茨の道
「先生ー、週明けの一時間目から実戦訓練は後の授業が辛いんですけど何とかなりませんか?」
「模擬訓練場の使用は他のクラスとの兼ね合いがあるから無理だな」
「あー、やっぱりかー」
週明け早々の実戦訓練の授業が終わって、生徒からそんな意見が上がったが、キースは取り付く島もなく一蹴する。
実際、他の時間は他のクラスが模擬訓練場を使用しているので、一年A組の都合だけで時間を動かせるものでもなかった。
それに通常であれば、この時期の一年生は的に向かって実際に魔法を行使したり、模擬戦をするにしてもポイント制で行うなど、そこまでハードな内容にはならないので問題が起きることも少ない。
しかし一年A組だけは、キースの方針で最初から過激な実戦形式での訓練を行っており、普通では考えられない人数が医務室送りになっていた。そうでなくても体力の消耗が激しいこともあり、その日の残りの授業に差し障るという声はよく上がっていた。
「ああ、そうだエリステラ」
「はい、何でしょうか?」
「少し話があるから、放課後俺の研究室まで来るように。場所は覚えているな?」
「はい、それは大丈夫ですが……いえ、何でもありません。では放課後に伺います」
エリステラは一瞬、キースに何の話かを尋ねたそうにしていたが、まだ周囲に他の生徒がいることもあってか、そんな風に言葉を返した。
「キース先生、今日は五人運ばれてきました」
「そうだな。先週と比べれば半減だ」
「ええ、素晴らしいですね」
「だろう?」
「皮肉ですよ」
「知っている」
その後運ばれた生徒の様子を見るために医務室を訪れたキースに、アクリスはそんな風に嫌味を言うが、キースはどこ吹く風とばかりの態度だった。
アクリスは大きく嘆息してから、キースに言う。
「まあ全員先週よりは軽傷ではありますけどね。でも大丈夫なんですか? 先週もそうですけど、二時間目の授業を受けられていない生徒も多いのではないですか?」
「ああ、確かにそうだが、それを想定して二時間目は復習を重点的に行うようにしているので、参加出来ないならそれはそれで問題がないように配慮はしている」
「いいんですか、勝手に授業内容を変えてしまっても」
「何を今さら。それにちゃんと理事長には許可を得ている。期間内にカリキュラム分の指導を行うのであれば、その他の部分では自由にしていいとな」
「……その結果がこの惨状ですか」
アクリスは気を失ってベッドで眠っている生徒たちを見ながら、少し呆れたような声をキースに向けた。
そうして少しの間だけ、静寂が訪れる。その静寂を破ったのはキースだった。
「なあアクリス。これは仮にの話なんだが」
「はい、何ですか?」
「大きな目的のために強くなりたいという生徒がいたとして、俺にはその生徒を強くする術があるとする。ただしその方法には大きな危険が伴うとした場合、俺はその方法を生徒に用いるべきか?」
「そうですね……危険の度合いが分からない以上は時と場合によるとしか言えませんが、それこそいつもキース先輩が言っているように、本人の意思に委ねられるものではないでしょうか?」
「そうだな……ありがとう、アクリス。決心がついたよ」
「え、それって何か私、すごい悪事に加担したことになっていませんか?」
「気にするな。加担も何もお前は最初から共犯者だ」
「え、怖い。私、知らないうちに共犯者にされてる……」
アクリスは冗談半分、戸惑い半分といった感じの雰囲気である。キースも冗談めかしてはいるものの、言外にアクリスに協力してくれるようにお願いをしていた。
「……全く。先輩は昔から素直じゃないんですから」
「昔よりはだいぶ丸くなったと自覚しているんだがな」
「それでもまだ全然ダメダメですよ」
「そうか……ああ、そういえばアクリス。エレオノーラ・グラントリスって記憶にあるか?」
「ええ、もちろん。二学年下なので直接の交流はほとんどありませんが、よく名前は耳にしましたよ」
「どんな人間だった?」
「凄く美人で、常に余裕があって、物腰が柔らかい人でした。イメージとしてはエリステラさんをもっと柔和にした感じですね。立派な騎士になって父と民のために戦うと、そんなことを常々言っていたので、高貴な貴族というイメージはそのままですが」
「なるほどな」
やはり姉妹だけあって、細かい性格の違いこそあれ二人はそこまで大きくかけ離れた人間ではないようだとキースは思った。
言ってしまえばよく似た姉妹であり、エリステラにとってエレオノーラは良き目標でもあっただろう。
「……やっぱり先輩、さっきのたとえ話もエリステラさんのことなんですね」
「ああ……自らの意思で茨の道を進もうとしているあいつに、それが危険だと分かっていてもなお、俺はその背中を押してやることしか出来ないのかも知れないな」
どこか自嘲めいた笑みを浮かべながら、キースはアクリスにそう言った。
――本人の強い意思を妨げることは、誰にも出来はしない。
それは意思の力でこれまで道を切り開いてきたキースの信念であった。