。


 しかし同時期に騎士団側で新兵への訓練期間が削られた結果として、新兵の損害はむしろ以前よりも増える結果となっていた。


 アランも貴族院の権力を削ぎ、騎士団人事への介入を試みるなど様々な方面で暗躍していたが、目立った成果が出るにはまだしばらくかかるだろう。


 ただその成果が出るまで、大人しく魔物が待ってくれるはずもないのだった。


「お願いキース君! 私を、生徒たちを助けて! 私はもうこれ以上、卒業生たちの悲惨な戦死報告書を見たくないの……っ!」


 そんな風に悲壮な思いを吐露したセレーネの瞳からは大粒の涙がこぼれる。


 キースが知るセレーネは、いつだって自分のことを二の次に考える女性だった。周囲のために献身的に働きながら、それでいて誰よりも優秀な成績を修める。キースはそんなセレーネに憧れを抱き、敬意を持って接していた。


 しかしそんなセレーネは今、「私を助けて」とその本心をさらけ出している。


 いつだって周囲を第一に考えていたセレーネが、今ではそんなことを言うほどまでに追い詰められているという事実に、キースは胸が締め付けられるような思いだった。


 どうしてセレーネがこれほどボロボロになるまで、気付いてあげられなかったのか。キースは自責の念と共に、自身の手を強く握り占める。


 しばらくそのまま自分の中の怒りが静まるのを待ってから、キースはあくまでも冷静に言った。


「セレ姉、俺は気休めを言ってあげられるほど器用じゃないから、はっきりと言うよ。俺は他人を育てた経験なんてないし、ちゃんと育てられるかも分からない。だからセレ姉を助けてあげるって、約束することも出来ないんだ」


 キースはそのまま淡々と続ける。


「でも俺の目指している場所は、あの日のままずっと変わっていない。そしてそれは、俺一人では絶対に届かない場所なんだ。だからこそ俺は俺の目的を果たすためにも、まずは全力で教師をやってみることにするよ」

「キース君……ありがとう!」


 キースの遠回しな宣言を聞いたセレーネは、瞬時にキースの前に転移すると、そのままキースの胸に飛び込んだ。


「ちょっ、セレ姉、いくらなんでも高位魔法の無駄遣いすぎるだろ!」


 セレーネが今発動した魔法は空間跳躍と呼ばれるもので、そもそも使えるものが少ないとされる空間魔法の中でも、最上位に位置する難度の魔法だった。


 セレーネはそんな魔法を、わずか数メートル先にいるキースに抱き着くためだけに使用したのである。


「だって、本当に嬉しくて」

「……まあ別にいいんだけどな」


 満面の笑みで喜びを表すセレーネにぎゅっと抱きしめられながら、キースは照れ隠しにそんなことを呟くものの、数年ぶりに感じるセレーネの柔らかい感触と温かさに懐かしい安心感を覚えるのだった。


次から教師として働きます。

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