合同授業
最近になってようやく、他のクラスでも一年A組に起きた変化が噂になり始めていた。
「こないだA組の友達と授業の話とかしたんだけど、何かA組だけ授業の進度が全然違ってて、超早いみたいだよ」
「あ、それ私も聞いた。なんか来週には一年前期の範囲終わりそうな教科もあるんでしょ? なんだっけ、あの新しく来た若い男の先生」
「キース先生でしょ。あの人が凄い厳しくて、授業もがんがん進めていくって話だよね」
「うへぇ、私はそういうのついていけなさそう」
「いやでもなんか、授業は凄く分かりやすいんだってさ。無駄を省いて要点だけをずばって感じで」
「あ、そういえば今度合同授業あるよね? うちの担任が言ってたんだけど、あれもしかしたらキース先生が担当になるかもって話らしいよ」
「え、本当? 正直どんな先生なのかちょっと楽しみなんだけど」
またそうした話は生徒だけでなく、教師の間でも話題となる。
「一年A組の生徒は目の色が変わりましたな。メアリー先生もそう思いませんか?」
「ええ、今年の一年生は全体的に例年通りのレベルと聞いていましたが、バラック先生のおっしゃるとおり、A組だけは異彩を放つようになりましたね。おそらくはキース先生の影響なのでしょうけど……正直、キース先生がそこまで熱心な指導をなさるとは思っていませんでした」
「ほう、メアリー先生はキース先生のことをご存知なのですかな?」
「ええ、教え子です。昔から彼は非常に優秀ではあったのですが、何といいますか周囲を省みない性格で、自己鍛練にしか興味がない様子でしたね」
「なるほど……まあ人はきっかけ一つで変わりますからな。そういった意味では、A組の生徒たちはキース先生と出会ったことがきっかけで化けたとも言えますし、キース先生にもそういうきっかけがあったのかもしれませんな」
ちなみにメアリーはキースが賢者であることを知っており、キースが変わったきっかけというのが、アランやセレーネといった同志との出会いにあることも理解していた。
ただしその辺りについての話は極力口外しないようにと理事長のセレーネより直接頼まれていたので、あまり踏み込んだ話はしないように注意を払っている。
またセレーネからは、キースがやろうとしていることには協力してあげてほしいと、こちらは理事長としてではなくセレーネ個人として頼まれていた。
かつての教え子に信頼を寄せられ、今もこうして頼りにされるということは、メアリーにとっても嬉しいことであったので、出来る範囲での協力をセレーネには約束している。
「そういえば今度の合同授業、担当にキース先生を推したのはメアリー先生だと聞きましたが?」
「ええ。みなさんに早い段階でキース先生のことを知っていただく良い機会だと思いまして。私としても案外すんなりと決まって安心しました」
合同授業というのは月に一度行われる行事で、学年全員を大講堂に集めて授業を行うものだった。
これは課外授業という扱いで、授業内容はそのときの担当教師によって自由に決められる。
そのため喋りたがりな教師は丸々雑談のような内容で終わらせることもあったりと、そこまで内容の質が重視されるわけでもない。
新任のキースが担当でも問題ないと他の教師が判断した理由はそのあたりにある。またキースは着任が遅れたために全校生徒の前での自己紹介なども行っていないため、せめて一年生にくらいは顔を知ってもらおうという配慮もあった。
「しかしキース先生の合同授業、一体どんなことをするのか楽しみですなぁ。ただ私は他の学年の授業が入っていて見学出来ないのが残念ですが」
「ええ、そうですね。本当にあのキースさんが先生になって、どんな授業をするのか……」
心底残念そうなバラックに、メアリーはそう静かに返事をする。
正直なところ、昔のキースを知るメアリーからすればキースが教師になっていることには今でも違和感があった。
キースは一体どのような授業を行うのか。
そんな風に生徒や教師たちの期待と不安が渦巻く中、ついに合同授業の日がやってくるのだった。