調査結果
ある日キースが職員室で仕事をしていると、ちょうど授業を終えて帰ってきたバラックに声を掛けられる。
「おおキース先生。そういえば最近、一年A組の生徒たちが騎士団の戦闘記録を読みたいといって訪ねてくるのですが、あれはキース先生の教えですかな?」
「バラック先生、ええそうです。結局のところ授業で習うのは基本的な理論であり、言ってしまえば理想論でしかない。そうした意味で言えば、実戦の記録は切れば血と膿が噴き出る生の情報です。戦場ではセオリーをいくつも組み合わせながら戦いつつ、時にセオリーから逸脱した判断によって強引に勝利を手繰り寄せることもよくある。しかしうちの真面目な生徒たちはセオリーばかりに気を取られて、実際の戦況が見えない頭でっかちになる傾向が見られたので、早い段階で実戦の感覚に触れる方がいいと思いまして」
「なるほど……まだ私の授業では戦術のセオリーすら満足に教えられていない段階なので、時期尚早かとも思いはしたのですが、そういった意図がおありでしたか」
バラックは自身の髭をいじりながら、そんな風に感心した声を上げる。
「ちなみに、エリステラは訪ねて来ましたか?」
「ええ、もちろん。何なら一番熱心に戦闘記録を読み漁っているのが彼女ですよ。主に父上が騎士団長を務めている第一騎士団のものを読んでいるようですが」
「第一騎士団、ですか……」
エリステラの父エジムンドが騎士団長を務める第一騎士団にはエリステラの兄や姉も全員所属しており、エリステラも卒業後はそこに配属される可能性が高かった。
当然そこには騎士人事を司る貴族院の采配が絡むものの、騎士としての能力よりは慣例や各貴族の家同士のバランスを重視するのが貴族院の方針なので、エリステラだけが他の騎士団に配属されることはおそらくない。
たとえば仲の悪い家同士の人間は同じ騎士団に配属しないなど、そういったことへの配慮が貴族院の人事においては優先される。とはいえそれも家の事情による足の引っ張り合いを避けるなど、円滑な騎士団運営において必要なことだった。
その上で騎士団として機能するように能力についても考慮された人事を行っており、貴族院は決して無能な集団ではない。中にはブノワのような無能が騎士団長を務めてしまうなどの問題もあったが、それはごく一部の事例に過ぎなかった。
「第一騎士団は騎士の質が高く、戦い方は華麗の一言ですからな。ただ一つ気になったのは、彼女は第一騎士団の敗戦記録や、勝利しても被害を出した記録を重点的に読み込んでいることですね」
「敗戦記録……なるほど」
思いがけずバラックからもたらされたその情報で、キースはエリステラがその心に抱えている恐怖の輪郭が、ようやく掴めてきたように思った。
その二日後、キースはアラン王子の執務室を訪ねる。
「――キース、これが先日頼まれていた調査の報告書だ」
「ありがとう、アラン。思っていたよりもずいぶんと早いな」
「くくくっ、この俺を誰だと思っている……というよりも、この程度の調査に俺を使うな。お前にだって助手はいるだろう」
「別にいいだろ、こっちにも事情があるんだよ」
「ふん、まあお前の事情になど興味はないがな」
キースはアランと普段通りの軽口を叩きあいながら、受け取った調査資料をさっそく読み始める。その資料は近年の第一騎士団の被害の詳細をまとめたものだ。
戦闘記録には死者や負傷者は数字としてのみ記載されている部分であり、その詳細に関しては被害報告書という形で別途資料が存在していた。しかし被害報告書は広く共有されている戦闘記録とは異なり、閲覧できる場所は限られている。
もちろんキースにも閲覧権限はあったが、日ごろの授業や研究などで忙しいこともあり、その報告書をまとめる調査をアランに依頼していたのだった。
ちなみに当然ながらアランも実際の調査は部下にやらせており、賢者であるキースにも助手が存在しているので、アランは助手を上手く使えとキースに言ったのである。
被害報告書をまとめた調査資料には誰がどのような状況でどんな怪我を負ったのか、あるいは、どんな死に方をしたのか。そうした情報が把握されている限りで全て事細かに記載されていた。
キースはこの資料の中に自分が求める情報が存在するはずだと見当をつけていた。
そうして、見つける。
エレオノーラ・グラントリス――左腕切断。
グラントリス家の次女であり、エリステラの七歳年上の姉であるエレオノーラの名前が、そこには確かに記載されていた。