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不都合な真実

「今日の合同授業を担当することになった、一年A組担任のキースだ。着任が遅れたこともあって全員の前で自己紹介をする機会はなかったが、今日のところは俺が先月まで騎士として前線にいた人間だということだけ認識してもらえれば問題ない。それではさっそく授業の内容だが、今日は『人類と魔物の戦い』について話そうと思う」


 大講堂に集められた一年生10クラス全員とその担任の教師は、前に立つキースの言葉を静かに聞いていた。


 一年生の間ではキースは厳しい先生という噂が独り歩きしている状態であり、生徒たちの間には緊張感がある。


 キースは大講堂の前に垂らされた白いスクリーンに画像を映し出す魔道具を遠隔操作して、資料を大きく映し出した。


「といっても今さら歴史の復習をするつもりはない。俺が話すのは騎士団の現状、そして今後の展望についてだ。まず人類と魔物の戦いは一進一退の膠着状態にあるといわれている。しかしこれは短期的な見方であり、十年規模のスパンで見ると人類の生存圏は確実に狭くなっている。北東のアルテラ領、ザグレ領、西のヘクレム領に関しては特に顕著で、実際にいくつもの村や街が無くなっているのがこの資料で分かるだろう。そして忘れてはならないのが、南西のマグノリア領の西にかつて存在していたサイリス領が魔物の大攻勢に飲み込まれた十五年前の大敗だ」


 いきなり人類の危機的状況を直視させるようなことを言うキースに、生徒たちは少し困惑した様子を見せる。そんな中でA組の生徒たちだけが、慣れたものだと言わんばかりの様子で平然としていた。


 実際キースはこうした話をする際に、事実は事実としてはっきりと述べるのが常である。普通であれば言いづらいであろう話でさえ、キースがあいまいに誤魔化したりすることはなかった。


「それぞれの戦いについてはいずれ戦史の授業で習うだろうから詳しく語りはしないが、人類は常に苦境に立たされているということは認識しておいて欲しい。そしてお前たちはこの学校に騎士になるためにやってきたわけだが……はっきり言ってしまえば、このまま三年間を過ごして騎士になったとしても、多くの者は数年で戦死することになるだろう」


 戦死という言葉に、生徒たちのみならず教師たちからもどよめきが起こる。しかしキースはそれを気にした様子もなく続ける。


「今から映す資料は被害報告書といって、戦闘記録と異なりそこまで広く共有はされていないが、お前たちでも申請すれば閲覧できるレベルのものだ。この資料によると戦死者数は十年前からわずかに増加している程度である。しかし詳細な内訳をみると、十代から二十代の戦死者の割合が年々増加している。これは騎士団に所属してからの訓練期間が一年から三か月に短縮された五年前から顕著だ」


 実際のところ、被害報告書には戦死者数の総数は記載されていても、年代ごとの割合は記載されていない。


 しかしいつ誰が戦死したのかを全て記している被害報告書の中身を読み解けば、手間はかかるもののそうした割合を導き出すことは簡単である。


 そしてそれは、こうした資料を編纂している貴族院にとっては極力隠蔽したい、不都合な真実に違いなかった。


「この数字から分かることは、人類同様に今お前たちも苦境に立たされているということだ。騎士団での九か月の失われた訓練期間で本来得られたはずのものを、お前たちはどうにかして自力で取り戻す必要がある。そうしなければ、お前たちに待っているのは死だけだ。というわけでこれからの三年間、お前たちには危機感を持って過ごしてもらいたいと思う。それが今の状況で、本当の意味で騎士を目指すということに繋がるはずだからだ」


 そんなキースの言葉に、もはやどよめきすら起こらない。


 生徒たちは大きなショックを受けたかのように、ただただ静まり返るだけだった。


「さて、それでは次に前線において騎士に求められる能力の話をしよう――」


 やはりキースはそんな生徒たちの様子を気にすることはなく、淡々と授業を続けていく。


 役割ごとに騎士に求められる能力は異なる。だから自分にはどの役割の適性があり、そのためにはどのような能力を伸ばしていくのが良いのかを、常に考えながら努力するべきだ。


 キースは一人でも多くの生徒が騎士として戦場を生き残る術を手に入れられることを願いながら、そんなことを生徒たちに伝えていくのだった。




「いやぁ……何というか、壮絶でしたね」

「自分は今まで話したことはなかったのですが、あれが噂のキース先生ですか……」

「でも最終的に生徒たち全員が熱心に話を聞いていましたし、言い方はともかく内容は理にかなっていることばかりでしたよね」

「ただ生徒にあんなことを言ってしまって大丈夫だったのでしょうか? 『死は名誉ではない。ただの損害だ』なんて、騎士の教えの全否定ですけど」

「確かに貴族の生徒たちから家の方に伝わる可能性はあるとは思いますが……」

「まあそんなことを言い出したら、最初の段階からギリギリの発言の連発でしたがね。おそらく本人もあまり気にしていないのでしょう」


 合同授業が終わり、職員室では教師たちの間でキースの授業のことが話題となる。ちなみにキースは研究室の方に向かったためこの場にはいない。


 あれだけ過激な発言をしたのであれば、もっとキースに否定的な意見が出てもおかしくなかったが、教師たちの間では特にそういった意見は見られない。


 どちらかと言えばあんな発言をしたキースのことを心配する声が多数上がっている状態だった。


 そんな中で、1年C組の担任である21歳の女性教師ミレーヌはキースに関して自分なりの所見を示した。


「キース先生は何というか、凄く純粋な方なのだと思います。純粋ゆえに欺瞞を嫌っている。だからこそ事実をそのまま伝えて、その良し悪しの判断は聞いた人間に任せているような雰囲気があります。たぶんキース先生は、魔物との戦いで死ぬことは本当に名誉なことなのか、そんな根本的な部分から生徒たちには自分自身で問い直して欲しいのではないでしょうか?」

「なるほど……私の目には変わった方だとしか映りませんでしたが、確かにそうした見方も出来そうですね。それに歳の近いミレーヌ先生ならもしかしたら感性も近いのかも知れませんし、あながち大きく外れてはいないのかも……」


 空き時間になるとキースは研究室に籠ることが多く、これまでは教師の間でもよく知られていない存在だった。


 しかしこの合同授業での発言によって、良くも悪くもキースは学内の注目を集める存在に変わっていくこととなる。


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